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あさかぜさんは見た

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03/12

Thu

2020

医療従事者の経験談を聞くと「終末患者(ほぼ寿命も近く他の病院も受け入れず、ここで死を待つような患者)」は2つに1つなんだと言う。

・感謝の言葉を述べる人
・我がままばかりで周囲への文句しか言わない人

不思議と真ん中はないと言う。

そして顕著な例はお見舞いの人数だと言う。
前者は家族親族等お見舞いも常に来ていて温かな雰囲気なのに対し、後者は家族親族がいても一切お見舞いにも来ないのだという。挙句の果てに亡くなってからも家族親族が面倒くさがって揉めるケースも珍しくはないらしい。

人生の集大成が、その人の最後に現れる。

何故なのか。
説明しないでも大人ならば理解できることだろうけれど、理解できるのに実行はできない。
そんな差異が死の間際で顕著な現実として目の前に現れる。

この差は何か。

今の僕が断言できることは、

・愛を学んだもの



・愛を学ばなかったもの

だと思っている。

愛とは何か。
それは自分の価値以上の未知の何かに対して懸命に自分の人生をぶつけることだと思っている。
犠牲と根気と時間と言葉と感覚とやり取りと体験。

自己犠牲には違いないが、愛を知っている人間には違和感がありすぎる言葉だ。
だけれど知らぬ人間には、自己犠牲以上に費やさなければならないものがある。
両者の感覚は相容れることはない。

愛を知ると、自己犠牲以上のものが求められても苦痛ではなくなる。
価値基準が大きく異なってくるからだ。

目に見えないものが見えるようになる。

だけれど愛とは一種の体験でもあるから体験がなければ、この壁は一生突破することはできない。
そして愛を知らぬまま死ぬことになる。
だから周囲への愚痴や文句が平然と言えるようになる。
そこには自分しかいないからだ。

自分が明日死ぬとして、感謝を述べられる人間が何人いるだろうか。
何に感謝をして言葉を告げられるだろうか。

若かろうが老いていようが同じことだ。
人間はいつ死ぬかわからない。
だからこそ、せめて誰か一人でも感謝の言葉の内容を吟味して伝えられる人を生涯のうちで見つけられたとしたら、その人間の人生は幸福だったと言えるのではないかと考えている。

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03/09

Mon

2020

器用貧乏になるわけ



器用貧乏の解説 - 三省堂 新明解四字熟語辞典
きよう-びんぼう【器用貧乏】
なまじ器用であるために、あちこちに手を出し、どれも中途半端となって大成しないこと。また、器用なために他人から便利がられてこき使われ、自分ではいっこうに大成しないこと。




と、あるが、世の中には本当に器用な人がいる。
どれもこれもやることをこなしてしまう人だ。
皆そのような人に憧れる。僕も成れると思っていた。
だが成れない。
ひとまず今料理をやっているけれど出汁巻き巻けるようになったし、オムレツも後1年もすれば巻けるようになるだろう。宴会もやって作ったことのないものでも味が想像できるようになった。

だけど、他のことをやっていない。
文章だとか、声を出すとか。
勉強も疎かだ。
すると分かってくることがある。
生活費を稼ぐ反面疎かになってくることがある。
基礎的な練習だ。
脳も筋肉と同じように捉えれば、僕の中ではハッキリ色々言える。
つまりは筋肉と同じように「使わなければ衰える」ということだ。

年を取って筋肉痛が数日遅れで来るという理由もハッキリわかった。
自分が筋肉使っていけばわかることだ。
答えは「使ってないから」だ。
例えば筋肉は瞬発力と持久力の筋肉が違うし、各部位によって筋肉を独立させて考えないと、どこが使えていて使えていないのか知らない人にはわからない。
だから急に筋トレして、まったくできなかったりすることは多々ある。
その筋肉は何年も使っていなくて、何年も使っていないからこそ赤子のように非力に成り果てているという理由で、筋肉痛が2日後に出たりするのだ。
でも、不思議と「筋肉って瞬発力と持久力違うから短距離走の選手が長距離勝てなかったり、逆もあるんですよ」と言うと「そんなの知ってる」とだいたい言う。
言うけれど、運動している時自分がどの筋肉を使っているのか知らない人が多い。

現象として見ていても、いざ自分がどのように動けがいいのかは結構理解していない。
というのが、ほとんどの人の現象なのではないだろうか。

何にも言い換えられるけれど、成功している人は見ている。
でも自分がどのように動けばいいのかはわからない。
人に説明されると「わかってる」って言うけれど間違った力の使い方をしている。
だから辿り着けない。

