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あさかぜさんは見た

日記

01/15

Thu

2026

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05/06

Sun

2012

酒の力で忘れる

そういえば、と思い出したことがあった。

そういえば、20代のころは気持ちが安定しなくて、酒の力を借りていた。
今「梅ちゃん先生」という連続テレビ小説をやっているが、家族のことをきちんと考えられる子は強いと思う。
私は負け続けて、すぐ逃避してしまう方だから、辛いと思ったらすぐ酒を飲んだり、どこかに出て、なるべく家族の顔を忘れようとする方だった。
どこにも居場所なんかない、嫌われている、そんな意識だけが高まっていた。

タバコを吸わないので、酒を飲むのだが、人より少し強いのでワインでも一本、ウィスキーでもボトルの半分近く空けてしまわないと飲んだ気にならなかった。
それがありがたいことに精神が安定してくると特に飲まなくても大丈夫になった。

酒を飲み醜態をさらすことはたくさんあったし、嫌われることもあった。
情けないことこの上ないのだが久しぶりに泥酔して色々思い出した。

少しは成長したのかな。
したような、してないような。
それでも少しずつ変化はしてきているし年もとっている。
いつになったらちゃんとした大人になれるのやら。

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05/06

Sun

2012

「あいつらに話してもわからないことだから」

昨日花見があり、参加してきた。
そういう集まりみたいなのは物凄く苦手で、何か自分はここには馴染んでいないのではないかという違和感があって、極力参加したくないタイプである。

そんな中初めて出会った人が仕事の話を少ししてくれたけれど、最初に書いたようなことを言っていた。
自分もどこかそういう感覚がある。

人は他人との共通点を見つけ、その中で会話を展開していくものなのかもしれないなと感じた。
それと同時に自分は何をしているのかというと、とことん「独善性」とでも言うべきものを磨いているのだということを再認識した。
私の場合、すべて自分の中のことであって、現実のことではない。
ただ人のことを表現し、言葉の魔術性を磨き上げ、ちょっとした詐術にかけて人にイメージを植え付けていくのが仕事だ。
だからこそ、ユニークさが求められるし、それだけに孤独とは隣りあわせなのだなと、人と接するごとに感じる。
同じ芸術関係の人たちなら少し話も合うかもしれないけれど、どう話をしていいのかまったくわからない。

そんな「アウェイ」のような場所に行くと落ち着かなくなり、酒の力でも借りないことにはなんともならないので、潰れるだろうなという酒の飲み方でもう酔っ払ってしまおうと思って、何年かぶりに泥酔し、外で吐き、ズボンを汚し、巡回の人に助けられ、わけのわからないことを口走って相手してもらい、タクシーに乗せられ、適当なところでおろされて、見知らぬ人に助けられ、またタクシーに乗せられ、なんとか家まで辿り着いて、16時間ほど眠り続け、その途中またトイレで吐くなど、まあこの年でやることでもなんでもない情けないオンパレードをかまし、今こうして、書いているわけです。

ビール、スパークリングワイン、そしてとどめの日本酒。
自分の場合、ちゃんぽんし、さらに炭酸物を加えると潰れるということはわかっており、さらに日本酒の場合はやりすぎると記憶まで失う可能性があるのだということをわかっていながら、やったわけです。

まあ、どうしてそんな気乗りしなさそうな場所にわざわざ行ったのかというと、ちょっと会って話をしておきたい人がいて、その人の顔を見たいというのもあったので、行ってきたのです。

