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あさかぜさんは見た

日記

01/13

Tue

2026

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10/08

Thu

2020

人は狂っているし優しい

・人間は生まれ持った欲ゆえ暴力を働くことがある。暴力とは肉体的なのはわかりやすいが、精神的なものでも暴力になる。この精神への暴力は誰しも持ち合わせている。もちろん君もだ。だから自分の行為を反省するためにも人へ耳を傾けなさい。

・君は偏見の生き物だ。偏見をなくすことはできないが、立ち止まることはできる。そのために勉強をしなければいけない。勉強とは押し付けられるものではなく、自ら頭を垂れて学ぶものだ。知識に対しては常に礼節を持ちなさい。

・友達は生涯において少ないものだ。「嫌われる」等という「恐怖」を抱く相手は決して真の友達ではない。友達とは利害関係がなく、上り調子でも下がり調子でも同じように接してくれる人のことだ。

・常に他人は君より優れたものを持っている。自分の立ち位置だけで人を決して見ないことだ。君は生命を維持するのに大切である水1つでさえ他人の力を借りているのだから。

・君の贅沢は君だけの努力では成り立たない。君はいくらお金を得ても君1人で贅沢をするのにどれだけの労力がかかるのか、いつか自分で確かめて欲しい。

※重複することがありますが、後でまとめるためにも書いておきます。

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10/07

Wed

2020

命を延長させるもの

自分のように生きることに怠惰で無気力になりがちな人間が、ダラダラと生きているのは周囲の思いもあるのだろうと感じる。
「リンゴ狩り行こうって言ってなかった?」
自分も忘れていたことを告げられて余市の果樹園でお腹いっぱいになるまでリンゴやプルーン、ぶどうを食べて持ち帰ることがあった。
プルーンはその場で食べるよりも少ししわが付いた方が美味しいとか、ジャム等でしかほとんど食べたことがなかったので知識がなかった。
ジンギスカンの匂いを嗅ぎながら果樹の香りが充満した木漏れ日散る場所で焼き肉とはいいものだと思い食べようとしたが売り切れだった。
せっかく余市まで来たのだから以前友達にプレゼントした山ぶどうのワインとピザを自分でも食べてみようと試したら、マルゲリータピザが絶品だった。
同じ道を走っているはずだが、色んな景色がある。
ぼんやり眺めながら見ている景色の半分も表現していない自分に落ち込む。
自分には文学的才能はきっとないのだろう、ともよく感じる。

仕事の休憩中にすすきのに通っていた頃よく出入りしていたバーのマスターから連絡が入り10年ほど前によく行った店の人から連絡が入る。
随分と酔っぱらって、というより泥酔と言っていい。
自分もいろいろやらかしたけど、ねちっこくてしつこくて、仕事切り上げてこっち来いとか、不愉快極まりない電話だったけれど、仕事終わってから本人がいないことを確信して行く。
電話が夜9時。仕事終わりで落ち着いたのが12時過ぎ。すすきのに辿り着いたのが深夜1時だったのだから。
9時の段階で相当酔っていたのだから、居たとしても完全に呂律が回ってないか、床に転がっているかのどちらかだろうと思っていた。
カフェイン強めの飲料を飲み、やけに眩しいすすきのの光を浴びながら、久しぶりにマスターと話した。
「準備はまだ、みたいな時って、結構いけるものなのさ」
「次のステップいこう」
話の中で出てきた言葉に、そういうものなのかとぼんやり受け止めるけれど、今この言葉が人の口から出てくるって、自分も転換期なのかなと、ひしひしと感じる。
他のスタッフからは「絶対書き続けた方がいいよ」とも。

この2つのことは期間の差はあれ、過去にやったことが因果となって結びついている。
今、何か欲しいと思っても何も得られないことが多いけれど、何かが巡り巡って返ってくることも沢山あるのだと感じた。
友達は少ないが縁はまだあるようだ。
そんな縁が、まだ自分を生かしているのだろうと寒くなってきた日々を背に思う。

