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あさかぜさんは見た

日記

01/14

Wed

2026

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10/06

Thu

2016

努力は報われないけど努力はした方がいい

愚公山を移す(ぐこうやまをうつす)~中国故事街より~
http://www.katch.ne.jp/~kojigai/gukouyamawo.htm

努力は報われない。
年をとると当たり前のように受け入れられるようになってくるが、若い時はまったく理解できず周囲を恨んでいた。
「努力した」というものは独善的な感情で、それは苦しい思いをしたからすぐに自分を認めて欲しい、その労力を労って欲しいという感情に近く、テストでもあるまいし、特に作品なんてものを扱っている限りは、その努力など作品でしか見えてこないものを、きちんと客観的に見る力に欠けていたのが大きな理由だ。
自分は凄いものを書いている・・・つもりなのが10年経ってみるとわかる。
今なら赤ペンで自分の文章が真っ赤になるほど直す箇所がある。
酷い文章を書いていたものだ、と思う。
今でさえ色々言われる。
20代の頃は本当に先が長く、ガチで眩暈がして、動悸がして、もう嫌だな、どこまでやればいいんだよ、なんて思っていたけれど、色々経験して表現したいものが豊かになってくると、結果的にはよかったし、いかに自分が未熟であったかがよく理解できるようになった。

さて、肝心の努力は報われない、という意味なのだけど、端的に言うと、
「自分の望んだ通りになんか、なるわきゃねぇだろ」
ということなんだ。
当然物事を通したいのなら、現代では努力よりもアイディア。
そのアイディアを現実的に進めることの出来る徹底した力。
これが必要。

どうして最初の故事を紹介したのか。
ここにはとても大事な事が書かれている。
まず、時間的な捉え方。
個人主義が横行していると、息子が継いでくれて、孫が継いでくれて、なんて壮大な考え方はできないかもしれないけれど、肝心なのは「こうしたい」ということを人に見せ続けるということだ。
そして今の世、というか日本は「何歳まで何をして」「何歳からは遅い」とか、本当にうざったいほど他人の固定観念に晒され自信すら失い、やる取っ掛かりすらも潰しあっているような状況に感じるかもしれないけれど、大事なのは「やり遂げようとする日々の行為」だ。
他人は常にそれを見ている、ということ。
当然尻込みすれば「ほらできなかった」ということを証明してしまうことになるし、あらゆる他人の意志や意見に集中力が削がれるくらいだったら全ての情報を遮断した方がいい。

「何をやり遂げたいのか」
目標意識は大事な事だ。
ゴール設定がないと物事はどこまでもあいまいになる。
物事には段階があることを忘れずに、次にすべきことを調べて行動する。

「限界を自ら設定しない」
仕事は時間に縛られるが、少なくとも「何歳だから遅い」などとは考えてはいけない。
やりもしないことを否定する人間は、いつか他者の可能性を潰す。
人の可能性を潰すような有害な人間になってはいけない。
それだけで社会の多様性は失われていく。

「他者を得させる行為をする」
自らのみに利益があるようなものは他者は振り向いてくれない。
そして理解してくれない人を憎んではいけない。
これは自分の感情だけを見つめていることだから。
勘違いしていけないのは、この「得」とは「金銭的な利益」のことではない。
「得」とは沢山の人と関わって見えてくることだから、どんな目にあっても人と関わっていく勇気を忘れないで欲しい。
そこから初めて「得」が見えてくる。
もしかしたら「徳」にも繋がる行為かもしれない。

誰も見ていない、と思っているのは自分だけで、やはり誰かが見ている。
こんな誰も見ていなさそうな個人ブログでも、ひょっこり誰かが来て気まぐれにコメントしてくれる。
誰も見ていない、自分は孤独だ。自分だけが苦しい思いをしている。
よく精神が荒んでくると思ってしまうことだけれど、もし思い込みそうになったら声を出そう。発信しよう。色々知るように感覚を広げよう。
わりとなんとかなってくる。
このことは楽観主義ではない。
自らを取り囲んでいる現実であることを理解すると、世界は開けてくる。

また、他人は見ているということは、その努力が個人的に報われなくとも、誰かを勇気付けるかもしれないし、誰かの心を打つかもしれない。
思い通りにはならない。
だから努力は報われない。
でも、努力を続けないと、思い描いた全ての事は叶うはずもない。
過去の自分は全て糧だ。
寄り道の先に何か見つかるかもしれない。
そう考えると可能性は無限大になってくる。
昨日の自分を超えてゆければ、今より見えてくるものが沢山あるし、助けてくれる人も現れる。

