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あさかぜさんは見た

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12/19

Sat

2015

もはや小説を書くことは、自分の命に対して最後の価値観を見出す行為でもある。
それが食えなくとも、一人前に稼げなくとも、これが自分がしがみついている最後の人間としての価値だ。
そして書くことを、表現することを失ってしまったら、もう生きる意味を見出せなくなる。

死んだ方がいいんじゃないかと思うことは多々あるけれど、生きる屍にまだならないのはこれがあるから。
そんなものが自分にはまだあるから、生きる希望のようなものを見失わずに済んでいる。

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無題

  • テトラポット
  • 2016-02-23 08:38
  • edit
きっとその為に生まれてきたのだと。強く自分に言い聞かせながら夢を追いかけて、そして、やがてその道にしか歩けないと知り、後悔もなくただ前進をして果ての見えないゴールを目指せるひとはきっと異常なんだと思います。

だから普通のひとは、どこかで区切りをつけて夢を諦めて、普通に生きて、普通に死んで、幸せを対価に無価値な生を驚くほど簡単に行えるのじゃないかとわたしは思うのです。

無価値に生きることに耐えられる人を、

わたしは尊敬します。
わたしには決して耐えられない。

幸せな人生を送った。子供を育てた。幸せな家庭を築いた。仕事に成功した。だから一体なんなのか。それは自分からしたら、嫉妬かもしれませんが、作品を残せなかった非クリエイターの慰めや言い訳にしか聞こえないのです。自分でも汚くて、愚かな考え方なのだと理解はしていますが、納得は出来ないのです。

小説家や漫画家やクリエイター方面の人間以外は、正直に言うと、クソだと思っています。トイレットペーパーみたいな消耗品くらいの存在。

どうしてこの人たちはみんなあんなに何も後世に残るものを作ってないのに、あんなにヘラヘラと馬鹿みたいな仕事をしているのか、情けなくないのか。

ほんとうに人生をなんだとおもってるのか。

ーーお前は死ぬんだぞ?
何も言い残す言葉はないのか?

つまり、その程度の人間だったのか。
だったらそもそも今生きてる理由は?

