おっぱい。
何故いくつ歳を重ねても「おっぱい」に反応するのか。
そこに男の夢があるからなのか。
揉みたい舐めたい挟まれたい。
つまり、そういうことなのか。
こんなくだらないことを考えていると死にたくなる気持ちも吹っ飛ぶから不思議なものだ。
おっぱいはいいものだ。
年を取ると昔のように性欲みなぎるものも薄れ、肉体的な快楽よりも、例えが難しいが美術的な悦楽に似たものを求めるようになってきたというか、いや、エロはエロなのだから触れたいことには違いないのだけれど、別にそこまでではないというか、触れなくてもよく、吸わずともよく、すぐ間近にあるのに触れなくてもよいような距離がいいのだ。
物理的な距離と心理的な距離が残っている距離感においておっぱいを見ていたいのだ。
おっぱいの大きさにも好みが出る。
アニメは特に極端に大きかったり小さかったりと母性の大小をキャラに象徴するような形で表現している。
現実にはおっぱいの大きさは母性の強弱は関係ないのに。
でもアニメオタクじゃない人もおっぱい大きい女性見たら母性的なものが少し頭の中をよぎったりしませんかね?
揺れる胸は磁力があるかのように引き寄せられてしまう。
それは自分だけなのだろうか。
何故このようなことを考え始めたか。
普通に自分がおっぱい好きだからというのもあるけれど、おっぱいの好みなどまず他者と話さぬゆえな、誰も食いついてこないだろうから、いつもの独り言なのよ。
はいー! おっぱいー!
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