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あさかぜさんは見た

日記

01/20

Tue

2026

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09/21

Sun

2008

「人間、二度や三度、本気で死のうか、もうダメだろう、これ以上生きられないと思うようなことはある。しかし、生きると言うことは、殺生をして生き延びると言うこと。つまり、他の命を食らいながら生き延びている。だからこそ、それ以上に、生きるということの意義や意味を、見出して、それを高々と主張しなければいけない。さもなければ、君は生まれてはこなかったのだ。その前に、ここまで生き延びる必要性もなかった。今君は生きている。私の言葉を聞いているということは間違いなく、大地の上に存在している。その大地から生まれ育った他の生命を食らって生き延びてきたのだ。だからこそ生は尊い。だからこそ、命というものは尊い。遺伝子は、我々の本能の部分に生き延びようとするプログラムを植えつけた。そのプログラムに従って生きている。生命であれば、みな、生きようとするプログラムには逆らえない。罪であっても、しょうがないことなのだ。命を軽んずるのならば、他の命も大事にはできない。なにかひとつでもいい、君が本当に大切にできるものを探して、それを守ってみよう。そして、守っていけるものをひとつひとつ増やしていくのだ。食らっていった命のために、たったひとつのために、そしてゆくは多くのために、君は生を全うしなければいけない。さもなければ、君は、今まで生かしてくれたすべてのものを裏切り、ないがしろにしたということになる。生き延びよう。それが生きると言うことだ」

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09/12

Fri

2008

・・・わからんっ!
わからんぞ。
色々と宣伝文は考えて変えているけれど、差が出るのはどうして?
短い宣伝文の中にどんな違いがあって、アクセス数が変わってくるのかということがさっぱりわかりません。
本当にさっぱりです。
宣伝効果が一番上がるようなものってなんだろう。
わりとさりげない文章が受けているところを見ると、サイトの名前も重要なのではと考えました。
一発でこれが何かわかるようなもの。
内容がはっきりと伝わるようなもの。
明確かつ単純かつストレートに響くもの。
ん~~~、たぶんこれなのだろうとは思うけど・・・わからんっ。
どう書いていいかわから~~~~~ん!

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09/11

Thu

2008

大言壮語の酔っ払い

酔った勢いで、でかいことを言う人間は数多くいるし、できるようなことを言って何もしない人なんて吐いて捨てるほどいる。
人を信じさせるには結果を出すしかなくて、未来の不確定なことを他人は滅多に信じない。
だいたいは楽観的には見ないものだ。
それが現実だし、大人の社会というものだろう。
だからこそ信じてくれる人や応援してくれる人はとても大事で、そういう人たちの存在に気がついて、きちんと応援してくれた以上のものを返していかなきゃいけない。
それは責任感というものではなく、幸福を分かち合うということ。

一人暮らしのおばあちゃんがいる。
現在入院していて、1ヶ月ほど家を空けている。
隣の人たちが心配してくれて、花に水やらをあげて枯らさないでいてくれている。
「大事になさってくださいね」
と声をかけてくれる近所の人の姿を見ると、とても一人では生きていけないような不自由なおばあさんでも、この周囲の支えがあるから生きていけるのだと思った。
その一方で、周囲から孤立している人も同時にみている。
自分が常に被害者で、自分が常になにかをしてあげている本人で、相手のことをまず置いておいて、自分主体でなにかを言ってきたりする。
本人はしてあげているという意識が強く、されたことを無視して自分がしたことを大きく言う。
時には自分を大きく見せるために、他人をけなすようなことを平気で言う。
自分の行動を支持してくれる人だけが周囲にいて、自分の都合のよいことだけしか認めない。
そういう姿勢が見て取れる。
対照的なケースだ。
おばあさんは自分のことを犠牲にしてまで、いつも周囲に尽くしたりする。
丁寧なお礼、挨拶、ひとつひとつのこと細かな礼儀が、周囲の好感を呼んで、いまだに見放されず心配されるのだろう。
見習うべきものと、教訓にすべきもの。

