ちょっと知り合いに愚痴のメールを入れたら返信が来た。
抜粋する。
どんどん 変化があった方が 良い経験になると思いますよ
そういった 経験こそが 売れる本のベースになるかもしれませんしね
売れている作家自身の お話を伺うと 少なからず 作家自身の経験が
作品に反映されています
もちろん 豊かな想像力 豊富な知識も必要ですが それが枝葉だとすれば根幹は経験 リアリティが無い言葉を連ねても 読者は作者に魅力を感じないものです 小説の根幹は確かにここにあるかもしれない。しかし、これでは説明のつかない現象がいくつも起きている。今の携帯小説にリアリティーはあるのだろうか。豊富な知識や経験があるのだろうか。今の未成年は成人をはるか前に超えていった自分よりも早熟なのか。
しかしこの人は「作品」ではなく、「作者に魅力を感じる」ということを言っている。
でもひとつだけ思い当たることがある。
読者は等身大の自分よりも、もう少し掘り下げたところに共感を求めているのではないだろうか、と思った。
読者が作者に魅力を感じるということは、文章を通して作者がどのような人間かを思い描いているということだ。
自分は一人歩きしだす作品は、作者とはまったく別物になるというイメージを抱いていたし、実際別物になっている。
一度出したらこちらの思い通りになんか絶対ならない。
作者の人生観に共感するのが最もリアリティーのある小説になるということだろうか。
読者は作品に共感しているのではなく、作者に共感している・・・
いや・・・どう考えても作者側からしてみればおかしな話だ。
意図的に仕掛ける仕組みの裏を取る読者がいるだろうか。いるにはいるが、それは大多数の購買層のほんの一部だ。
でも本当に小説好きな人は、作者の考えを知りたいという内容のことを知り合いが言っていた。
売れるものと魅力のあるものは別なのだろうか。
それとも一緒なのか。
「ノルウェーの森」と「世界の中心で愛を叫ぶ」じゃ、比較にならない。
「ノルウェーの森」は今も売れているが、「世界の中心で愛を叫ぶ」は売れていない。
「ノルウェーの森」には、リアリティーとは別の何かがある。
またわからなくなってきた。
最近の人は、人間に興味を持っているというよりもむしろ自分自身に興味があるようだ。
私の知っている20前後や20代の若いネットの友達も、こちらを掘り下げるより、むしろ自分中心の付き合い方をする。
人を掘り下げられない。
でも歳をとると上記のような考え方やものの見方をするようになる。
売り上げを上げるには、コアなファン層ではなく、実際すぐ買ってくれる人をターゲットにすべきだ。
コアなファン層は嗜好がうるさくなってきていて、なかなか安易にお金を払わない。
これは生活をする立場からすれば危機だ。
お金がなければ育たない。
よいものすらもよいものにならない。
残念ながら理想論を軽く覆す現実だ。
なぜなら続けられる資金源がなければ、廃業するしかないのだから。
エンターテイメント性と作品性両方高められれば言うことはない。
作家が求められているのは、職人芸であって素人の児戯ではない・・・と、思いたいが・・・やっぱり人は理屈で動かない。
どう心をくすぐるかが、大事らしい。
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