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あさかぜさんは見た

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06/03

Sat

2017

道具と意思

年齢的に、じい様の出刃包丁がある。しみそばかす顔中に広げたじい様のようなものだ。
こいつは最初だいぶ錆だらけだったんだが、磨くとそれなりに元に戻った。
鋼鉄製となれば、かなりのものだし素人の磨きなので完璧というわけにはいかない。
所々錆なのか傷なのか凹みがあるし、根元はさすがにやり辛い。
せっかくあるのだし、見た目の酷さは取れたが、なんせ、このご老体は、かまってやらないと腐ってくる。
錆は広がるし、刃の部分にも怪しい色が滲んでくる。
だがご老体、使ってやると、どうにも過去の栄光を思い出すのか、妙にぞっとするような光を放ちだす。
丁寧に毎回布で水気を拭ってやり、トマトがするりと切れる程度に歯の鋭さを保つ。
銀というよりも、淡い水色のような光沢を身につけだすので「あんたは結構凄いやつだったんだな」と褒めながら使っている。
一方農具となると酷い扱いだ。
今度使うからと外に放りっ放し。
よくばあちゃんに「大事に使いなさい」と言われていたのを思い出した。
泥をきちんと落とし、草の汁を水で洗い流して、水はきちんと乾いた雑巾で拭いて。
そうすれば長く使えるんだと。
農具なんて土をいじらなければ意味を成さないし、ほとんどお荷物に成り下がる。
だけれど土をいじりだして心の中で「常に関わっていくもの」だったり「大事なもの」になっていくと、それらのお荷物は突然「必要で手放したくないもの」に変わっていく。
こういう感覚のシフトについては、全て日常の何気ない行動一つにかかってくる。
特に道具に関しては、ほぼ自分の意識を反映していく代物だ。
それが包丁であろうと農具であろうと文字を扱う文章であろうとお金であろうと、自分が手にとって身の一部として扱うものに関しては全て感情や意識を映し出していく。
わかっているようで、どうにも忘れがちになる。
使わなければ錆びる。
大事にしなければ錆びる。
人と同じような「ステージ」において充分に能力を発揮できるように、事前に準備を必要とするのが道具であって、そこに道具があるから何かが機能したり開けていくわけではないのだと、じい様出刃包丁をみて、しみじみ思う。

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05/29

Mon

2017

そこに命のある生活

屋根の裏側の一角が壊れていて、その穴の中から雛の声が聞こえる。
何の鳥なのかと思っていたらスズメだった。
一体どんな姿をしているのか見ることはできないし、どうにも屋根を修復するのも気が引ける。
この前生えていた三つ葉を食べてみたけれど、本当に三つ葉でよかった。
初めての体験はいつも緊張する。ましてや間違えると食中毒も起こすものに関しては、もはや「お腹が痛くなってきたらハズレ」という感覚だ。
どれだけスーパーのものに慣れきっているか、ということなのだが逆に誰かが懸命に作って誰かが運んでお店まで陳列されないと、当然スーパーにはない。
様々な過程で「毒を選別する人」がいて、この大きな社会は最終的には毒気も味気もない世界になろうとしている。
何でかって、飲食店でさえ、もう大根が辛いとなったら大根おろしを水にさらすくらいの処置をしている実例があるのだから、何でもかんでもクレームを聞いていると行き着くところは、そんな味気のない世界なのかなと思ってしまう。
ほとんどの人は毎日殺生して生きている。
殺生しているはずなのだが、別に意識もしないで生きている。
意識しなくていいように、動物の肉等の処理は自分以外の誰かがしてくれていて、殺菌までやってくれる。
意外に食だけの話じゃないのかもしれないと思っているのだけど、兎にも角にも「自分以外の命をあまり真剣に意識しなくていい社会」で生きている。
毎日ニュースが流れてきて政治や事件にやきもきしているかもしれないが、実際に我が身を犠牲にして他者のために動こうとする人など、見ている中では、まずほとんどいない。
わりと、自分のことで精一杯。
私自身も自分のことで精一杯。
余裕がなくなってくると他人に愚痴を言いたくなるし、何かよくない感情がムクムクと煙のように昇ってくる。上手く換気をしないと心の部屋が煙で見えなくなるほどになる。
スズメは勝手に育ってくれるからいいけれど、邪魔をされたらイライラするに違いない。優しいかのようで実は「自分の邪魔をされていないから」だというエゴの中でしか優しさを持ちえない。
面倒な事は嫌だし、積極的に人は助けたくない。
困ったことがあったら言いなよ、とは人に言うけれど、ほぼ社交辞令だ。
ハッキリ言って、酷い。
まったく、なんて適当な人生だ。
でもある意味自分に対しての適当は結構好きなので、ゆるく生きていきたいが、だけれど時間はない。
自分のやり遂げたいことをやるには、少し時間がなくなってきている。
それでも、スズメの声を聞いたり毎日植物を気にしたり花を見たり、自然の流れの中に少し戻れている瞬間があって、このまま目に見えない流れを心の中に覚えさせておきたい。
子供のような感覚を少しでも取り戻しておきたい。
そして毒気を身につけておく、というわけだ。
子供は純粋ゆえに辛辣ですからね。
毒をよく知ることは解毒もできる。
それが本当の命ある生活だと思うから。

