書店に彼の本がいくつか並んでいたので手にとって読んでみると、だいぶ本作品では書きなれてきた感が出てきていた。
最初の一ページを読んだだけで、この人読書家なのかなと勘ぐり、知っている人に聞いてみたが、やはりそうだった。
文章を沢山読んでいて、小説を書く、この世界を書くという気持ちはよく伝わってくる。
内容は師弟関係になった芸人同士のやり取りがメインになる。
神谷という主人公徳永がほれ込み師匠とした人との人間模様なのだが、構成として面白いのは徳永が劣等感丸出しで神谷という存在を面白い、この人には追いつけないし、追い越せないと見ていたのが、実は結構似たような力関係で互いが成り立っている。
正直芸人じゃないと書けない内容だなと感じた。
というのも、読み手を意識してウケを狙うわけでもなく、つまらなさも面白さも含めて芸人同士でしか成り立たない会話。
芸人という立場でしかありえない、わけのわからない会話が次々と出てくる。
その淡々とした感じが日常性をさらに強調していたし、ここに少しでも意図的なものが出てくれば、作品としてかなり白けたものになったに違いない。
徳永の心情描写から透けて見えてくる神谷という人間の面白さ、裏を返せば滑稽さがよく表現されていて、昨今出版されている本で抱く「芸能人だから」という隔たったイメージは一切持たず好印象だった。
特に喜劇と悲劇は、ほとんど紙一重の領域にあるが、この作品はお笑いという視点を通し、紙一重のバランスを保っている。
芸の世界は見栄も張っていないと、なかなかやっていけないのかもしれないが、抱いた嫉妬や怒りや無力感や憧れというものは、当人たちの立場の移り変わりを見ていけば、充分に読み取れるし、芸に生きる人間の滑稽さは、よく出ていると感じた。
泥臭いだけに生々しく、「小説」というものは描けている、という感想だ。
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