忍者ブログ

あさかぜさんは見た

日記

01/21

Wed

2026

×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

06/27

Tue

2006

現実感のない子供たち

夢を見ているかのような
ずっとぼんやりしてかのような子供たち
不安や不眠や不摂生
それらがあいまいな感情の子供たちを作る

長編って楽じゃないよ
書いているときは楽しくなんかない
できあがってくると楽しいけれど
書いているときは地獄だ

伝えようとすることを
はっきりと伝えようとすると
とたんに悩む

失踪したい気分

でもやらなきゃなぁ
ああいう子達を救うためにも

拍手[0回]

PR

06/26

Mon

2006

人生は、壮大なる思い込み

残念ながら人間の一生とは「思い込み」にてできあがるもので、たった一握りの人間が、人間の真実を知り、そして科学は自然の真実のほんの少しを垣間見るにしか過ぎないということを、人間の視野が狭いばかりに、あたかもすべてを知ったのだと思い込める幸福に満ちている。
その真実に気がついたからといって、自分の存在を否定してただちに命を放棄するわけでもないし、ただその疑いようもない人間のせせこましさをピエロのように笑うわけでもないけれど、結局「人生は暇つぶし」であることを放棄できるとしたら、それは「思い込み」の領域でしかないということをよく知ることが、節理を受け入れるにはちょうどいいのかもしれない。
宗教や神の存在を、人間の知覚による、「大いなる錯覚」として捉えている私は、人々が長年信じ込んできた「真実」が、実は「真実を阻害する壁に書かれている呪文」であることが少しずつ見えてきたのである。
真なる神の存在は、知ることではなく感じることである。
そして神の存在とは、どこに存在するわけでもなく、宇宙との流れをともにしているすべての粒子の存在そのものであるということ。
一定量しか存在しないその「神」は、奪った分以上は与えないのだ。
どうせ神の存在を信じていない人間も、「神を信じない」という立派な宗教観があるではないか。
どうあがいても人間同士なのだから、同じ穴のムジナなのだ。

拍手[0回]

06/18

Sun

2006




う~ん、原作は読んでおらず、渡辺謙を楽しみにして見に行ったけれど、まわりは結構中年層が多くて、若い人はそれに比べれば少なかったように見えた。
いや、それにしても、アルツハイマーで悩む強烈な苦悩を演じられるのは、日本では彼のほかにはいないでしょうというくらいの演じよう。
もしかしたらこの映画まるまる「THE渡辺謙」と言えるかもしれない。
どうして彼がこの作品に惹かれたか、彼の人生を知るものなら汲み取れるような気がします。
お見事ですとしか、言いようがないのですが、

それよりも、

それよりも、もっと驚いたのが、20分も出ていない大滝秀治が渡辺謙を軽く凌駕していたということに驚いてしまった。
いや~、凄い。
凄すぎる。
もはや達人としかいいようのない演技を超えた生身の迫力があります。
映画を見ていてもわかりますが、「ああ、この人は演技をしているんじゃなくて、台本から読み取った感覚を表現しているのだな」ということがわかります。
おお・・・鳥肌が立ちますよ。

国宝級ですな。

彼を主役にしたら、出演者全員が霞みそうな迫力。

渡辺謙の印象よりも、大滝秀治の印象が強烈。
あまりここでべた褒めしてしまっては、せっかくの渡辺謙の人生の結晶たる演技がそれほどでもないみたく読み取れてしまいますけど、そうじゃないんですよ。

それと奥さん役の樋口可南子も凛とした感じがして清楚で、弱さも強さも兼ね備えたすばらしい演技。
渡辺謙の奥さん役として霞むことのない対等の演技。
あれだけできるとは、実生活でも凛と一本通ったような強さがあるのでしょう。

もうひとつ、脇役もいい味を出していましたが、その中で最もたる人が及川光博。
お医者さんの役で出てくるのですが、ある事情を抱えた複雑な内面を、ぐっとこらえるような告白のシーンがとても印象深かった。

本編とはぜんぜん関係ないけど沢田研二も凄いんだよなぁ・・・
なんともいえない味を出す人

いやぁ、大滝秀治に惚れた。

キンチョールの宣伝心行くまで見よう。

http://www.kincho.co.jp/cm/

拍手[0回]