自分は大きなことばかり言っている。
まだ言ったことは叶えてはいない。
しかし、これから必ず叶える。
信じさせるための結果を出していかないと、人は信用してくれない。
自分が辛いんじゃない。
他人が辛いんだ。
他人がしてくれて、他人が見守っていてくれて、あたたかなものに囲まれて、そういうものをむげにしちゃいけない。
だから戦わなきゃいけない。
あの酔っ払いの言葉は本当だったと信じさせなきゃいけない。

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09/09

Tue

2008

赤塚不二夫の弔辞を読み上げたタモリと、小説家安部公房の言葉。



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09/08

Mon

2008

森山直太朗 「生きてることが辛いなら」




歌詞:http://www.naotaro.com/special/ikite_ly.asp

何かと話題になっているようです。
今日初めて聞きました。

最初歌詞を見たとき、一瞬「これはマズイ」と直感的に思いました。
森山直太郎自身の気持ちはわかるし、この歌詞が何を狙っているのかということを歌詞の言葉の配置と歌そのもので理解はできましたが、危険な歌詞であることは間違いないです。

理由は、私も精神的にどっぷり底にいたことがあるのでよくわかるのですが、コンプレックスや強烈なネガティブな感情を持っている人間と言うのは、あるキーワードに過剰反応します。
それは単語であったりフレーズであったりします。
ひどい人は記憶や正常な理性すらぶっ飛んで、自分が何をしたかわからない状態で病院のベッドで起き上がる人もいます。

森山直太郎がこの歌を歌う勇気、プレッシャー、そういうものを背負ってたって歌うという姿勢は大変凄く、マネのできることではないかもしれませんが、本当に崖っぷちや暗闇にいる人は、常に「自分」しかいません。
自分で精一杯すぎて、もうあっぷあっぷして、生きていることはもう辛いと考えている人に、歌い手がどのような気持ちであるか、どのようなメッセージを送りたいか、なぜこの歌を、言葉を、歌い上げようとしているのか、そんなことを思いやれる余裕なんてないのです。
そういうメッセージが受け取れる人は「健全な状態」であるか、まだぎりぎりそれに近い状態であることは間違いないです。

それともうひとつ歌詞そのものの欠点として前半のマズイ部分のほかに、部分的に難しいです。
単語は単純ですが、表現的に難しいフレーズは、拡大解釈される危険性があります。
仏教観っぽい表現も通常の表現ではないので伝わらないと思います。
これらの危険性は作者が予期しなかった読者の結論を導き出したりします。
最初からそれを狙っているならまだしも、この歌は目的が明確であると私は察しました。
そのような理由から、本人の意図したものをそれて物議を醸すのは当然です。
(私の場合はわざと議論をさせるためにやったりしますけどね)

はて、多くの一般大衆がどう判断するかはやはり主観に任せるほかありませんが、彼が歌い続け、メッセージを出し続けることで、少しずつ誤解も解けることを祈っております。
でも、今までの例から言って、多少アマノジャクっぽいテーマの捉え方で、全面的に支持された例はほとんどないです。
理解できる人だけついてくるみたいな感じです。
この歌に関して、そういう賛同のされ方が妥当かどうかということは、わかりませんが、彼から受け取ったメッセージを誰かのための思いやりとして行動していくという傾向が出るのなら、この歌も失敗ではないと思います。

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プロフィール

HN:
あさかぜ(光野朝風)
年齢:
46
性別:
男性
誕生日:
1979/06/25
自己紹介:
ひかりのあさかぜ(光野朝風)と読みます。
めんどくさがりやの自称作家。落ち着きなく感情的でガラスのハートを持っておるところでございます。大変遺憾でございます。

ブログは感情のメモ帳としても使っております。よく加筆修正します。

気が付いたら他人からとても褒められる娘ができまして、人生が大きく変わりました。
この小さな可能性と向き合うため頑張って生きております。

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