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10/07

Wed

2020

北海道の食べ物殿堂入り一つ加わりました

飲食店勤めが長いので、中の人の気持ちというか、中の人の事情が少しわかる。
だからチェーン店とか、バイトに頼っている店とかは、中の人の愚痴も聞いているので、ある意味覚悟しながら行く。
この前だって、ラストオーダー30分前で店内にお客さんが誰もいない状態で入ると客席からモロ見えのキッチンの人から「誰あんた?」って目で見られただけだったし、「まだやってます?」って聞くまでお客さんだとも認識してもらえなかったし。もうしょうがない。そこ居酒屋じゃなかったけど「片付け終わってるのに、まさか客来たの? やめてよ」って心境はよくわかる。
そして今チェーン店、他の会社行かなくてもコロナのご時世、業態のシフトチェンジできてないところほど(従来の店舗型から変えられないところほど)、お客さんももどってきてないし、中のバイトさんほど「楽できるなら楽してお金もらいたい」って心境充満しているの今働いててよくわかる。

そもそも飲食店って労働基準法に厳格に照らし合わせると成り立たない商売がほとんどだから、時代が変わるとあからさまに、その弱点、むしろ本性が出る。

まぁ、中の人だから余計なこと書きましたけど。
頑張って欲しいというよりも、もう以前の時代は既に終わったという認識で色々なことを受け止めています。

======本題はここから=======

北海道の中で、つまみ食いをしながら片道100kmくらいは平気で移動したりすることをするけれど、以前にも書いたもの2つありました。これは宿泊込みの移動でした。
でも、この2つの食べ物、スイーツでしたけれど、初めてスイーツ以外のものが今回殿堂入りしました。

スイーツ部門は
・【フェルム ラ・テール美瑛】のプリン
   ーー食べた瞬間笑う。人は本当に美味しいものに出会うと笑う。自分も創作料理他者に提供しているからよくわかる。
・【西興部(にしおこっぺ)道の駅】のストロベリーソフトクリーム
   ーー北海道でソフトクリーム食べた中でも群を抜いて苺感が強く酸味と甘みのバランスが最強に取れてた感動イチゴソフトでした。

そして、今回初めて
・【仁木町 ベリーベリーファームレストラン】のマルゲリータピザ

が入りました。

   ーー生地に使っている粉も美味しい事ながら、トマトソースが他の追随を許さぬ美味さ。
こんなコクも旨味も甘みもバランスのいいトマトソース通年出しているのか、それともたまたま出来が良かったのか。通常舌先や中ほどで終わる美味さが喉の奥ギリギリまで伝わってくる。このような味わいは、野菜を長距離輸送して商品化しているものでは絶対に出ない奥深い味。
(予想するに)自家栽培の強みが最大限に出ていて、生バジルの葉もフッとした香りと味のアクセントになっていて絶品でした。
そもそもトマト缶とかでは絶対出せない味ですので、マルゲリータピザを食べるためだけに来ても損はないくらい。


有機栽培のワインが何種類か売っていますが、その中でも山ぶどうのワインが凄い。
初心者に優しくないワイルドさがあるワインで山ぶどうならではの酸味とその奥から伝ってくるかすかな甘みと森林浴をしているかのような香り、ぶどうの奥深くに、地べたの草を嗅いでいる草食動物なら我を忘れて食らいついているかのような草の味わいもある。魚料理に合うような香りよりも、やっぱり森の中の生き物、肉、肉、肉に似合う香り。
山ぶどうを食べた方なら、絶対うなる結構珍しい山ぶどうワイン。北海道の中でも売っているところ、なかなかないと思います(他の情報提供お待ちしております)。
絶対に買う価値あり。ワイン好きで、5千円以上のワインで、尚且つ森の感じが好きでワインをお買い求めている方は、これは安いですよ(現段階では4000円で買えます)。

旅番組でも作ろうかな。
面白いだろうな。
北海道には本当にいいものが沢山あるから紹介して歩いてもいい。

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08/19

Wed

2020

三か月ほど前だろうか、知り合いに連れられてバーに行った。
初対面のマスターと少しだけ話が盛り上がったが一週間後に首つり自殺をした。
独り身で、愛犬が死んで間もなくのことだった。
知り合いはとてもショックを受けて2か月も仕事を休んでいた。
仕事をまた再会したとのことで会いに行くと元気そうだった。
「四十九日が過ぎて少し落ち着いた」
といつものように微笑んでいた。

たった1度しか会ったことがなかった、マスターの作るマティーニが美味しかった。
マティーニの美味しい店はハズレがない。
さらにはオリーブまでも美味しいお店は気が利いてる。
もう飲めなくなったのはとても残念に思った。

