むしゃくしゃしている若い男がいた。
人付き合いが苦しいな、お金が欲しいな、明日の生活もままならないし下手にお金を使って仕事解雇されたら大変だな。
コンビニで買った一番安いおにぎりを外で食べる。歩く途中で見えた洒落たフレンチレストランでお昼から品のある客で中は占められていた。
俺もああいうところでお金気にしないでたくさん食べたいな。俺働いてもお金ないし。それよりも、俺どうして働いているのかな。生きることに意味ってあるのかな。毎日の繰り返しだし、遊んで暮らしたいし、お金持っているやつはいいよな。トントン拍子で這い上がれるやつも運があっていい。俺魅力ないしな、女にもてない。世の中不公平そのものだよな。
若者が周囲の雑踏を無気力に見つめる。自分以外はみんな幸せそうに見える。
「もしもし」
歩いていると若者の横から声がする。見ると年老いた老人だ。服は綺麗だが、見た目が酷く疲れていて、しわも多く、肌の様子から服までくたびれて見えてくる奇妙さを醸し出している。少し薄気味悪い。
「なんですか?」
道でも尋ねられるのだろうかと若者が答えると老人は「おお」と急に涙を流しだす。
「ど、どうしたんですか?」
驚いた若者は老人に駆け寄る。手で顔をふさいで泣きじゃくる老人が落ち着いてくると、
「よかった。あんただけだ。わしと話してくれたのは。こんなに嬉しいことはない」
「はあ…」
なんだか面倒な老人だなと若者は思った。早く立ち去りたい気分だ。
「おお、そうだ。あんた、この水鉄砲をやろう。受け取ってくれ」
「はあ?」
若者は老人の妙な申し出に不信感を持った。見れば本当に水鉄砲だ。安そうなプラスチック製で透けている、どこにでもある拳銃サイズの水鉄砲。なんでこんなものくれるんだ、いらないよ、と思った。
「そうだ。五万円もやろう。な、わしにはいらないものだから、受け取って欲しい」
五万円くれるだって?老人の財布の中には、たくさんのお金が入っていた。お金持ちのじいさんの道楽なのだろうか。いずれにせよ水鉄砲を受け取るだけで五万円。
若者は水鉄砲と五万円を受け取った。
ラッキーだな。こんな幸運ってあるんだ。世の中捨てたもんじゃない。ありがとう神様。などと調子よく思っていた。
若者は帰り際ポケットに入れていた水鉄砲を見た。こんなもの、何に使うんだと思っていたら目の前を猫がのそのそと歩いて公園に入っていくところだった。
若者はすぐさま公園の水のみ場で水鉄砲に水を入れ、猫に当てていたずらしてやろうかと思った。
そろりそろり、猫が面倒くさそうにこちらを見ているところに忍び寄り、水鉄砲の水をぴゅっと当てると見事に当たった。
しかし、「あれ?」と若者は声をあげた。猫がいない。見通しの良い場所ですぐに隠れられる場所はない。猫が消えた。おかしい。
若者は首をひねりながら水鉄砲を見つめる。今度は野良犬がいたら当ててやろうかと思って歩いていたらアパートの前に鎖に繋がれた飼い犬がいた。
別に殺すわけじゃないしいいだろと水鉄砲を当てるとジャラリと鎖が音を立てて首輪が落ちた。犬が消えた。
そうか、これは当てたものを消せるのかと胸が躍った若者は色々なものに当ててみた。どうやら物は消えないらしい。生き物だと消える。それじゃあ人間はどうなるんだ?
若者は緊張でドキドキしながら深夜を待ち、近くのコンビニに行った。水鉄砲だし、別に当たっても死ぬわけじゃないしな、消えなくても無害だろ、と思ってコンビニの店員に撃つと服だけ残して見事に消えた。
若者は逃げ帰るようにして一晩悩んだ。これは人も消せる水鉄砲なのか。でもこれを使えば好き勝手できるぞ。
若者は決心して、それからは水鉄砲で人を消しまくった。どんどん人が消えていく。喧嘩を売っても水鉄砲で消せばいい。欲しいものがあれば水鉄砲一つで人を消せばなんでもできる。横取りもできる。ただの水でも中に補給して水鉄砲で撃つだけでどんどん気に入らない人が消えていく。
若者は自由を味わった。お金もいらない。人間関係に煩わされることもないし、仕事もしないでいい。これはいい。
そのうち街から若者の他に一人もいなくなった。そして何年もそこで暮らしていると無気力になった。張り合いがない。誰も話してくれない。独りよがりな自分に虚しさが募ってきてやりきれなくなった。結局生きる意味すら余計に見出せなかった。
若者は水鉄砲を自分に当てて自殺した。
目が覚めると人がたくさんいる。元の世界に戻れたのだと喜んだ。しかし話しかけても誰も答えてくれない。しかも目の前を横切ろうと殴ろうと自分の姿が相手にはわからないようだった。
若者は悟った。この水鉄砲は脳の中から撃った人の存在を消し去る道具なんだ、と。
若者は水鉄砲をくれた老人の姿を思い出した。しかしそれ以上は何もわからない。自分の名前すらも思い出せない。若者は腰から崩れ落ちた。
[1回]
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