例えば文章。
話さないと人と話す時に言葉に詰まる。
文章書いていないと特殊な言い回しができない。
詩を書かなければ自然の中に巡っている力を掴み取れない。
外郎売を声に出さなければ滑舌が悪くなる。
筋肉と使わなければ瞬く間に衰えてくる。
しかも筋肉なんて部位ごとに分かれているから、部位のことが理解できていれば尚更ここはまずいという意識が出る。

脳も筋肉。
使わないものは衰える。
だから存分に時間を使い訓練勉強しないと、その領域においては衰えていく。
だから器用貧乏になる。
何かを成し遂げたいならば一点集中すべきだし、他の沢山の誘惑はあるだろうけど、そこを抜けて余裕が出てきたら浮気をしてもいい。
もしくは資金的に余裕があり、存分に自分の時間を確保できるのならば生活費に取られる時間はほぼ削減され、能力を伸ばすためだけに時間を使えるだろう。
だから自分の時間はある程度どれだけ確保できるのかの時間スケジュールは絶対必須になる。

例えば8時間労働で20日勤務だとしよう。
1か月を30日と仮定する。
1か月の時間は720時間。
労働時間は160時間
通勤時間は片道30分と考えて往復20時間。
睡眠時間を削ると人生ろくなことが起きない。無理せず8時間と考えよう。240時間。
お風呂に入ったり歯を磨いたり選択干し物排泄等、最低限清潔感を保つための時間は女の人ならもっとかかるだろうけれど1日1時間と考えて、20時間。
ご飯を食べる時間。自炊していれば1時間は欲しい(外食もかなり時間を使っているからこれ以上かかる)。食器を洗う片づける時間も含めてだ。30時間。
生活を支える物品等買い物に行く必要がある。この時間を1週間まとめ買いしたとしても4回ほど1時間は普通にかかる。4時間。
ここまで計算して1日当たり約8時間の余裕しかない。
当然この通り行くはずもないから、8時間以下の余裕しかない。
この残された時間をどこに振り分けて筋力を衰えさせないかってのが人生の力の使い方において重要なことになってくるってわけ。
人間この通りに行くはずもないっていうのは、例えば職場のストレスやら人間関係の鬱憤やらってのがあったり、人間関係の付き合いやら何やらがあったりして、わりと理論計算上の時間は確保できていないし、まずできない。
となると「器用に振る舞う」ってわけにはいかなくなる。
集中力も拡散されるし、普通の人ならば、この時間配分どうすればいいのさってのを本当に本当によく考えないと実際1日あたり3時間4時間しかないのだから、え?何故って?携帯等を使って友達やらとコミュニケーションする時間や動画を見る時間に結構な時間1日使ってるでしょう? だからこそ、残りの4・5時間を何に使うのかで大きく人生は変わってくるし、当然器用貧乏になるし、存分に時間を配分できないのだから手を広げるごとに衰えるものの方が多くなるのですよ。

と、言う話。

もし人に使われるばかりなのならば、自分で自分を使えるように時間の使い方を訓練しなければいけないね。

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02/26

Wed

2020

情報を追うのは止めよう

Twitterなんて見だしたら時間があっという間に過ぎる。
ましてやYouTubeなんて見だしたら5時間はすぐだ。
そして、あれよあれよという間に人生の時間は浪費される。
何処へ行っても「学校」みたいなのと同じ構図があって、話についていけないとグループに入れない。
だから話を合わせるためにも自分が興味のないことまで調べたりする。
だいたい賢くなったつもりでも、全く賢くなってないし、バカ騒ぎや意味のない動画で時間を潰しても生活が改善されるわけではない。
辛いことがあっても解決できるのは自分だけなのに、いつも目をそらしてしまう。
弱いなぁと、だから金が掴めないのだと。
一体どうすればいいのか。
特に毎日頭を使う練習をしていないと、まるで動画を見ていたりTwitterを眺めている時と同じぼんやりした回路で日に日に頭を錆びつかせている。
僕の場合ストレスがあると本を読めない。
頭が動き出すとストレスとなっているものを沢山思い出す。
だから他の人も似たようなものがあるのではないかと勝手に思っている。
「娯楽」に「本」の何倍もの金をかけて心を慰めている。
正しいことは人に合わせることじゃない。
孤独に慣れるってことだ。
携帯を手放しても不安にならない状態になることだ。
「依存」状態から己を解除しなければ、何かに自分の精神を依存させ続けることになる。
難しいよね。
情報は1日何時間あっても全部は掴めない。
全部掴めないくらいなら自分の日々の惰性を見直して目標を再設定しなければ、あっという間に人生は終わる。

