「夏」
日本には春夏秋冬がある。
アメリカに行ったことがあって、西側だったが、蛍光色のケーキが当たり前にあって、あらゆるパッケージにも蛍光色が使用されている。
何故か。
現地で体験してわかったことだが、そもそも大地が光源が強い。
日本は非常に色が多様でそれは植物や山や海や大地のせいだと思った。
アメリカの大地たるや草もほとんど生えてないし、岩だし、砂漠か岩かわからないような赤い大地が広がっていたり、ラスベガスのあるネバダ州は砂漠なんだけど、浅い黄色だし、日本みたいに「淡い」じゃなくて、もしかしたら「単色」なんじゃないかってくらいハッキリした色合いになってる。
色が淡くなくハッキリしているって、結構性格にも影響するなって当時は感じたものだった。
30年前ほどからは信じられないほどだったが、札幌に長年いたけれど石狩地方の平成元年(1989)には8月と言えど平均何度だったと思います?
23度ですってよ奥様。
※日中最高気温27.3度、最低気温19,3度。
それがここ2,3年ほどで3,4度上がってるんです。
※令和7年(2025)7月日中最高気温30,4度、最低気温22,2度。
気象庁発表の数字なんですけどね、数字で見ると、北海道って涼しかったよなぁという曖昧な印象がデータでも裏付けられたわけだ。
最近はスコールのような激しい雨も降るようになって、体験したことのない、というか本州だろというぐらいの熱と湿気に日々うなだれている。
夏は嫌いだ。
生ものがどんどん腐っていく。
野菜ももたない。
冷蔵庫の中は飲料水でいっぱいで入らない。
ハエも飛んでいるしウジも沸いている。
体は汗でべとつき、タオルじゃなくて石鹸でしか洗っていないのに体が削られたように痛みだす。
かといって、洗わないとあせもはできるし、服も汗で臭くなるから1日着たら洗わなきゃいけない。
使いきれなかった魚のように自分の体まで腐敗してアンモニア臭や肉の腐敗した糞にも似つかわしくない独特の不快な臭いがして、自分からもそんな腐敗集にも似た臭いがしているのではという不愉快な気持ちになる。
シンプルに生きられればいいな。
娘を連れて夜の電車に乗っていたら、外国人の人に空いている席を譲られた。
シルバーシートのような場所でもなく彼らがいたから座りづらかったのだろう。
1席だったので娘に譲り中学生英語よりも酷い会話で話しかけたけれど2人のうち1人がとてもフレンドリーで快く会話してくれた。
その人はドイツで、もう一方の方はスペインだけど、スペインの人の方はアジア人が嫌いなのか若いからプライドが高いのかわからないけど、結構気取った感じであんまり会話には参加してこなかった。
スペイン人は初めてでドイツ人は10回来たって言っててクラシックのコンサートのために日本に来ていて阪神タイガース好きだよって言ってた。
マニアック。
寿司は好きだけどコンサート終わったら遅いから店閉まってて食べられないんだって言ってて居酒屋調べてって言語的には命令口調だったけど言ってみたら「あー」って言っていたから興味があったら行くでしょう。
もっと丁寧に喋られたら向こうの感性も学べたのに惜しいことをした。
自分の技術と感性とその場のノリでやれたら楽しいだろうな。
アメリカで体験した「単色」でもないけど、接した人たちはストレートで快も不快も直接的だったから、自分にはそちらの方が生きやすい。
というか、今自分の周囲にはそういう人しか残っていないのかも。
英語は頑張ろう。
2人とも英語だったし。
人間の感情表現的にはシンプルがいい。
裏表どこの国にもあるけど、わりとわかりやすい。
日本人は黄色人種だから差別意識もっていたらあからさまに出るから。
特にコロナが中国発症だとしても、中国人や韓国人等のアジア圏の見分け、自分らがアフリカの村の人たちの顔の見分けがつかないみたいに、たぶんできてない人いるからさ。割合は知らんけど。
でもアメリカでは黒人よりも下の扱いされることはあるから、それはかなり昔だけど肌身で感じたことがある。
ただアジア人だからと嫌悪感を感じる人間もいる。
これから日本には移民が入ってくるから、差別意識を持つこともあるだろう。
日本人とは違うんだから。
日本人って何だろう。
日本とは。
この気温が温暖化のせいなのか環境破壊のせいなのかわからない。
北海道では釧路湿原が大規模メガソーラーで破壊されているという。
実は釧路昆布は北から流れてくる湿度も大事でいい昆布はその湿度も利用していたという。
今はわざわざ干している昆布に水をまかなくてはならないほどで、釧路の牛乳となる牛も高温は苦手らしくわりと涼しい場所ではないと暑さでストレスが溜まっていい牛乳が採れなくなるという。
なんだか上げきれないほど色々問題はあるけど、例えば自分は詩を書くけど詩を口頭でそらんじることが「恥ずかしい」って言語における圧倒的劣等感でしかないと思うんだ。
歌だといけるんだけどメロディないと恥ずかしいものね。
普通に詩を読みたいよ。
熱に浮かされて熱くなりすぎて何が何だかわからなくなってきている。
特にネットはね。
環境は自然的にも人間的にも大きく変わってきていて、それでも「普遍性」というやつを見つめようとする。
もし政府が大きく移民政策へ舵取りをするならば、そう簡単に日本文化は理解できない。
だってきっと誰も「日本文化」って専門家話せないよ。
ただしその分野におけるプロフェッショナルが経験的に語れるだけ。
そういう危機感すらある。
変化。
自分だけでは変われない。
環境だけが自分を変えるのだと思っている。
ごめんね。
3,4か月ぼんやりして、落ち着いてきていても、こんなにごちゃごちゃしてまとまりがないんだ。
ひとまず今日はこれまで。
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