父親が退院してきた。
経過も良好。ステージも放置していたには重くなく、抗がん剤も使用しなくてよいとのことだ。
入院して余計に元気になったと言えるほど元気になった。
退院する間近母親が「せっかく朝掃除とかできてよかったのに。もうちょっと入院していたら?」と言っていた。
これが重かったら皮肉など言っていられるような状態ではなかった。
ましてや余命など告げられていたら、家族の雰囲気は一気に変わっていた。
その点は不幸中の幸いだ。
皮肉めいたセリフを交わして笑い合えるのだから、むしろ関係は前よりもよくなっている。
あたたかな雰囲気を感じる。
家に帰ってきた父親。
話しかけてくるなんて滅多になかったが、話しかけてきた。
これだけでもうちは「ああ、変わってきた」と感じるほどなのだ。
ガン細胞は栄養を吸いながら無制限に増えていくという。
前と打って変わってよくなってきた家庭の環境に、心にもまたガンというものは存在するのではないかと強く感じている。
人に対するよくない感情は日々各々の心の強さによって排除されている。
しかしいったんバランスを崩し負の感情が多くなってくると、知らず知らずの間に無尽蔵に増えていく。
そしてその負の感情は心のエネルギーを吸い続け、人に対して攻撃的になる。
自分の気に入らないものを無遠慮に攻撃するようになる。
もしくは自分さえよければよいと他者を慮ることなく利己的になってくる。
人は傷つきながら他人との距離をとっていく。
そんな経験は誰しもしていくことだろうと思う。
筑紫哲也の最後の多事争論を文字おこししたくなったのも、まず政治や国家というものを考える前に、家族という単位が最初にあって、次に個人、集団、組織、社会、国家、という順に膨れ上がってくると考えたからだ。
私は今「家族」という単位を心の中で修復しようとしている。
一番最初の単位を「家族」としたのは、やはり誰もが一番最初は赤子から育ってきて、その「家族」が血が繋がっていようとなかろうと、「家族」ではなくとも「育ててくれるもの」が存在するからだ。
それがあって初めて「個人」が存在しえる。
これは人間の一生において言えることだと思っている。
常に何者かの影響や恩恵を受けながら人間は育っている。
それが「システム」や「考え方」によって分離できる状態にあり、錯覚しているだけなのだ。
いつだって「自分は一人でやっていける」という傲慢を抱えがちだし、そつなくこなせる自分とできない他者、あるいは逆の嫉妬という感情もあり他者をよく思わなくなる状態に陥ることは、いくらだって考えられる。
思えば、長い時間がかかったように感じる。
どこの家族でも大なり小なり問題を抱えている。
いつだって問題は思っているよりもシンプルで、「戦い方」が問われている。
自分は、避けて避けて避けて避けて遠回りして遠回りして遠回りして、最後にちょっとだけ戦ってようやくここまで来たように思う。
戦い続けることだけが戦いではないから、戦うことだけが正義だとは言わない。
だが人生の中では、どうしても立ち向かわなければならないものがある。
逃げようのない現実と向き合わなければいけない時がある。
そこから逃げてしまっては、家族も、個人も、組織も、国家も、滅びていくと思う。
ガンは小さなうちは気がつかない。
大きくなってから体の不調や痛みに気がつきだす。
精密機器のようにガンを発見し根絶せよというのは人間には無理でも、戦うべき時に戦い、守るべきものを守り、我々家族や、個人や、組織や国家などが、いかにあれば健全さを保てるのか、目先の問題に惑わされず、人の目をしっかりと見て考えようじゃないか。
心に巣食ったガンに負けることなきよう。
さもなければ、失って取り返しのつかないものが出てくるかもしれない。
私は今、何度かの喪失の危機を越えて、改めて思っていることだ。
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