僕はひとまず創作の現場に戻るための収入減を複数確保しないと。

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02/19

Wed

2020

料理とレシピ



22日にやる宴会の味の設計図。
もちろん全部オリジナルじゃなくて基本的なものを借りながら自分なりにアレンジしているけれど、現場で働いていてよくわかることがあるのが、設計図通りいかない時が多々ある。
そりゃ最前線で玉ぶち込まれてるんだから、自分のペースでとかそういうの関係ない。
戦場だ。
その前に玉の道筋を制御するという作業は必要なのだけれど、それでもイレギュラーは沢山ある。
理屈道理にいく戦場はない。
メインが用意できない時に、一体何を用意するのか。
代替って知識だけじゃなくて実戦知識における感覚の積み重ねで培われるものだから、特にメインが欠けるという状態の時(まずないけど、万が一そうなった場合)に最大限の料理を出せるのが本当の実力なのだと思った。

「料理をする」と言う時、一人でやっているならまだしも、誰かの手を借りるなら当然的確にレシピを伝える必要がある。
レシピが秘匿ならば、メニューを伝えたうえで手順を事細かく伝えて部下が必ず自分の意思通りに動くように設計図を部下にイメージさせる必要がある。
「料理をする=シェフ」のことなのだけれど、ゴールから逆算して伝えなければいけない。
今この画像には調味料などの配分がない。そして時間もない。自分の頭だけで完成している設計図だ。
つまり何をどれだけ混ぜなければいけないか、どれだけ火を入れなければいけないか、どれだけの時間を要するのか、そしてどの順番で出すのか。

「料理」をしていて最近よく考えることがある。
それを味わった人の「出口」というやつだ。
「出口」って何さ。
「食べてくれた人が、ここを出た後のシナリオ」
これは僕がやっている創作にも繋がってきて大いに意識しているところだ。
自分で主催すると特に「出口」をコントロールできる。
どのような理由でここに来てくれているのかハッキリわかるからだ。
だから来てくれている理由を汲んで最大限に尊重しながら、来てくれた人の未来をも考えて作る。
このようなことが可能になってきた。
当然全て目論見が当たるわけじゃない。
それでも「次もやりましょう」と声をかけていただいて続いている。

そして僕の試みは、さてどこでまとめようか、そしてどこまで広げようか。という調整も見つつ広がっている。
当然その先の未来が作れるように「料理」している。

ここまで可能性や現実を広げるためには「設計図」が必要で「何ができるのか」を示せて「その後何が起こるのか」の設計図を超えた自分の道筋が、まず安定的に通っていっているということだ。
声かけという、カッコイイ言い方すればプレゼンテーションもある。付き合いもある。僕が犠牲になって吹っ掛けている部分もある。
そして僕は宴会の値段が安すぎると指摘を受けて値上げをした。
こういう現象さえも起きる。最初の値段設定が本当に安すぎたのもあるけど。
人の気持ちが僕に向いてきた。

このような様々なことは現場でコツコツやってないと本当にわからないことだった。
創作という現場でも発想を変えて直で生の声が入るようにすると、もう「料理」の世界と何一つ変わらないことがわかってくる。
常に自分を生の声に晒して勝負していく。
とにかく心臓が潰れそうなほどに毎回緊張する。
この現場にいると、戦っているのか、そうじゃないのか、その人間の区別くらいはわかるようになってきた。

発信直後に反応が来る。
辛いけどわかりやすすぎるから、勉強になる。
もう、何が正しいかは僕よりも若い人たちが常に教えてくれる。
「料理」とは「美味しいもの」を出せばいい。
「美味しいもの」とは現場で戦っている人間しかわからない。

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02/19

Wed

2020

体と時間と人生と

色々やると色々わかってくるもので、本で読むと忘れるけど実践すると体が覚えているから、逆に本の内容を思い出す。

例えば体力がないから体を使ってみる。
持久力と瞬発力の筋肉は違うから、そもそも鍛え方も違うし、「働いていたら体力なんてつく」と言われたことがあるけど真っ向から否定できる。
あと体の凝り。
伸ばして緩めておかないと感覚としては「石」に近い状態になって、元に戻すのが大変だということ。
足を使う簡単な運動を覚えておくと、食事制限でストレスを与えずとも痩せるということ。
去年の8月で104kgあった体重が(飲食で働いているという点を考慮しても)現段階で95kgまで落ちている。
特に足の簡単な運動を取り入れてからは1か月2kg近いペースで落ちている。
体力は一日の活動時間を増やし体を疲れづらくさせる。
つまり活動的になるためには、どうしても筋力は増やさなければいけない。
僕のように太りすぎた人間は、まず体重を落とすこと。
ある程度の体重になってきてから少しずつ負荷を加える運動をすること。
じゃなければ関節がやられる。実際痛い。
だから今はまず体重をゆっくり落とすことにして気楽に構えている。

