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あさかぜさんは見た

日記

01/21

Wed

2026

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03/19

Mon

2007

華麗なる一族と風林火山

多くの人間が理念や真情を忘れているのかもね・・・
理念なければ続くものなし
人生もまた理念なければ
やがては己のルーティンに甘んじて向上心を忘れ去り
毎日に溺れてしまうのかも

山崎豊子先生
あなたは私が足元にも及ばない人だ

自分なんか最近の作家さん見て
「俺でも芥川賞は取れるんじゃない?」とか思ってしまっているヘタレです
「限りなく透明に近いブルー」でも同じような心理持った人はたくさんいたみたいだけれど





しかしまあ…あはは~。ダウンロードしてきちゃった~。
でもこのCDドラマ中で使われていた全曲は入ってないですよね。土壇場の大逆転で流れる緊迫感溢れる音楽とかが収録されてないかもとちょっと残念。
全部聞きたかった…というかむしろそっちのほうを期待してた…でも重厚なメインテーマと切ないエンディングテーマはばっちり聞けるのでまあまあの満足度。







それと去年おもしろかったから今年はどうかと思っていたNHK大河ドラマ風林火山も思いのほか面白く、音楽も「おお!?」と思ったら私の大好きな大好きな千住明さん。
こっちも買ってしまった~。うへへ。
ああ、こっちもカッコイイ~。一緒に仕事したい~。
微細な雰囲気や感情まで表れていて震える一品。これはよい買い物をした。
大きな声では言えないけれど、武田信玄って家臣の高坂昌信にラブレターを送ったという逸話が。当時の愛人?だった高坂昌信が信玄が浮気しそうな気配を察して嫉妬心のある探りの手紙を入れたところ、慌てて信玄は弁明と二度としないという誓いの手紙を書いたとのこと。
これは恋愛と言うのかどうかはよくわかりませんが、信玄が慌てふためくという状況がとても以外で噴出しました。でも織田信長と森蘭丸もじっこんの中だったというし、男色の文化は当たり前のようにあったのかも。

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03/18

Sun

2007

もし日本がアメリカ型になるのなら

大多数の人間が少数の天才に操られ、操られた側が操る側にとことん利益を吸い取られる構図になる。
つまり市場経済社会の行き着く先は、何も考えずにシステムに組み込まれる人から一部の人間が利益を得るということになるけれど、昔のヨーロッパみたいな貴族や城主と奴隷という関係は、日本にも同じように城主や地主と小作人なんて関係はあったけれど、安易に考えるとずる賢いのが一番得をするのではないかと思ってしまう。
教育がどう変わっていくかはわからないけれど、おててつないで、なんてことをやっているようなら(そういう思想が保護者などに蔓延しているのなら)底下げは目に見えているわけで、そこから逸脱するものは悪になるわけだ。
ただ、そこで妙になるのは、とても打算的な考えをする子供が、おててつないで、から人同士の助け合いを学べるのかとても疑問符が浮かぶ。北野武さんの著作で「全思考」というのがあるけれど、その中で平等的な考えが出てきたからいじめが裏に回って陰湿になったのではという推測がある。昔は上下がはっきりしていて、上のものが下のものをいじめることはなかったそうだ。いわゆるガキ大将社会が子供たちの世界だったみたい。
何かにつけて子供の世界に大人が介入するけれど、それが果たしていいのか悪いのかは誰にも断言できないあたりから、皆好き勝手言う。
でも、粋なオヤジが消えたから、礼儀を知らない人間も増えたのでは、という思いは少しある。自分はそんな人間が側にいたわけじゃないからよくはわからないけど、粋なはからいには節度や思いやりがあってカッコイイ。
日本には日本のやり方があるはずなのに、アメリカの真似していかなきゃいけないなんて、どうしてだろうなと思う。
いずれにせよ、ある程度の未来はもうすでに決まっていて、あとはよほどのことがない限りは、感情が流れ変わっていくままに歴史は作られる。
例えて言うならば受験勉強を直前にやってトップレベルの大学に受かるわけではなく、積み重ねが合格させるのと同じように、今ようやくバブルあたりの影響が本格的に出てきているのではないかと思う。
荒んだ魂は「システム」で救えると思っているほうが愚か。私自身は大人がやることは子供の顔くらいゆっくり見れる時間が確保できるとよいね、って単純なことなのだけど、どうにも簡単なことじゃない。
団塊の世代の大量退職のあと、彼らがコミュニティー作りに大きく参画していくのならば日本の将来は明るく、「システム」が支配するアメリカのような世の中ではなくなると思うのだけれど。
人の笑顔見ながら何かするって楽しいですよ。お金はいらなくても(笑)

