40になって周囲を見渡すと、どうしてか同い年の目は死んでいて、若者の方がキラキラしていることに気が付く。
あと、社会に出たての若者の目も時折死んでいるけれど、社会人ってのは魂を殺すためにあるのだろうかという疑問が浮かんでくる。
社会に出たからではなく、会社に入ったからではなく、恐らく日本国の潜在的な坩堝に陥っているのだと思っている。
同調圧力という慣習でもなく、習慣でもなく、文化でもなく、宗教でもなく、教養でもない、ただ無自覚な集団意識によって若者の心を殺していっているのだ。
この年になると、なんと夢を語る人間に出会うことが少なくなることか。
40ってのは働きだしてから折り返しにも満たない地点にあるのに、もう魂も瞳の輝きも死んでいる。
なんだこいつらは。
どうして生きていられる。
死にたくならないのか。
生きていることに何の意味があるのか。
子供が生まれたりして子供のためと言う責任感のある人間もいる。
でも親の目が死んでいて、職場ではパワハラ繰り返していて、愚痴は絶えない、周囲を見下しているなんて親、子供は気が付くよ。
特に夢のない大人ほど、希望を持っていない大人ほど周囲への愚痴が山ほど多くなって、言うだけ言って自分は諦めているなんていうのが多すぎる。
うんざりするほど多いんだ。
どうした。どうしたんだよ。
昔からそんな夢も希望もない大人だったのか。
もう少し夢や希望を持っていいんじゃないのか。
ダメか。そんなことすら許されないのか。社会人ってのは。
俺は今年全部失ってマイナスもマイナス。
借金が4倍に膨れ上がったぞ。
もう死にたいよ。
正直こんな人生歩むんだったら生まれてこなかった方がよかったよ。
そんなんでも生きていて欲しいって言葉をもらって生きている。
そしてまた全部失うかもしれないけどチャレンジしたいよ。
いくつになっても夢があんだろ。
想像することぐらい簡単だ。
夢を語るよりも愚痴の方が多くなったら、そりゃもう魂が死んでいるって思った方がいい。
死んだ魂が訴えかける言葉なんぞ何の輝きもないし、腐臭しかしてこない。
よき大人になるには、指さされて笑われることを恐れるよりも、夢を語ることを恐れて周囲への偉そうな愚痴しか言わなくなることこそ恐れた方がいい。
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