人にはいつか死が訪れる。
自分でケリをつけるも、自然に死ぬも、事故や病気で死ぬも、いつかは終わりが来る。
知り合いの周囲には変わった人が沢山いる。
だから僕のことも変わった仲間として気にかけてくれて時折連絡をくれる。
「あさちゃんは死なないでね」
と言われたが、気持ちはブレブレだ。

何故バーのマスターが自殺をしたのか誰も理由がわからなかった。
誰にも理由を話さずに死んでいったから、マスターを知る誰もが死を信じられなかった。
影をも見せなかったということは、自分が会った時も普通のように見えたのだろう。
フッとこの世界から消えてしまった。
例え理由があったからといって、きっと誰も死ぬことには納得しなかっただろう。
どうして何も話してくれなかったのか、という気持ちが周囲を支配していたに違いない。

僕は自殺はあまり反対しない派だ。
そういう選択肢があってもいいと思っている。
死ぬには色々な理由があるから、こうだからとは言えないけれど、他人は「生きろ」なんて言ったって何も保証しないじゃないか。
「生きていくこと」の何も保証しない。
例えば苦しみがあったとして、所詮他人事じゃないか。
挙句の果てには「甘ったれてる」とか「自分が悪い」とか個人の何かに原因を見つけて責め立てる。

それでも人は助けられたり助けたりしている。
気が付かない間にもしている。
当然傷つきもしているし、ぬくもりに触れたりもする。

人は死に向かっている。
けれど無気力という状態や、ふと生きることを諦めたりする気持ちになることもある。
深いところを覗いてしまって、暗闇の中に心を沈ませることもある。
生きることは思い通りにはならない。
それでも生きている人はいる。
だけど死ぬ人もいる。
生きている場所が違うのだとも思ったりする。

いずれは、誰もが遅かれ早かれ死を迎える。
「生」に人間は意味をつけたがるから「死」にも意味を見つけたがるのだろうと思うけれど、「死」は人にとっては意味も何もない。
ただそこにあるという現象の一つに過ぎないのだと思っている。

そう。
だからこんなにもまとまりのない文章になっている。

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08/18

Tue

2020

生きる気力がどんどんなくなっていく。
誰かに認められたことなどない。
自分が活動できる時間と、実際の時間の流れには大きな隔たりがある。
自分のような人間がどうやってこの世を生きていけばいいのか手段がわからない。
価値がない。
価値のない人間は生きていく資格がないらしい。
自分で生きられない人間は生きていてはいけないらしい。
自分は人から奪うことでしか生きていくことができない。
存在自体が今は無駄でしかない。
辛いという気持ちはない。
ただ無気力のような、力の抜けた妙な達観のような、諦めにも近い気持ちがある。
才能は世に溢れている。
何をするにも臆病になっている。
何か行動をするのが怖い。
どうせ見向きもされないか、批判的な言葉を投げかけられるだけだ。
自分がすることはほとんどそうなんだ。
だからどうせ生きていてもと思うのは、ここに理由があるのかもしれない。
虚しい。
今は少しだけ人助けができてて、それまでは頑張って生きようかなと思える。
うまく眠れない。
そういえば眠れないという理由もあって酒を飲んでたことを思い出す。
病気が治って少し健康になったら今度は眠れなくなった。
もうどうしようもなく壊れてる。
どうしたらいいのかわからない。
どうやったら普通に生きられるのかわからない。
グチャグチャになっていって、年だけとって知識も振る舞いも何もかも子供のままで成長できない。
気がついたら1ヶ月経っている。
もうダメだ。
気がついたら数年経っている。
もう死んでしまう。
所詮クズだったんだ。

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プロフィール

HN:
あさかぜ(光野朝風)
年齢:
46
性別:
男性
誕生日:
1979/06/25
自己紹介:
ひかりのあさかぜ(光野朝風)と読みます。
めんどくさがりやの自称作家。落ち着きなく感情的でガラスのハートを持っておるところでございます。大変遺憾でございます。

ブログは感情のメモ帳としても使っております。よく加筆修正します。

気が付いたら他人からとても褒められる娘ができまして、人生が大きく変わりました。
この小さな可能性と向き合うため頑張って生きております。

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