06/14

Wed

2006

森を住処とし、自然と共生するエルフの村々にも魔物の軍団が押し寄せることとなる。
プライドの高いエルフは、己の集団のルールを遵守し、それに反することは、異端として排斥される。
自然の力を体内に取り込め、その未知なる力を知識に出来ることから、エルフたちの寿命は、人間たちよりもはるかに長く、老化もめったにすることはない。
長寿ゆえに、知識も多い。
魔物の正体は、生物の怒りと憎しみを力として生まれるために、魔物に対処すべく、常に冷静でいられる。
ところが、エルフの知識とその蓄積された力、魔法の力を持ってしても、魔物の集団を蹴散らすことが困難と悟った、あるエルフの一派があった。
その一派は魔物を見抜き、なぜ魔物が生まれたかを悟った。
魔物誕生の原因ははエルフの種族とは違う、人間と呼ばれる種族が、魔物に対して露骨に憎しみと、怒りをあらわにすることから、魔物がその力を得ようと、虐殺と残虐と狡猾の限りを尽くし、人間たちへと憎しみの力を吸収しようとする攻撃をしかけているため、それゆえに勢いを増した魔軍への対処が滞り、出生率が低く、人口も少ないエルフたちの存在を脅かしていた。
エルフたちは、そのプライドの高さから、性交も少なく、よほどのことがない限り、めったには交わらない。
恋愛にも高い理想があり、異性を理想ゆえに拒むことから出生率の低さを招くこととなるが、それは途方もない長寿の利益によりカバーしていた。
逆に言えば、知識が多いばかりに、あらゆる行動に対して、理想高く、己の理想の基準をクリアしないと相手を認めないという己の誇り高き長所、ある意味欠点も含んでいた。
時折優れた人間がエルフと交わり、ハーフエルフという特殊な種を得ることがあるが、その例はほとんどゼロに等しい。
人間の憎しみと怒りとを利用し、増幅した魔軍は、数の多さで、邪魔なエルフを排斥しようと試み、エルフたちは種全滅の窮地に陥る。
しかし、一部の柔軟なエルフの集団たちが、逆に魔物の力と交わり、その強大な戦闘力を利用することを試み、血を使い儀式を行って、従来のエルフたちよりも、より強大な戦闘能力を得ることを獲得した。
その魔族の血を利用して生まれた種族をダークエルフと呼ぶ。
その儀式は、本来は守るべき種族たるエルフのために行ったのだが、それは最後の手段であり、種族存続のための愛からの行為であったが、エルフの長老は、魔族からの危機が去った後、ダークエルフたちを異端として扱い、エルフの種族から排斥することを決定し、彼らは同族だったエルフたちから、殺され、かつ追われる立場となった。
彼らの本来の目的はエルフ種族の絶滅から救うための苦肉の策であったはずが、結果的には絶滅を救っても、自らが排斥される立場となり、本来の種族であったエルフたちに長年の恨みを残すことになる。
ダークエルフたちはエルフよりも柔軟に対処できるが、自然の力と決別し、魔物の力を取りいれたことから、エルフよりもはるかに寿命が短いが、それでも圧倒的に人間よりも寿命は長い。
また、ダークエルフはすでに魔族との血を交わらせているために、人間と交わってもハーフが誕生することはない。

拍手[0回]

06/05

Mon

2006

物を作るということ

日本は物を作ることによって、ここまでの価値を築き上げた。
精神の空洞化がすすんできた問題は、さておき、「物を作る」ということを忘れちゃいけない。
何かを本当に作り上げるということは、一朝一夕にはできない。

新しい時代に対して、勤勉であれとは言わない。

でも、人情だけは忘れちゃいけない。
それだけは言いたい。

時代の中で変わる意見。
時代の中で変わる常識。

自分もどこかでおかしくなる日が来るのかな・・・

拍手[0回]

フリーエリア

ブログランキング・にほんブログ村へ

バーコード

プロフィール

HN:
あさかぜ(光野朝風)
年齢:
46
性別:
男性
誕生日:
1979/06/25
自己紹介:
ひかりのあさかぜ(光野朝風)と読みます。
めんどくさがりやの自称作家。落ち着きなく感情的でガラスのハートを持っておるところでございます。大変遺憾でございます。

ブログは感情のメモ帳としても使っております。よく加筆修正します。

気が付いたら他人からとても褒められる娘ができまして、人生が大きく変わりました。
この小さな可能性と向き合うため頑張って生きております。

最新コメント

(07/27)
(02/23)
(03/05)
(03/02)
(01/24)
(07/29)
(01/21)
(08/16)
(04/28)
(04/20)

ブログ内検索

カレンダー

12 2026/01 02
S M T W T F S
1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 31

忍者アド

Copyright © あさかぜさんは見た : All rights reserved

TemplateDesign by KARMA7

忍者ブログ [PR]