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05/23

Tue

2017

正直と常識

今でも歪んでいるけれど、今だからこそ「昔の自分は相当歪んでいたな」ということがわかるわけで、その最中にいた頃は周囲は自分のことを理解していないと思っていたし、説教されようものなら憎しみに近い感情を持って「何も理解してないくせに何を言ってる」と心の底から敵意を向けていたものだった。
それはだんだんと、その手のパターンが多くなると条件反射のごとく出てきて、何の考えもなく、ただ「そういうことを言う人間は皆有害」と思い込んでいた。
実際、その時はそのようにしなければ自分の心は守れなかったし、押し付けてくる時点で「ちゃんとした大人は押し付けてこない」と考えていた。
価値観が違うと問題の焦点を合わせづらい。
あちらは隣接しているものをさらってくるけど、こちらは真ん中だけを言いたい、という例は世の中にごまんと溢れている。
「常識」と押し付けて、周囲もそうだと確認して、じゃあ相手もそうするべき、そうしないのはふざけてると、この手の問題もよく見るし自分も直面するが、そこで見失いがちなのは「自分の常識を守らせることは常識的感覚なのか」というロジックとしてはおかしいけれど実際の人間との付き合いにおいて重要な問題が発生する。
つまりは過去の自分が相手のように、ただ憎しみだけを煽っておしまいということにもなりかねない。
人は残念ながら本音では付き合えない。常には言いたいことを言ってはいけないのだ。
他人から言葉も素直に違う他者に伝えてはいけない時が多い。
ここだけの愚痴が「あの人こんなこと言ってたんだよ」と横流しにしたら残念ながら一人以上の友達は確実に失う。たぶん、考えているよりももっと多くのものを失っている。
どうしてだろう。人はもっと本音で付き合えないのか。じゃあ、建前だけでいいのか。
いやいや、そういう問題ではない。
「その場限りのこと」にしておくことだって大事な配慮じゃないか。思っているけど心の中だけに留めて置く事も大事だ。
「言った事や思っていることは事実なのに何故伝えてはいけないのか」となると、もう怖くて付き合えない。
その人には何一切大事な事は伝わらないようになるだろう。
河合隼雄が書いた本の中に「うそは常備薬、真実は劇薬」という言葉がある。
今ならその言葉がよくわかるし、昔の自分のように堪えきれずに周囲を敵視し、条件反射的に自分を押し付け他人をシャットアウトする行為は、ただ子供でしかないのだとわかった。
昔の自分は耐え切れずに色々な事を素直に出していた。
どんなに信じきっている人でも、おかしなことはあるし、どんなに間違っているように見えても理があることもある。
うそだけ言っていればいいという問題でもない。
人と人は違いがあって当たり前だから、何かを押し付けた時点から障害は生まれてくる。
その障害をクリアできるのが「分別」というやつなんじゃないかなと思っている。
ただこの「分別」、そう簡単には身についてこないし、一生ないに等しい状態で身につけていかないといけないところが厄介だ。

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05/23

Tue

2017

常識と反発

今でも歪んでいるけれど、今だからこそ「昔の自分は相当歪んでいたな」ということがわかるわけで、その最中にいた頃は周囲は自分のことを理解していないと思っていたし、説教されようものなら憎しみに近い感情を持って「何も理解してないくせに何を言ってる」と心の底から敵意を向けていたものだった。
それはだんだんと、その手のパターンが多くなると条件反射のごとく出てきて、何の考えもなく、ただ「そういうことを言う人間は皆有害」と思い込んでいた。
実際、その時はそのようにしなければ自分の心は守れなかったし、押し付けてくる時点で「ちゃんとした大人は押し付けてこない」と考えていた。
価値観が違うと問題の焦点を合わせづらい。
あちらは隣接しているものをさらってくるけど、こちらは真ん中だけを言いたい、という例は世の中にごまんと溢れている。
「常識」と押し付けて、周囲もそうだと確認して、じゃあ相手もそうするべき、そうしないのはふざけてると、この手の問題もよく見るし自分も直面するが、そこで見失いがちなのは「自分の常識を守らせることは常識的感覚なのか」というロジックとしてはおかしいけれど実際の人間との付き合いにおいて重要な問題が発生する。
つまりは過去の自分のように、ただ憎しみだけを煽っておしまいということにもなりかねない。
人は残念ながら本音では付き合えない。
ここだけの愚痴が「あの人こんなこと言ってたんだよ」と横流しにしたら残念ながら一人以上の友達は確実に失う。たぶん、考えているよりももっと多くのものを失っている。
どうしてだろう。人はもっと本音で付き合えないのか。じゃあ、建前だけでいいのか。
いやいや、そういう問題ではない。
「その場限りのこと」にしておくことだって大事な配慮じゃないか。
「言った事は事実なのに何故伝えてはいけないのか」となると、もう怖くて付き合えない。
その人には何一切大事な事は伝わらないようになるだろう。
河合隼雄が書いた本の中に「うそは常備薬、真実は劇薬」という言葉がある。
今ならその言葉がよくわかるし、昔の自分のように堪えきれずに周囲を敵視し、条件反射的に自分を押し付け他人をシャットアウトする行為は、ただ子供でしかないのだとわかった。
どんなに信じきっている人でも、おかしなことはあるし、どんなに間違っているように見えても理があることもある。
うそだけ言っていればいいという問題でもない。
人と人は違いがあって当たり前だから、何かを押し付けた時点から障害は生まれてくる。
その障害をクリアできるのが「分別」というやつなんじゃないかなと思っている。
ただこの「分別」、そう簡単には身についてこないし、一生ないに等しい状態で身につけていかないといけないところが厄介だ。