って尋ねたくなってしまいます。
きっと大多数の人が、

死にたくないからとか、家族の為にとか、
まったくお話にならない情けない言葉で
彼らは彼らの人生を消費するんだと思います。

毎日、常識の奴隷となって、生きている彼らが羨ましくはある一方で、同時にそれを否定したがっている自分がいる。

こんな汚い人間もいるんです。
だからせめて自分の中でだけは、
胸を張って生きてください。




テンプレートな人生という物差しにハミ出した人間はなぜ

しかし芸術は、その感覚をぶっ壊しますよね。なんというか、特に小説というジャンルは年齢不問で、期限もなく、筆者を追い立てて、世間の常識から外れている

Re:無題

  • あさかぜ(光野朝風) 〔管理人〕
  • 2016-02-24 01:49
誰だったか、35歳あたりできっぱり芸術の道をやめる人が多いって言っていて、その理由は「家庭を持つことで意識が変わる」とのことでした。
普通、周囲の圧力もありますし、芸術関係を一生懸命やっていても何故か「ふらふらしている」とか、「遊んでいる」とか、なんか身も蓋もないことを言われてしまうんですね。
芸術って最も生きることから遠くって、何の役に立つんだろうなぁって考えながらやってるんですが、だからこそ、その領域から横っ面ぶんなぐってやりたいという気持ちはずっと持ってるんです。
もし自分が今やっていることが奪われたら、もうもぬけの殻みたいになってしまう。
ハゲタカっていうドラマがNHKでやっていたんですけど、旅館を外資系ファンドに売られ結局手元に何も残らなかった経営者に対し主人公は「立派に残されたじゃないですか。息子さん」と語りかけるセリフがあるんです。
必ずしも「作品」と呼ばれるものだけが人間が作っていっているものじゃないだろうし、あらゆる学問を見るに色々なところで創造しているし、ある番組では天才外科医(ある症例においては、その人しかできない手術がある)が「外科手術はアートだ」みたいなことを言っていて、なるほど、と思ったことがあります。
職人は一生勉強だってテレビでも出会う人たちも言っているし、生活費は10万円+奥さんの収入で2人の子供は自ら働いて大学を出たという職人さんとも知り合うことができました。
自分にはそこまでできるだろうかと考えながら、物凄く似たような臭いを感じたり。
私はクリエーターのほとんどの方をクソだと思っていて、自分もそれだと思っていますし、人生迷惑という以上のことをやってのけて、まだのうのうと生きておりますよ。
この業界に憧れるのはいいんですが、憧れが強いといつまでも「出がらしの茶」を出し続けてしまう。
才能がない人間は淘汰されるべきだと強く考えています。
才能がなければ、この業界では役立たずなんです。
だからそういう人は、どんどんこの場から去っていって欲しいと願っているし、そのことを悟れる場所を作りたいとも考えています。
才能って何かっていうと、これを書き出すと長くなるのですが、最低限続けられるのは凄いことだなと周囲を見て思います。
やっぱり一番最初に書いたようにやめていく人が多いので。
最後には趣味で、となりますが、その程度で幸せなのかもしれません。
今やネット上にはゴミのように作品が溢れ返っていて、優れた作品があったかっていうと、どうも年月には耐え切れないものばかり。
それってはたして正しい姿なのかなぁとも疑問を思ったり、かといって自分ではうまく生み出せず日々の生活に流されて苛立ったり。
イライライライラしていて、人が活躍しているのを見ると本当にいたたまれなくなったり。
後世に残るものを作るというのは大変な事です。
特に芸術に関しては「人間」のど真ん中を突いてないといけない。
しかし人間のど真ん中突いていたって、社会生活の中で失っていく感性の中で受け取ることは難しくなってくる。
皆自分がかわいい。
いい思いをしたい。
金が楽して入ればいいと思っている。
ビジネス書の売れ筋のトップ10なんて本当に下品な題名多かったりしますし。
私も含め崇高なものとは、ほとんど人間が抱く幻想で、生涯手に入れられず、周囲が勝手に作り上げるものなのかもしれません。
私は私自身の命がどのように役に立っているのかよくわからない。
だいそれたことを考えながら、まったく真逆のことも考えたり、何かを大事に思っていながら、自分のことを軽々しく思っていたり、自信家になったり、滅茶苦茶なんですが、こうして話しかけてくれたことは、とても嬉しい限りです。
アドバイスもありがとうございます。
毎日書くということに慣れていくために努力いたします。
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プロフィール

HN:
あさかぜ(光野朝風)
年齢:
38
性別:
男性
誕生日:
1979/06/25
自己紹介:
ひかりのあさかぜ(光野朝風)と読みますが光野(こうや)とか朝風(=はやぶさ)でもよろしゅうございます。
めんどくさがりやの自称作家。落ち着きなく感情的でガラスのハートを持っておるところでございます。大変遺憾でございます。

ブログは感情のメモ帳としても使っております。よく加筆修正します。自分でも困るほどの「皮肉屋」で「天邪鬼」。つまり「曲者」です。

2011年より声劇ギルド「ZeroKelvin」主催しております。
声でのドラマを通して様々な表現方法を模索しています。
生放送などもニコニコ動画でしておりますので、ご興味のある方はぜひこちらへ。
http://com.nicovideo.jp/community/co2011708

自己プロファイリング:
かに座の性質を大きく受け継いでいるせいか基本は「防御型」人間。自己犠牲型。他人の役に立つことに最も生きがいを覚える。進む時は必ず後退時条件、及び補給線を確保する。ゆえに博打を打つことはまずない。占星術では2つの星の影響を強く受けている。芸術、特に文筆系分野に関する影響が強い。冗談か本気かわからない発言多し。気弱ゆえに大言壮語多し。不安の裏返し。広言して自らを追い詰めてやるタイプ。

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