まったく、何してるんでしょうね。

馬鹿なことをしているのはわかっていますが、どうにもメンタルが繊細にできていて、些細なことでも自制がきかなくなるようです。
いい大人には相当ほど遠いようです。

酒の飲み方ひとつも満足に覚えられないようでは、いけませんわな。
朝顔を見たら腫れている上に、なんぞ別人みたいな感じになってました。

もう何度もこういうことは止めようと思ったはずなのにね。
もっとメンタル部分をしっかり鍛えないことには、どうにもならんようです。

追記:
5・7
よく考えてみたら、もしかしたらこれは未来へのフラグなのではないかと頭をよぎった。
このメンタルの部分を直さなければ、何度もこういうことはやるわけだ。
そして酒で取り返しのつかない大失敗をし、ぶち壊してしまうということをしてしまうかもしれない。
フラグが立ったー! と思っている場合ではない。
よくよく反省しなければいけないのだなと感じたわけです。

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04/29

Sun

2012

サーバーが消える前に急いで転載。
リンク切れもあるのでご注意。

「EARLY TIMES ライ・クーダー 1988」
http://www.youtube.com/watch?v=jYY6Q9qSEDI&feature=channel_page

「キミノ トナリ イイデスカ?」
会いたくなる携帯。au
http://www.youtube.com/watch?v=3TX4PH98mfM

公共広告機構「黒い絵」
http://www.youtube.com/watch?v=SNv4hBbu8K4

母がパソコンを始めた
http://www.youtube.com/watch?v=9kmJXG9qIvM

ポールボッツ~一夜にしてオペラ歌手になった男~
http://www.youtube.com/watch?v=d8Vvn0KYySg

日本生命 谷川俊太郎
http://www.youtube.com/watch?v=GP8CF_NRR4c

日本生命 二本あるといい
http://www.youtube.com/watch?v=jfKIM4wqW0g

ウィルコム
http://www.youtube.com/watch?v=DkUT7WlU6ss
http://www.youtube.com/watch?v=A-VxQd0CQoU

KDDI スクープ
http://www.youtube.com/watch?v=58WrSnJZ25A

KDDI チャック
http://www.youtube.com/watch?v=F-WUw1Srm6s

キンチョール やらしいわぁ
http://www.youtube.com/watch?v=s5eUXYXxko8

水性キンチョール
http://www.youtube.com/watch?v=9wsHgR8zXIU
http://www.youtube.com/watch?v=73g5C6kfKsk
http://www.youtube.com/watch?v=axt1Lbbb4ro

KDDI 電話かけろよ
http://www.youtube.com/watch?v=urUVgPJZKhE

KDDI 止まらんと
http://www.youtube.com/watch?v=bwlnqHh8FGk

サッポロ黒ラベル
http://www.youtube.com/watch?v=jP0LOIXI9iM
http://www.youtube.com/watch?v=a9LLLwlfEUs

三菱自動車
http://www.youtube.com/watch?v=DxyWq2SYSzo
http://www.youtube.com/watch?v=sFOw9UkyfNI
http://www.youtube.com/watch?v=nYs-75ec0F4

ANA プラチナ 読売 三社合同CM
http://www.youtube.com/watch?v=zmXChCcCqBo

朝のリレー
http://www.youtube.com/watch?v=2GYBc1X8SU8

屋上の少女
http://www.youtube.com/watch?v=Uu0JaTsBg1I

BOSS

「がつんと言っちゃうよ」
http://www.youtube.com/watch?v=3DbA8ttXT60

「食後の余韻」
http://www.youtube.com/watch?v=j6az8XoVvFA

「漂流」
http://www.youtube.com/watch?v=UfenMwuFCo8

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04/28

Sat

2012

作家は貧乏で当たり前

昔の書生で本を売って安酒を飲む、というエピソードはどこかで聞いたことがあるでしょうが、基本的に作家などという偏屈な「職業」は貧乏で当たり前なのではないか、という気が「ゲゲゲの女房」見ていて思いました。

