真夜中の街路樹を傘にして走っていた。
小清水には走る習慣などなかったが体調不良の検査結果を医者に「運動不足も影響していると充分考えられます」と言われてから、どのような悪天候でも走るよう心がけ一ヶ月が経っていた。
まだ本降りにはなっていなかったが「いつ本格的に崩れてくるかわからないな」と小清水は思った。
走るコースは決めていて、毎日同じコースを走っていた。
その日は霧雨が熱くなりかけた顔にも降り注いでいて、自然のシャワーを浴び冷却材代わりにもなっていた。
まだ日の照っている頃は人通りも多いが夜になると人の姿がまったく見えなくなる。また、メインの道路から一本逸れているため車通りも少ない。
そこで小清水は途中で妙な影を見つけた。
うずくまり、波打つように背中を震わせている女性らしき影だ。
最初は酔客が家路の途中で嘔吐でも繰り返しているのかと考えたが、姿だけ見ると咽び泣いているようにも見える。
通常の酔っ払いは支離滅裂で前後不覚な装いだが、それとも違う。
具合が悪そうだ、介抱してやらなければ、と考えた小清水は一瞬周囲を見て誰もいないことを確認してから声をかけた。
「優しいんですね。私なんかに声をかけてくれて」
女のしっとりとした声に謙遜しながらも小清水は鼻腔を思い切り開いて臭いを嗅いでいた。
汗のせいか、少し生臭くも感じる。
ただその臭いが、今薄暗い中でも街灯に照らされうっすら光るように映えるうなじの汗から香るものだと思うと小清水は興奮を覚えざるを得なかった。
それも若い女だ。
心配を装いながら体に手をかける。
ぬめっとした感触が手に広がった。
汗? いや、もっと粘り気のある汁。
濡れたアスファルトにところどころ水溜りが出来つつある。
木々の葉にたまっていた雫が少しずつ垂れて時折小清水の頬を打った。
「タ、タスケ、テ、ク、ク、クレ、マ、スカ?」
ほとんど聞き取れないようなか細い声で女に話しかけられる。
白い手がすっと首元に絡みつき、女の開けた胸元が瞳に飛び込んでくる。
透き通りすぎている。
葛餅のように透けて血管が見えている。
これが若い女の肌か、と長年見てこなかった光景に妄想を膨らませ疑問を持たなかった。
突然の女の口付けの後、ぬめりとした体に覆われ、男は少しずつ意識を失っていった。
倒れた瞳を横に向けると、濡れて広がる水溜りの向こう側から無数のナメクジが向かってきていた。
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