父親が大腸ガンだと判明した。
結構大きいらしく転移さえしていなければ大丈夫とのことだが少なからず家族はショックを受けた。
大きな病気をしていなかっただけに本人も張り裂けんばかりの悲しみに包まれているのがよくわかった。
ガンだと宣告を受けた日、父親は病院から一人で歩いて帰ってきたが、家の前で合った時空が潤んでいただろうことは目を見てわかった。
すっかり意気消沈する父親のために、一人で朝早く出て、後で考えればぜんぜんお門違いの神社にまでお参り行って(菅原道真とか学問の神様だから関係ないもんね。病気に)北海道神宮で病気平癒のお守りをわざわざ7時くらいに社務所に押しかけて売ってもらった。
ただのお守りかもしれないけれど、病気を治そうとする意気込みを持つのと持たないのとでは治りがまったく違う。
その意味ではお守りを持っていると自覚し、毎日見ることで、ひとつの目標意識が持てると思った。
千円以上の効果は期待できる。
普段父親とは会話らしい会話もしないから何も言わずに目の前ですっとお守りの箱の入った小さな白い袋を渡した。
一瞬なんだかわからなかったみたいだけれど、それが何かわかるとめったに泣くこともない父親が目の前でぐっと泣いていた。
心中察するに余りある。
実は父方の祖母は私が生まれる前にガンで死んでいる。
今回父親もガンになったということは、遺伝子的に受け継いでいる可能性が非常に高くなってきた。
私もいずれなるのかもしれないなと思っている。
先日母親と会話している時、何かの拍子に父親の若い頃の写真を出してきた。
ちょうど父が私と似たような年のころだろう。
気持ち悪いほど似ていて「うわあ」と静かに叫んでしまった。
ある意味生き写しのような感じだ。
その時、「あっ」と気がついたことがある。
今被災している人たちが、想い出の品を探すという気持ちだ。
想い出には常に「喪失」が付きまとう。
二度と戻らないものを思い返し探す。
自分たちが生きてきた歴史や証拠を改めて心に刻んでいき、魂の立脚点とするためにも、想い出はとても大事なものなのだ。
都会のスピードの中にいると見失いがちなものだ。
あの写真を目の前にした感触が被災した時の気持ちとだぶることを想像すると、どう言葉にしてよいのか迷う。
あたたかみのある、抱きしめて包んでくれる大事な人と一緒にいるような感触だろうか。
今までは想い出というものを否定的に捉えていた節があったので、写真や品物は自分の場合あまり大事にしないところがあったが、母親が今の心中で写真を見る気持ちが、私たち家族を取り巻くひとつの事実が、想い出に対する価値観を変えようとしている。
父は過去を責めるタイプ。
母は過去を後悔するタイプ。
私はというと、過去を責めたり後悔することに疲れたタイプ。
20代は時間がありあまりすぎていて人の倍はそれらをやっていて、もう疲れてしまった。
だから起こったことだけ現実として捉えていこうとしているし、起こっていないことは不安も希望も同列なのだから、なるべく実行力を通して希望を持つことにした。
そのほうが楽だから。
父は模範的な社会人であろうとしたし模範的な市民であろうとしている。
だから日本人的な偏見や悪い意識も多々ある。
定年で会社を辞めて、それらは年月をかけて緩和されてはきている。
親が強い偏見を持っていて子がその下で育つと、偏見や差別意識から逃れることは難しい。
そのことは骨身にしみるほど体験したからよくわかる。
通常の状態が偏見や差別意識にまみれていたら、それが日常的慣習となる。
人の豊かさには、常にこのガンを患う可能性を伴っている。
私は父と癖も似ているし、行動も似ている。
顔も気持ち悪いほど似ている。
考え方はどうだろう。
感性は。
たまには父親も人間の可能性という未知の部分を無条件に応援してやってもバチは当たらんと思うのだけれどなあ。
意識せずとも何かを受け継いでいる。
遺伝子とは目に見えないもので、常日頃意識しないものだが、ふとした時に強烈に意識する。
それが自らの体を通した人や物だったりするから不思議なものだ。
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