やっている足の運動。
Twitterで流れてきたテレビのやつ。
高橋克典さんがやっているのだそうな。
壁にやや寄りかかって両手をつき、右足を上げて内側から外側へ回すこと5回。左も同じように5回。これで1セット。
これを欠かさずやるだけでいい。
不思議なことにこれだけでも筋肉痛が来る。
慣れたら1セットずつ増やせばいい。

次は、
睡眠の質を上げなければ人生の時間を損していくということ。
心が病んでいなければ、なるべく酒や煙草や薬に頼らないストレスケアの方法を見つけて、自分を開放的にすること。解放的になること。
そのためには自分の見識を増やして意識して「偏見」というものを自分の中から取り除いていくこと。
こだわりの多い人間ほど「差別」を行っている。
自他ともに「偏見」や「差別」を持ち合わせているということ。
「偏見」や「差別」に直面した時に「執着」が生まれる。
この「執着」は「ストレス」になり、睡眠の質を落とす。
つまり解放的になるということは「執着心」から自分を解き放つことでもある。
「執着心」は「プライド」とは真逆の性質のものなのだから。

多くの人はやりかけのものを放り投げて、次新しいものをやれば上手くいくかのような錯覚に陥っている。
それは大きな間違いだ。
「やりかけのもの」とは、あくまで他人から押し付けられたものではなく「自分のやりたいこと」だ。
難しい話だが芯を決めておかなければ筋が通らない。
自分の人生に筋を通すってことが大事なんだ。
この筋が通ってない人間は、だいたい見限られるし、信用を勝ち取ることもできない。
自分の人生を生きるためには、他人にではなく、自分自身に筋を通さないといけない。
ついつい他人の言動や何かに動かされ振り回されるのが人生なのだけれどね。

人生って何だろうね。
自分に素直に生きることは難しいことだろうか。
僕は結構素直に生きているつもり。

P.S. 3.12
足を回す運動のこと。
去年の8月は104kg。
3月12日現在で94kg。
ちょっと病気になったんじゃないかってぐらいの勢いで痩せている。自分でも驚いている。
特に足を回すやつをやってからは1か月2kgで落ちている。
食生活は一切変えていないことは特筆したい。
酒も飲んでいるし炭水化物も普段通り取っているし、間食もしているし、酒を飲むついでにチーズだって食べている。カップラーメンだって食っている。
外食だって大盛りで頼んでいるし、ようは100kg越えするまでにやっていた食生活を何一つ変えていない。
なのにこれだけ体重が下がっている。
インナーマッスルが鍛えられているのか、体の反応を見るに普段使わない筋肉だから、やるごとに筋肉痛までいかなくとも、立つのがきついほどの負荷は1日たって感じている。
足とは体重を支えているからこそ、腕よりも腹部よりも多くの力で支えているのだなと感じる。
このまま行くと目標体重75kgまでは2020年以内に到達できそうな勢いだ。

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プロフィール

HN:
あさかぜ(光野朝風)
年齢:
40
性別:
男性
誕生日:
1979/06/25
自己紹介:
ひかりのあさかぜ(光野朝風)と読みますが光野(こうや)とか朝風(=はやぶさ)でもよろしゅうございます。
めんどくさがりやの自称作家。落ち着きなく感情的でガラスのハートを持っておるところでございます。大変遺憾でございます。

ブログは感情のメモ帳としても使っております。よく加筆修正します。自分でも困るほどの「皮肉屋」で「天邪鬼」。つまり「曲者」です。

2011年より声劇ギルド「ZeroKelvin」主催しております。
声でのドラマを通して様々な表現方法を模索しています。
生放送などもニコニコ動画でしておりますので、ご興味のある方はぜひこちらへ。
http://com.nicovideo.jp/community/co2011708

自己プロファイリング:
かに座の性質を大きく受け継いでいるせいか基本は「防御型」人間。自己犠牲型。他人の役に立つことに最も生きがいを覚える。進む時は必ず後退時条件、及び補給線を確保する。ゆえに博打を打つことはまずない。占星術では2つの星の影響を強く受けている。芸術、特に文筆系分野に関する影響が強い。冗談か本気かわからない発言多し。気弱ゆえに大言壮語多し。不安の裏返し。広言して自らを追い詰めてやるタイプ。

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