事の始まりは2月の頭だった。
数年前、ネットの友達に誘われ、声を出すことをやり始めている。
最近アマゾンプライムで「英国王のスピーチ」という映画を見たのだけれど、いつもは字幕で見ている洋画を吹き替えでも見てみようかなと思って見てみた。
以前どこかで聞いたことがあるのかもしれないけれど、ライオネル・ローグという役がとても印象深かった。
その声優が壤晴彦さんというわけだ。
元々津嘉山正種さんという人が好きで、ロバート・デ・ニーロなんかの吹き替えもやっている。
たっぷり声を聞けたのは「龍が如く6」というヤクザをテーマにした大人気シリーズのゲームなのだけど、真似しようにも真似ができない。
自分だと迫力がない。
そして壤さんの声も聴いていると、こちらも他の人と何かが根本的に違うと感じた。
元々自分が声を出す延長線上で人の声を集めてボイスドラマを作ったこともあるから直接波形を見ながら人の声を聞くこともしてたので、何かが違う、でも何が違うのかがわからないとは思っていた。
たまたまTwitterでフォローをしていなかった壌晴彦さんのツイートが誰かの「いいね」で僕のタイムラインにも流れてきた。
確か句読点は書いてある通りに読まなくてもよい。という内容だ。
「おや?」と思った。
例えば太宰治は口頭で文章を伝えて書かせた小説がある。その小説は主人公が語る口述的なスタイル。その小説の朗読においても句読点は書いてある通りに読まなくてもいいのだろうか。そこまで崩すのだとしたら、その朗読は一体だれのために存在するのだ、という疑問を持ったので、さっと質問をぶつけてみた。
正直返信なんて期待していなかった。そういう考えの人もいるんだろうけど、さてどうやるんだろう。その程度にしか捉えてなかった。
するとダイレクトメールが来た。ツイートの三倍の分量で。
正直驚いた。だって何も期待していなかったんだもの。
でも読んで少し疑問が残った。
質問の文面を数日考え余計なことをなるべく書かないようにして質問してみた。
今度は前の二倍以上の分量で返信が来た。
文章がとても綺麗で不透明なところが明快になっている。ツッコミどころがない。
感動で泣いた。質問するのはとても怖かった。
達人だから人のことをきちんと見抜くだろう。
文章はモロに性格や癖が出る。小説を書いているから特によくわかる。
だから自分も見抜かれるだろう。きっと文章の段階から会わずともこちらの醜いものを見透かしているのではないかと結構キーボードを打つ手が震えた。
酒で震えを抑えてようやく質問するという具合だったのだ。
それでも、もう少し質問したくてもう一度質問してみた。
前回のメールよりさらに長いメールが返ってきた。
Twitterでは結構きつめの事、ちょこちょこ書いてあるけど、こんなに親切なの?と感激していた。
数年は教えられたことをやっていけばいいなと思い、快く教えていただいたことに感謝の返信をすると、実はワークショップがありまして、という話になった。
東京。
少し覚悟が必要だった。
新型コロナウィルス。
札幌に行くよりもリスクが高い。
なにせ回覧板で集会するな、人の多いところ行くな、距離を取って云々なんて警告的な紙が回ってくる。
もし感染したら、こんな田舎では住んでいられなくなるかもしれない。
相方は看護師。
介護療養の病院に務めている看護師のため、何かあったら死人が出る。
死人が出たら、引っ越さないといけないな。
しかしせっかく誘われたんだ。
チャンスだと思った。
まずワークショップの日程が3月26~28日の3日間。
3月の中旬辺りには自粛要請が解除される予定だった。実際には延長になり行く数日前に解除されたのだが、1日当たりの感染者数の下げのピークがワークショップの日程にぶつかると計算していた。
中途半端なコロナ対策をしている。また解除後には1000人2000人規模になる。そうなると絶対に近寄れなくなる。
このチャンスを逃したら、もう一生行けないかもしれない。
最初で最後の出会いになるかもしれない。
そんな考えを巡らせながら「行ってもいい?」と聞くと「いいよ! 行ってきなよ!」と背中を押してくれた。
借金してでも行こうと腹をくくった。
それが2月下旬の出来事だった。
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