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あさかぜさんは見た

日記

01/21

Wed

2026

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09/08

Fri

2006

皆様は本を買うときに、どうしていますでしょうか。
私は教養書なら目次、小説なら真ん中あたりをガバッと開けて、そこから少し読み始めます。
教養書の場合、目次で内容がよくわからなければ、あまりいい本ではない場合が多いので、目次である程度の内容が見えてこない場合は、あまり購買意欲は起きません。
また、小説の場合、作者は最初は気合を入れている場合が多いので、最初のところはすっ飛ばして、中でたるんでそうなところで文章のレベルがどの程度かを知るために読むわけです。
それにしても、最近は不思議で、「買って損をした」とか「ひどい内容」とか、ヒット作を中心に本への手ひどい恨みすらこもった読者レビューが書かれております。
中も見ないで買うなんて、凄い勇気だと思うのですが、買い手側も「受身」なのだなと思ったりします。
最近の小説を読む限りは、逆に「どうして自分の書いているやつが注目されないのだろう」と、ちらほら思うことがあります。
「あ、自分でも芥川賞取れるや」などと、ルンルン気分で書店から帰ってきたりするのですが、現実は厳しいのか、それともぜんぜん実力がないのか、今だここで地味な生活をしているわけです。
それで、書いていて、もしくは売れ筋を見ていてよく思うことなのですが、どうやら読者というものの小説への目的というものが、二極化しているのではないのだろうか、と、思ったりするのです。
今更こんなこと言うのも時代遅れで馬鹿らしいかもしれませんが、ようするに、インターネットや携帯などの通信機器で育った、「文字離れ世代」と、「王道の文学を求める読書家世代」の二層に分かれていて、お互い相反する好みを持って、読書をしているようです。
前者は、簡単で読みやすく、ストーリーも単純明快かつ奇抜でおもしろい「映像的」なものを好み、そして後者は、いかに文章に情景や心理や人間味や思想があふれているかという「文学的」なものを好むわけです。
それで、出版社はどちらの読者層によりターゲットを絞っているかというと、もちろん前者の「映像派」の人たちです。
この層は、「燃えやすく燃え尽きやすい」のが特徴で、火がつけばガソリンのように燃え広がり、そして燃料切れと共に、何事もなかったかのように鎮火してしまいます。
それで、この「一番受けやすい層」へ、書いていて一番思うことは、「最近の読者はよりはっきりと具体的にわかりやすく書かないと作者のメッセージ性に気がつかないことが多い」ということで、これは所謂「文学」という観点から言えば、相反するもので、文章の密度を薄くし、より内容も平たくし、小難しい思想を排除し、頭で考えるよりも目で追える文章を作るということです。
これが、本当にいいのかどうか、ということは置いておいて、この「文章離れ」減少は歯止めがかからず、いずれ日本語を破壊するまでに至りますが、正直言って自分もまともに「国語教育」というものが、どのように自分の力になっているのかさっぱり理解できず、自分で文章を書いていて「これでいいのだろうか」と不安になりながらも書いているわけです。
私は「国語」で学んだことをうまく思い出せません。他のことならよく思い出せるのに不思議です。
「読者により受ける文章」のほうが世の中には残っていきます。つまり、どのように「文学派」の人たちが新しい世代の文章へ文句を言おうと、「売れたもの勝ち」のようです。
ひどいものは最後にゴミになるのがオチでしょうが、はたしてこの「文章離れ」からくる「文学離れ」に歯止めはかかるのでしょうか。
この問題の裏にある「国語」というものを、皆でもう少し真剣に考えなければならないようです。

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09/03

Sun

2006

http://www.gillette-jp.com/

男性用のカミソリで、今度は五枚刃が出るそうです。
私は今三枚刃使っていますけれど、よく切れますよ?
カミソリもいやに長持ちするし。

単純な疑問として、なぜにそのようにたくさん刃をつける必要があるのか。
もういらぬ。

どうせなら十枚刃とかすぐに出しちゃえ♪
たぶん50年後には三十枚刃とかあるんだろうなぁ。

「ミクロの刃で深剃りスベスベ!世界初30枚刃!」

とかなんとか言って。

刃が多くなるとそれなりに値段も高くなるのですけど。

五枚刃もかなわない鋼鉄の髭を持つ男でもこの世界にいるのでしょうか。

六枚刃、出るかどうかが注目ですな。

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09/01

Fri

2006





はい、こっちなんです。
こっち↓じゃないですよ。





実は私はこの世代ではないのです。
ちょっとだけ生まれるのが遅かった。
もう少し早ければ、じっくり聞いていたかもしれないけれど。
それで最近「異邦人」が耳から離れなくて、ついに買ってしまいました。
内容とはぜんぜんリンクはしないのですけれど、カミュも読み直そうと思っています。
よくテレビの名曲なんとか、とか、過去のトップ10とか、そういうのでサビだけは知っていました。
それで、一度聞いたら耳から離れない。
最近、「異邦人」って題名で小説書こうと思ったら、曲が脳に湧き上がって離れない。
しかし、サビしか知らない。
どうする!
どうしちゃうの俺!
という感じでついにムラムラとした気持ちを払拭するために購入。
このアルバムじっくり聞きましたが、なんか懐かしい。
「宇宙戦艦ヤマト」の作曲家、宮川泰さんや、羽田健太郎さんの音楽に慣れていた私は、ここらへんの時代の音楽を聴くと、なんだかあったかみが思い浮かぶのですね。
歌詞も凄いなぁ。