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09/27

Tue

2016

「空気」の中へ

「まいったな」と松谷はぼやいた。
 指先が溶けているなと手を光りにかざしていたら、どうやら先に溶けていたのは心の方だった。
 チョコレートが溶けたように指先が垂れ、それは途中で水蒸気のように消えていくのだが、問題は体の肝臓の辺りから心臓にかけてまでヘドロのような色で煙を放っていることだった。
「いつからだ。これ」
 気がついた時には、相当抉られていた。それも仕事を辞め、ようやく自分のことを落ち着いて考えられるようになってからだった。
 背中まで貫通してないが、前半分くらいは腐り落ちたかのように、ない。
 絶望や衝撃を受けるよりも、「どうなっちまうんだ。俺死ぬのか。まだこんなになっても生きられるのか」と望み薄く自らの状態を捉えていた。
 痛みがない。だが、死んでいっているのが、よくわかる。
 酒の飲みすぎだろうか。それとも日頃のストレスや睡眠不足や疲れのせいなのか。
 仕事のしすぎが原因だろうとは思った。
「こんな死に方もあんのか」
 何せ、当たり前だが一度も死んだことがない。
 友達が交通事故で死んだことはあったし、祖父母の葬式も二回出たが、どうにも自分が死ぬとなると「死の感覚」というやつが、さっぱりわからない。
 大げさに考えているだけかもしれないし、むしろ楽観的過ぎるのかもしれないが、その基準さえわからない。
 医者に見せたらハッキリと診断され、余命とか、あと何年後に生き残るとか治るなどの確立やらを言ってくれて、それで自分の中で命の長さを測れるのかもしれないが、そもそも若くして同級生の葬式にさえ出たのだから、命を測る定規などすべてまやかしであるのを理解していた。
 人は寿命通りにはいかないのだ。
 むしろ「寿命」という考え方でさえ怪しいものだ。死んだ時が「寿命」なはずなのに。
「せめて苦しまずに死ねればいいのだが」
 思い通りにはいかないことがわかっていながら、眠るように死ぬことを皆夢見ていることは、年老いた人たちの話を聞いてわかっていたし、今松谷もその気持ちがようやく深く理解できた。
 何も考えずに、ゆっくりと死を迎えるためにはどうすればいいのか。
 今まで言われたまま、奴隷のように仕事をしてきたが、いざ解放され、体が完全ではないことがわかると、前のように一日中仕事をしていたい気分になってくる。
 自分のことを深く考えなくてもいいように。
――ヒラ、ヒラ、ヒラ、ヒラ……
 何かが松谷の目の前を舞い落ちた。
 落ちた場所を見ると何もない。
 だが地面を探していると、落ちていくものが途中で溶けて消えているのがわかった。
 その落ちてくるものが何なのかは理解できなかったが、手をかざすと指先から溶けていっているものとも似ている気がした。つまりは、自分以外の誰かの溶けた何かなのかもしれないと松谷は感じた。
 膝を突いたまま上を見上げる。
 枯れ落ちたものが美しい秋色を放って松谷の元へと全て落ちていっているかのような感覚に陥った。
――俺もまた、いつかは自然へと返って行くのだ。
 松谷の心の中に浮かび流れた言葉だった。
 だが、無意識から戻ってくると、もう一つの考えが浮かんだ。
――俺はこのまま死ぬことを望んでいるのだろうか。
 馬鹿な考えだと思った。
 楽に死ねられればいいと思う反面、苦しむくらいなら少し足掻いた方がいいかもしれないとも思った。
 それもこれも、欠けてしまった体をどうやって修復していいのか、まったくわからないからに他ならなかった。
――俺以外にも、体の治し方を知らないやつがいるのかもしれないな。
 もう一度指先を見てみた。
 小指の第二関節と薬指の第一関節くらいまでは左右ともハッキリ欠けている。
 その右手で胸の辺りをさすると、ぬるっとした感触がしているが、手を見るとすぐに黒い染みは蒸発している。
 本当にここだけなのだろうか。下っ腹の辺りも少しぬめっている。
 ここも?
 もしや!
 一度疑念が浮かぶと、もう心が崩れていく。
――俺の顔はどうなっているのか。
 触った感じは崩れていない。だが、鏡がない。自分が見えない。確認できるものが何もないと、全てが疑心暗鬼になる。積乱雲のように暗い感情が盛り上がってくる。
――どうしたらいい。どうしたらいい。どうなっていくんだ。どうすればいい。
 生きたいとも死にたいともわからない、どちらつかずの混乱した思考に陥る。
 先ほどまで落ち着いていたはずの松谷が、顔の崩れ具合を考えただけで一気におかしくなっていく。
 命に比べれば顔のことなどどうでもいいではないかとすら他者は考えるかもしれないが、松谷にとって今の状況は「自分が何者であるかの証拠がこの世から消える」ことへの絶望感だった。
――足がなくなろうと、手がなくなろうと、まだ自分でいられる。だが、顔がなくなったら自らと外を結びつけるものが何一つなくなるではないか!
 狂ったように松谷は叫んだ。
「俺の顔はどうなってる! ちゃんとしているのか! 誰か! 俺の声が聞こえるなら答えてくれ! 誰かいないのか! 俺の顔は! 俺の顔はちゃんと人の形をしているのか!」
 もはや胸の欠損など松谷にとってはどうでもよかった。
 叫びのかいがあってか、舞い落ち消えていくものの中から声がした。
 それこそ、消えるように聞こえてくる声だった。
「心配いらないよ。みんなと一緒だよ」
――みんなと一緒。
――みんなと一緒。
 松谷は安堵と共に深い息を吐いた。
「大丈夫。俺は大丈夫なんだ。はっ、ハハハハハハハ……」
 胸の奥から笑った松谷は、安堵したのか涙すら流していた。
 自分が始めに何を考えていたのかすら思い出せないほどに笑っていた。他者への思いやりすらも、安堵で消え去ったほどだ。その声が誰のものなのか考える心は既に抉り取られていた。
 依然、黒い煙を放って胸は欠けていっているが、松谷は自分の意志で何かを考えようとして何もわからないまま人生を生きるよりも、何かに従った方が生や死を理解できると考え、媚びてでも、もう一度奴隷のような人生に戻ることを選択したのだった。治す術も見つけられずに。
 自由の選択肢は松谷にとって失うことと同意義だったのだ。