なんで今更「ゲゲゲの女房」かというと、後半から見ていて、前半は見ていなかったのです。
それで朝BSでやっているので、わりと最初の方から見ているのですが、水道ガス電気料金を3ヵ月滞納し、しょっちゅう取り立てにくるという様子や、背広さえも質屋に出し、鍋も味噌もないボロ屋で、しかも窓を開けたら墓が見えるという、とんでもない生活を見ていると、どうも親近感がわくというか、そもそも作家は「金のため」などという邪な目的で少しでも動いたら、とてもじゃないがやっていけず、精も根も尽き果て、やがて投げ出すに決まっているのだという実感がじわじわとわいてきているのです。

「どうして続けるのか」
この問いには作家各々の考えが必ず出てくるでしょう。
理屈で並べ立てられないものもあるでしょうし、常日頃から「チクショウ」と思いながら考えに考えまくっている人もいる。
しかし最初から見返りの十分ある人は珍しいし、あったとしても途中で落ちていく人がほとんどです。
どのような手順で作家になったとしても「作家」という「状態」を維持させるには、やはり基礎的なもの、取材力や観察力や知識力は絶対必須で、これらがなければ鍛え直すしかなく、これらの実力通りに自分の評価が落ち着く、ということは実体験からよくわかりました。

どうにも現代の作家のトップは普通に働いたのでは手も足も出ないほど稼ぎまくっていますが、一体その下にどれだけの人数がいるのかということは、だいたい目指す人は考えません。というか、おそらく考えたくもないのでしょう。
だいたい「俺の方ができる」という自尊心、自惚れ、勘違いはどこから来るかというと「未経験の妄想」ゆえの浮いた考えで、別にこのことではなくとも、人間は実践していない事柄については、手応えを一度も経験していないので、テレビを前に煎餅をかじりながら寝転がり「ダイエットなんて簡単にできるわ」と、いつまでもやらない人と、ほとんど大差ないくらい適当です。

以前にも書きましたが、本当に作家で食っていける、今有名な人間よりも上に必ずいける、という自信がなければ、「専業」ということは考えず、手に仕事をつけて片手間でやった方がよいです。
さもなければ人生を破滅させますし、犠牲にするものばかり大きくなります。
家族や親友や人生などを犠牲に捧げながら、始めて夢を追うことができるのだと私は考えています。
そして行動したからといって必ずしも叶うわけではなく、ただ「夢の残骸」のみが残ることも覚悟してやっていただきたいと思うわけです。
専業のリスクというやつですね。

夢を追うことを教えても、夢を追うことはいかなることか、そのリスクはどうなのか、ということは全然教えません。
結局夢を売り物にして稼ぐのが一番儲かるんじゃないか、欲望をくすぐるのが一番受けるんじゃないのか、そんな気さえしてきますが、続けていく上で大事なことは「好きかどうか」の一点につきます。
自分がその作業を捨て去ったら未練はないのか、後悔しないのか。
どっちつかずで揺れる人は一度捨ててみればよいのです。
それで何らかの理由がついたとしても振り向かなかったら続けるだけの才能はなかったとキッパリ判断できます。

意外に「一度捨ててみる」という手段は使えます。
迷っている場合、一度離れてみる。
それでもやりたくてしょうがない。どうやら好きらしい。
そんな気持ちが自然と湧き上がってきて居ても立ってもいられなくなったら、才能があるのでしょう。
「好きになる」ことが根底にないと、いくらでも崩れ去ります。
好きであれば貧乏でも何でも、なんとか続けていけるものなのです。
それで死んだとしても、本望だと思いますよ。

人生河原の石よりももっと重いものをゴトゴトと積み上げ、時に何かに誰かに崩されながら、それでも積み上げていく作業に似ているところがあります。
失望にまみれたとき、一握りの勇気を与えてくれるのは、「やっぱりこれが好きだったんだ」という感情です。
飛ぶ鳥に憧れるでしょうが、大抵は地を這ってでも進むものなので、あまり小奇麗な夢は持たない方が安定して進めますよ。

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04/26

Thu

2012

現代の「オトナ」

http://blog.freeex.jp/archives/51303573.html
日刊SPA!「現代のオトナが捨てるべきこと 『ネット、トレード、自分探し』」インタビュー・ノーカット版