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05/20

Sat

2017

スギナ(つくし)を放っておくと、根が地中にはびこり、他の植物が育ち辛くなると言う。
と言っても、一面中あるので完全に無くすことは不可能だろう。
10年以上も放置した庭。
少しでもと土を掘っては西洋タンポポやスギナを取っている。
ふと、匂いのする草があった。
ミントっぽい。
小さいが頑張って生き残っていたようだった。
フキもあった。
フキは放っておいてもどんどん育つから、そのうち食べようと思う。
はて、食べられるもの食べられないものの見分けがつかない。
何が花で何が雑草だかもわからない。
待てよ。
雑草。
雑草とは何だろう。
調べたらこうある。

ざっ‐そう〔‐サウ〕【雑草】 の意味
出典:デジタル大辞泉
1 自然に生えるいろいろな草。また、名も知らない雑多な草。
2 農耕地や庭などで、栽培目的の植物以外の草。
3 生命力・生活力が強いことのたとえ。「雑草のようなしたたかさ」

ということは、知識がないのだ。
目の前に生えている草の名前がわからない。
名前がわからないし勝手に生えてくるから「雑草」と言う。
必要になったら名前も覚えるだろうし、タンポポのようにわかりやすく有名なものだったら誰だってわかるだろう。
もし知識があれば目の前の光景も違って見えてくるだろう。
そして容赦なく引っこ抜いてやるやつと生かしておくやつに分けられるだろう。
しかし、野菜を植えようとしている手前、スギナは大敵だとは聞いたけれど「はて、野菜たちは元々どうやって生き残ってきたのだろう」という単純な疑問が浮かぶ。
植物を見ていると、人の世と会話しているかのような気分になる。
自分の好みのものを育てようとすると心の傲慢さのようなものが透けて見えてくる。
庭には名の知らぬものばかりがいる。
知ろうともしなければ勝手に生えてきたり、勝手に枯らされたりする。
植物の世界も面白いやり取りがあるようだ。
知識と観察は新しい世界を開く。
少しずつ自分の中の「雑草」を消していってやりたい。
そういう姿勢が、また人への姿勢となればいいと考えている。

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プロフィール

HN:
あさかぜ(光野朝風)
年齢:
38
性別:
男性
誕生日:
1979/06/25
自己紹介:
ひかりのあさかぜ(光野朝風)と読みますが光野(こうや)とか朝風(=はやぶさ)でもよろしゅうございます。
めんどくさがりやの自称作家。落ち着きなく感情的でガラスのハートを持っておるところでございます。大変遺憾でございます。

ブログは感情のメモ帳としても使っております。よく加筆修正します。自分でも困るほどの「皮肉屋」で「天邪鬼」。つまり「曲者」です。

2011年より声劇ギルド「ZeroKelvin」主催しております。
声でのドラマを通して様々な表現方法を模索しています。
生放送などもニコニコ動画でしておりますので、ご興味のある方はぜひこちらへ。
http://com.nicovideo.jp/community/co2011708

自己プロファイリング:
かに座の性質を大きく受け継いでいるせいか基本は「防御型」人間。自己犠牲型。他人の役に立つことに最も生きがいを覚える。進む時は必ず後退時条件、及び補給線を確保する。ゆえに博打を打つことはまずない。占星術では2つの星の影響を強く受けている。芸術、特に文筆系分野に関する影響が強い。冗談か本気かわからない発言多し。気弱ゆえに大言壮語多し。不安の裏返し。広言して自らを追い詰めてやるタイプ。

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