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09/18

Sun

2016

遠くを見る

雨も降りましたが、青空が広がることが多いので、ここ2日間は必ず一時間以上は空を見ているかも。
心が固まりすぎてて、揉み解すのが大変。
呆けたみたいに、ぼんやーりしてます。

頭真っ白になったら今度は自分のペースを作っていかないと。
心のリズムを自分で作って自分でこなして。人に与えられたものばかりだったから、全て自分で管理できるように戻していかないと。
運動とか、読んでなかった本を読んだりとか、文字が浮かんでこないから、もうほとんどリハビリ。
イメージとかは浮かぶのに、文字が出てこない。それが大変。

少しずつ空を見ている効果が出てきたのか、苛々が抜けてくる。
ストレスと酒で喉がぼろぼろになっていた。体も、そうか。やけっぱちのようになっていたけど、治っていくものなんだね。
これからは自分で自分のペースを掴んで、どうやったらこいつは乗ってくるのかっていうのを試しながら、進めていきたいな。
自分をきちんと作り上げていかないと。最初はそこからだ。

やりたいことが山積み。
やらなきゃいけないことも目の前に。
だからこそやり遂げないと。

今思っていることの全ては、なんとかなるよ。
出版とか、声のこととか、それに伴う演技のこととか、シナリオのこととか。
まずは、作品だ。

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09/16

Fri

2016

去年のクリスマスイブには全身にじんましんが出た。
生まれて初めてのことだったので、精密検査を受けて原因を調べたらストレス性のじんましんだと判明した。
それからわかったのだけど、極度のストレスがかかると、確かに痒くなる場所が出てくる。

谷本洋さんという伊賀焼の第一人者がいて、この人は自分の感性と桁が違うほど凄い。
作品一つ一つに自然に対する哲学観が出ているようで、まるで霧が魂が燃えて自然と一体になっているようだけど、何よりも本人が凄い。
その人に酒の席とは言え、完全に弱点を指摘され、一ヶ月凹んだ。
少なくとも自分が心から「凄い」と思う人から言われると、しかも的確すぎると、ここまで落ち込むものなのだなとしみじみ思っていた。
あれから周囲の人たちに、ことあるごとに「話題になってたよ」とか「気にしていた」とか言われていたけれど、今回札幌に来ていて会いたいような会いたくないような気持ちだった。
なんせ、あれから作品がそれほど出来ていない。
本でも一冊出していればよかったけれど、そんなんでもないし、ましてや語る言葉を、まだ持ち合わせていないのが会うことをためらわせていた。
雨が降っていたものの、気温は20度をギリギリ切ってなかったため、ちょうどよい寒さの中、ゆっくりと歩く。
結局作品は見に行ったのだけど「先生少し前に帰られました」と職員に言われ、話の弾みで「ちょっとだけ谷本さんと話したことがあってケチョンケチョンに言われちゃいまして、どうもあちらも気にしていたようなんです」なんて伝えると、「それはお会いになられた方がよろしいですね」と三越の年配男性店員独特の柔らかさで言われたものだから、迷った挙句、いつも行くバーに行けば会える事はわかっていたものの、一杯引っかけないと勇気も持てず、一軒寄り、酔っ払った勢いで会おうと思った。
賽の目のように出た目で勝負のようなことをやるのだけど、この日も「会えなかったら、それはまだ話すべき時ではないんだ」と考えていた。
結局会えなかったのだけど、腕と顔の一部が痒くなり始めていたので、かなり緊張していたのかもしれない。
正直怖いという気持ちもある。会いたい気持ちも、会わなきゃいけないという気持ちもあるけれど、今じゃないような気持ちも強くしている。
もっと、ちゃんと揃ってから会うべきなんだ、と。