余談だけれどこの本を読んでびっくりしたのは、今までの話口調の文章とは違って、理路整然と文章が成り立っている。
文章レベルが上達したのだろうか、昔の本人の著作と比べてみればよくわかるけれど、これも百科事典を読んだせいなのだろうか。
あいかわらず「この人死ぬんじゃないか」という恐怖は「TAKESHIS’」を見てから止まらないのだけど。

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03/13

Tue

2007

まだまだだね自分

歴史は生きているものが常に形作り、形作ったものを後世が受け継いでゆく。
きっと、大事なことは、その人間の未来は、誰にも断定できない。
そして、その人間に何が正しいのかも他者は断定はできない。
常に、夢と信念と勇気の元に、輝かしい未来は作られてゆく。
みんなで未来を見れば、みんなで楽観的に立ち向かっていけば、勝手に道は開けるじゃないか。
大事なことは、勇気を持って正しきことを正しいといえることで、誰かの心を天秤の中で救い、罪と罰と救いのバランスを保ちつつそこから解き放ってやることなのだ。

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03/13

Tue

2007

自分は弱いから、修羅になるか、何もしないでうずくまるかのどちらかしかできない。
人をモノのように見れたら、なんと楽になれるのだろう。

その無知がものを言わせるのだ。
無知ゆえに盲信するのだ。
無知ゆえに既存の「常識」がありえるのだ。

あるものにしがみつくだけのものは、利益を生み出すことはできないだろう。
なきものを作り出す力こそ、この世界の力。

何かが死んでしまう日は近い。

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03/04

Sun

2007

「当事者じゃないあんたに何がわかる」


「私のこともっとわかってほしい」

答:わかりっこない

他人と理解を深める気がないのならば、「当事者」たる理由を全面に押し出す必要性はなく、また他人に対しても自分を押し付ける必要性はない。
しかし他人に自分を前面に押し出して己の抑圧されたものを垣間見せるということは、逆説的に「理解して欲しいこと」が強くあって、それを他者が満たしていないからこそ言う言葉であり、つまり他人との交流を強く求めているからこそのジレンマ。
そんな状態では当然精神も擦り切れ疲弊し、他人を信用できなくなる。
わかりっこないからこそ、互いに理解を深める必要性が常にあるわけで、それは両者のためにとっても有意義である。
二度と「あんたに何がわかる」と他人に対して暴言を吐かないために、自分が傷ついているからと言って、他人を傷つけないために、わかりっこないところから始められることがたくさんあるということに気がつくべきだ。
そのわかりっこないところから始められるものこそ、常に希望に向かっていくのではないかと思う。


人間、誰だって完璧にはなれないさ。

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プロフィール

HN:
あさかぜ(光野朝風)
年齢:
46
性別:
男性
誕生日:
1979/06/25
自己紹介:
ひかりのあさかぜ(光野朝風)と読みます。
めんどくさがりやの自称作家。落ち着きなく感情的でガラスのハートを持っておるところでございます。大変遺憾でございます。

ブログは感情のメモ帳としても使っております。よく加筆修正します。

気が付いたら他人からとても褒められる娘ができまして、人生が大きく変わりました。
この小さな可能性と向き合うため頑張って生きております。

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