自分のことを棚にあげて抜け抜けと言えないのですが、作者の立場として凄く悩むのが懸命にひねった表現がまったく通じず、わかりやすく噛み砕いた表現がうけるというのは、ちょっと悲しいというか、ひどく衝撃的なものがあります。
その度に自分が悪いのだ、表現を変えなければとは思って改良するのですが、得るものがだんだん少なくなってくる。
調べなくても書けてくるから、本当の読書が遠くなっていく。
そのうち自分が「どこにでもいる奴」に完全に成り下がってしまうのではないか。
そこからどのように出ようかともがいているのに、沈みかかる。
周囲を見て安心して、そのレベルで甘んじる。
私は夢を見ているつもりはなくて、10年後20年後への組み立てがハッキリと見えたのは、この芸事の分野だったので、それを信じきっているだけなのです。
もしダメだったら自分への人生の見立てが誤っていたということですから、潔く死にます。
少しでも先行きが見えなかったら止めていたでしょうね。
自分はあまり優れているとは思っていないのですが、これからの人はもっと視野が狭くなるのでしょうか。
いささか寂しさを感じる「背が低くなる」という表現ではありますが、逆に言えばそれだけ環境が整備されているということでもあります。

自分探しなど私はくだらないと考えていて、目が外に向かっていて内省もできない人間に「自己」など出来上がるのか。
そもそも何かの中で練磨されてこそ「自己」ができてくるのに、「これは本当の自分じゃない」と考えるのは相当危険で地に足がついた考え方じゃない。

今この年齢になり、ようやく「大人になるって何だろう」と考え始めているのですが、私は創るのが好きだから、最後の瞬間まで何か創っていたいと考えています。
その創作の中で少しでも他者に誇れるものがあれば、生きてきたかいがあるというもの。

私自身は文章は本当に生物だと思っていて、愚かでも幼くとも、その年齢にしか絶対書けないものがあって、その時期を逃すと一生書けないと考えているものですから、とにかく恐れず表現しています。
例えて言うなら今の村上龍に「限りなく透明に近いブルー」は絶対書けないと思うのです。

幼くとも、足りなくとも、その時期では完成しているものがある。
歪な美しさ、というやつです。
それこそ大事な財産となるのではないでしょうか。
財産があるってことは、他者にも何らかのアプローチができるということを意味しています。
何一つ財力がない人間は他者から奪うことばかり考えるのですね。
もしくは優劣を嫌うので平坦な状態を好み、他者が抜け駆けしないか監視するようになります。
この二つの状態は進歩を妨げるし、集団の力を奪いとことん弱体化させます。

他人に文句を言えるうちは、まだ自分で何もしていない証拠。
実践してよく内省し、ノウハウを積み上げている人間は思慮の面で非常に慎重で注意深く、相手の話を聴く余裕があります。

私もいつの間にか子供ではなくなってしまい、かと言って大人とも言えないほど未熟で幼稚です。
私はどんな大人になりたいかと言ったら「胆力があって粋な奴」が理想です。
「粋」とは「一撃で人を落とせるような行為をしてしまう凄みと晴れやかさ」だと考えています。
色々と痛い話でしたが、今更道を変えられるほど軽く考えてはいなかったので、最後までこの道を通したいと思っていますよ。

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プロフィール

HN:
あさかぜ(光野朝風)
年齢:
46
性別:
男性
誕生日:
1979/06/25
自己紹介:
ひかりのあさかぜ(光野朝風)と読みます。
めんどくさがりやの自称作家。落ち着きなく感情的でガラスのハートを持っておるところでございます。大変遺憾でございます。

ブログは感情のメモ帳としても使っております。よく加筆修正します。

気が付いたら他人からとても褒められる娘ができまして、人生が大きく変わりました。
この小さな可能性と向き合うため頑張って生きております。

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