~最初の部分を抜粋~

作曲・作詞:久保田早紀

子供たちが 空に向かい
両手をひろげ
鳥や雲や夢までも
つかもうとしている
その姿は きのうまでの
何も知らない 私
あなたに この指が
届くと信じていた

~ここまで~



もう、最強の殺し文句です。
今は結婚なさって苗字も変わって久米小百合となって活動しているようです。

(Mission photos)
http://www.gospeljapan.com/gospel/kume/ 

どれも、哀愁あふれる曲で、懐かしさがあふれてくるなぁ。
こういう、恐ろしく魔法がかった強烈な言葉を編み出したいな。
誰もが振り向き、その心に言葉をうつしていくような、そんな言葉を編み出せるようになりたい。
澄んだ声で歌われるから余計にすすーっと心に入ってくるようで、ヒーリングミュージックですな。
さて、鬼のようにお話書こうかな。

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08/31

Thu

2006





最近ようやくはじめました。
なんせ1400円もするので、普通に本を買ったほうがいいと思った・・・というかすでに持っていて、奥の細道は大好きなのですが、

自慢じゃないのですがね、

なんせ、字が汚い汚い、きたねぇんだよ!(逆切れ)

自分しか読めない暗号のような文字を書きますので、これはいけないと、自分の文字を矯正する意味でも買って、放置しておいて、ようやく今えんぴつと簡易用えんぴつ削りを買ってきて、書き始めたわけです。
がりがりとえんぴつを削ると懐かしい臭いがします。
えんぴつの匂いなんて、けっこう久しぶりに嗅いで、小学生の頃を思い出しました。
いつシャープペンシルに替えたのか忘れたのですが、小学生の頃はえんぴつでした。

名文っていうのは、暗誦できるほどに身につけておいて損はないものです。
なぜなら、言葉もまた着物と同じように身につけてたしなむもので、その言葉の優雅さを身につけておけば、やはり他人にも気持ちがよいものだからです。
とかなんとか言って、あいかわらず口汚い私ですがね。

現在長編小説執筆中ですが、小説のある一点のセリフにつまづき、色々と他のことをしています。
このセリフは例えていうならば、今がけっぷちで下は断崖絶壁、海ざーざー、死ぬ気まんまんで、人間不信の自己嫌悪の絶望した人間を説得する言葉を編み出そうと悩んでいるわけです。
あらすじはもうできているのに、セリフでつまづくとは思わなかった。
「死んだらダメ」
だったら、その人は死にます。
「死んでください」
でも、もちろん遠慮なく死んでくれます。
さて、こういう人を説得するにはどうすればよいのか。
人間のあらゆることに絶望しきっている人間の心に届く言葉は何か、と日々悩んでおります。

そんなこんなで、短くて情緒あふれて多くを語ろうとしないのに多すぎるほどのことを語っている名文を、心を落ち着かせて書いているわけです。
般若心経を音読して、書くのもお勧めですが、ちょっとそれは硬すぎて、という人には、これをお勧めします。
徒然草も出ていますが、奥の細道のほうが、やや現代文に近く、読みやすいのでどちらかと言えば奥の細道から徒然草へはいっていったほうがよいように思います。





追記ですが、最近なのか、それともメディアであげる機会が多くなってきたのか、未成年の犯罪が多くなってきましたね。
小説では、現代の心の問題にも鋭く焦点を当てたいと思うのですが、どうしてか、出版社にこの気持ちがわかってもらえませんな。
こういう事態が起こっているのは、社会の必然だと訴えているのに。
熱意が足りないのでしょうか。
実力も足りないのでしょうか。
とにかく、がんばります。

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08/18

Fri

2006

今まで出版業界の事情というものはよくわからなくて、無名の新人でいかにすぐれた作品であろうと、いわゆる保険金のようなものを著作者からとって、限りなく出版社側の損をなくすどころか、それで利益を取ろうとするような事業をやっているとは知らなかったのです。
新人作家は、賞を取ってからなら、過去の実績があるので、例えば雑誌への連載などをしつつ、様子を見ながら徐々に会社が後押ししていく、というのがだいたいの成功法のようです。

それにしても、とある会社などは、出版に関しての見積もりもあいまいなまま、例えば「全国展開させていただきますので200万ほど負担していただきますが、よろしいでしょうか」などと話を持ちかけ、よく本のルートのわからないことをやっているとのこと。
そういうことなら、当然こちら側の心理として「本当に店頭に並んでいるのだろうか」という疑問も出てくる。
しかも余ったものはお買い上げとなり、そこまでやられると、「本当はもらったもの以外の部数は作ってないんじゃないですか?」と疑いたくなる。
商売人って顧客を安心させてこそ堅実な商売がしていけるのに、そういうことをやっているとなると会社の命も相当先が短いと予測できる。

自分の打つ手がすべて消えたわけではないが、さすがに精神的に疲労した。
そういうことやって、会社成り立たせているんだなと。
どこもかしこもそういう場所ばかりではないけれど、「世の中お金」なんだなと思うと同時に、「下っ端はいつのときも厳しい環境にある」ということもわかってきた。
当たり前のことを、頭だけでわかるのと体でわかるのとでは、だいぶ違うようだ。

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プロフィール

HN:
あさかぜ(光野朝風)
年齢:
46
性別:
男性
誕生日:
1979/06/25
自己紹介:
ひかりのあさかぜ(光野朝風)と読みます。
めんどくさがりやの自称作家。落ち着きなく感情的でガラスのハートを持っておるところでございます。大変遺憾でございます。

ブログは感情のメモ帳としても使っております。よく加筆修正します。

気が付いたら他人からとても褒められる娘ができまして、人生が大きく変わりました。
この小さな可能性と向き合うため頑張って生きております。

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