今日イタリアンレストランに面接しに行ったら熱く説教をされ「それは小説ちゃんとやった方がいいよ。僕少ししか話してないし、普通はこんなに話し込んだりしないんだけどさ、なんか君はできる気がするよ。凄く感じるものがある」と言われて帰ってきた。
お互いのことを短い時間で話し合って、あちらの言ってることもよくわかったし、こちらが伝えていることも凄くよくわかってくれていたようで、ちょっと目頭がじわじわきた。
いい青空の日に、いい人に出会えた。

谷本さんは思ったことや口に出したことをちゃんと作品として表現できていた。
伊賀焼の第一人者として、世界レベルで活躍できる人。
心底凄いことだと思う。
心から尊敬できるし、彼に傷つけられたことは、天が与えてくれたものなのだと、よく思う。
その傷には必ず意味があり、己の欠陥を慢心することなく覚えておけという啓示なのだと。
9月には会えると思いますとは本人に伝えてしまったものの、やっぱりこの場に来て物凄く迷いがある。
会いたいけれど、会えない。
小説家として、読ませられるちゃんとした作品を1つでも2つでも揃えるべきなんだ。
澄み切った青空の2時間後には曇り空が空を覆っていた。

伊賀焼の会場にはこんな教訓が張ってあった。
時代や人をよく見て変化していかなければならない、ということと、これ。
心に刻んでおかなければいけない。



追伸:
結局迷いに迷って会い、色々とお話をして、片づけをお手伝いして、お土産ももらってしまいました。
マスターの粋なはからいがあったんですけどね。
「光野さんがお話あるみたいですよ」って。
その上「暇なら片付け手伝いに行けばいいじゃん」とも。
終わりよければ全てよしなのかな。片付けの日は、とてもよい晴天で、三越の屋上からいつもとは違った札幌の空を見ていたよ。
これからが勝負。
次に合う時には、来年にオペラ歌手の娘さんがコンサートで来るので、その時までにはきちんとしたものを一つ以上は揃えておきたい。

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09/12

Mon

2016

あまり意味がないからね。批判って。

自分がクズ人生を歩んできたから、その手の人間が周囲にいたわけなのですが、そこからよくわかったことは、世の中に気に入らぬ人がいたとて強く批判をしても、ほとんど時間の無駄なんですよね。
そして想像力が欠如しているとも言える。
なんでかって、もうね、本当に沢山いるんですよ。その手の人って。自分一人じゃ抱えきれないくらい、批判で24時間使っても足りないくらいいるんですよ。そういう人がいることを知らなかっただけだし、知らなかったってことは素敵なお友達に囲まれているのでしょう。
で、たまたま目に付いた人を言うわけでしょ。それで時には固執してしまう。自分のストレスの捌け口かのようにやってしまう。
気に入らぬ、汚れた、間違っている、許せない、そのような人間が人生には多々現れるものですが、お互い別々の人生を歩んでいる大人同士ですし、ましてや自らの心を汚してまで、薄汚い言葉を使うまでもないのです。
自分もよくわかりました。本当に嫌な人間が身近にいると、自分の心の中で唱える罵倒や暴力的な言葉で、どんどんどんどん心が薄汚くなり酒の量は増え、苛立ちは増え、心の創造性が次々と失われ、視野が極度に狭まっていくのを。
ほとんど全ての批判に創造性がないことは、何を基準にして物を言っているのかという視点でよくわかります。
つまり、未来に生まれ出る、今存在しないものを論拠にして批判などできないでしょ?ということなんです。
この点が最も重要なことであって、この点を考慮できる人が批判する人間側には、あまり存在していないってことが致命的なのです。
だから固執すると創造性と想像力が失われていくわけです。
人間って、その時必要なものしか受け入れないものです。
相手にとっても自分にとっても、無駄になることが多いんです。
面白い批判ってのは、たった一つです。
「自分以外の多くの人が幸福を得ていく」もののみです。

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プロフィール

HN:
あさかぜ(光野朝風)
年齢:
46
性別:
男性
誕生日:
1979/06/25
自己紹介:
ひかりのあさかぜ(光野朝風)と読みます。
めんどくさがりやの自称作家。落ち着きなく感情的でガラスのハートを持っておるところでございます。大変遺憾でございます。

ブログは感情のメモ帳としても使っております。よく加筆修正します。

気が付いたら他人からとても褒められる娘ができまして、人生が大きく変わりました。
この小さな可能性と向き合うため頑張って生きております。

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