喉があまり強くなく、酒もガバガバ飲むのでそれもたたり、そして嫁の子供への荒れ具合と職場環境の劣化により荒ぶる化身になり、子供が寝ないことへの叱責を受け、自分は食器の片づけ等をしなくてはならず、我が家のキッチン担当としては夜の12時近くまでやらなくては食べ物やら型付けやらが追い付かず、娘の寝るのを催促されるのとキッチンの片づけが両立できず自分もジレンマ過ぎて精神が荒れ、ついには強い叱責に心が硬直して寝る支度もできず動けなくなりソファーに座り込んだままベッドへ移動できず、冷えた空気の中で体調が悪化し喘息のような咳が収まらぬこと一週間。これ2月上旬。
声を使う仕事についていることから職場を休むことになったが、最近体が戦う力を徐々に失っているようで、ちょっとした気温の変化にも対応できず水っぱなはすぐ出てくるし職場での空気の乾燥ですぐ咳込むし、温度変化への対応もできず、ちょっと冷えた環境で過ごすと喉もやられ今度は下旬で家族の誰も関係なく自分自身の体の弱さで体調を崩し同じように喘息のような咳が一週間続き、一か月の勤務の半分を休むことになった地獄の2月。
子供が生まれてからというもの去年は年末年始に熱を出し年越しをして、この時期同じような症状で休んでいて、なんかもう、ちょっと働くのも億劫だし、生きていくのも億劫になってくるという具合でございました。
嫁が荒れまくっている時、そもそも「子供さえいなければもう少し幸せに過ごせたのではないか」と考えたものの、あまりにも荒んだものが定期的に来ると、自分だって嫁を全面的にカバーできるわけではないため、不甲斐ない自分は生活を支えることもできず借金生活。
酷いものだと思う次第であります。
本当にどうするんだよ。
お先真っ暗だぜって思うし、去年5月あたりから娘が立って歩くようになり、10月11月ほどから言葉を反復できるようになり、そして嫁が「理解しているはずなのに何故前回わかったと言ったのに同じ過ちを繰り返すのか」と激昂するようになり、私のトラウマにも触れる子供への対応が自分自身の昔を呼び起こし、体が硬直し動けなくなりの繰り返しが続いており、自分としては本当に辛い辛い辛い日々でした。
その中でも逆に助けてもらった部分も多大にあり、最悪の持ちつ持たれつが継続し、お互い信じられないほどの時間を過ごすことにはなっているのですが、ようやく互いの過去を話し、互いの心情を話し、互いの思いを話し、少しずつ少しずつ改善への道筋を探し、本音のやり取りをやりあいつつ、もう一つの命と我らの道を探そうとしている具合です。
「少しずつ家族になる」
派遣の担当者が授けてくれた言葉なのですが、元々嫁だって他人だったし、今だってもしかしたら突然出ていくかもしれない。
ましてや自分だって家族で精神的に辛くてよい思春期ではなかったから、娘だっていつどうなっていくかわからない。
嫌われるのはしょうがないにしろ、マナーや知識や勉学はなるべく苦労しないようにしてやりたい。
私は本当に社会に出ていく上で礼儀も何も知らなくて、いじめくらいの勢いでやられた。そして当時それがどうしてこういう目に合うのかわからなかった。それほどだった。
でも子供が生まれてから子供優先でやってきているとハッキリわかったことがある。
「社会人としての常識」
という言葉は言われたことが沢山あるのだけれど、その言葉を吐いた人たちの家庭、特に飲食店が長かったからそう思うのだけれど、家庭崩壊していて、嫁を幸せにしている人なんてほぼいなかった。離婚して子供は嫁側。自分はローン組んだ家を追い出されワンルーム暮らし。社会人の常識って家庭を不幸にすることなのかなとさえ思うほど酷かった。誰もが知っている通信大手企業でさえ、子供のことなど考えないのだから、日本少子化になるわけだと納得する数年だった。
会社に尽くしても会社は最終的には家族を守ってくれない。
底辺で生きる人間が強く感じた結論だった。
底辺層は病気、体調悪化になったら一気に生活が崩れる。
一日休んだら支払いが間に合わず借金生活になる。その一日分の借金を返すのに半月や一か月もかかる場合がある。
自分さえ養えないのに子供など育てられるはずがない。
そんな最中にあり、日々もがいている。
嫁と二人で成り立っていたバランスが子供の存在により一気に崩れていく。
砂の城のようで、まるで崩れていく城にまた上から砂を必死にかけて城の原型すら失われていくように心がゆっくりと石臼でゴリゴリと引かれるようで摩耗していく。
これが生きることなのかと、やはり早く死ぬべきだったと思うところが、数奇なことか我が家に麒麟児の可能性を含めた子が出現したということが唯一の心の励みになっている。
なんて素晴らしい子なんだと時の経過とともに感動を覚える。
こんな社会不適合者の元に分相応な輝かしい可能性を持つ子がいて、嬉しさを覚えている。
子供なんていらないと思っていたあの時の自分はもうおらず、違う世界選へ来たのだと実感している自分がいる。
これも運命であり、そして必然的なものなのだと。
人は変わるんだろうか。
変わらないのだと思う。
だけど変えさせられる。
環境によって。
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