文学とはなんぞやと考えたりする。
一応は新人賞を狙って書いたりする。
よこしまな目的で。
実力がなく、まだこの場にいるわけですが、たまに受賞作でどうしても頭をひねらざるをえないものがあったりする。
「こんなのが、受賞?」
こんなの、とは言ってはいけないかもしれない。
ま、自分が「こんなの」なんて言える立場じゃないしね。
現代人を切り取った、現代の日常的な作品群。
時折無気力で、どこか心の空洞を抱えていて、飢えていることすらもわからない乾燥に、魂がさらさらと風にすら削られていくような、音のない傷跡。
その中にちらほらと見える、人を軽んじた言葉の数々。
その言葉を意図的にちりばめるのならば作品としての目的ができるかもしれないが、どうもそうではなくて、素で出てきているらしい。
たぶんそれは本人にすらも気がついていないだろうけれど、私は読んでいて多少不愉快になる。
逆に本人が気がついていないからとても不愉快になる。
文学なんていまだにわからない。
そういうものを書こうとは意識していないし、自分は伝えたいものを織り込んで書いているつもりだけれど、少なくともこれだけは断言できる。
文学は人が支柱になっている。
人がいなければ文学すらも成り立たない。
その根幹の部分から軽んじた文章なんて、それは「作品」として、とうてい自分は認められない。
審査員は何を期待しているのだろう。
時代を作り上げること、未来の方向性を切り取ること、示すこと。
何が大事なのかはわからない。
でも、理由があってはじめて目的ができるような、最初から確固とした目的を持たぬものを「作品」なんて言えない。
そういうのは、こういうブログで済ませればいいこと。
と、愚痴りたくなった。
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