なまず先生は漁港の手伝いをしているのに魚を食べるのが大嫌いだ。
でも、魚を見るのは大好きだ。それにあまり仕事をしないことでも有名だ。
なまず先生はお酒が好きで酔っ払ってはしゃぐのが大好きだ。
でもなまず先生は太っているから暴れまわることができない。
そうは見えてもなまず先生は力持ちで体が大きいから町の人たちの誰よりも強い。
なまず先生はいろんな人を力仕事で助けるので、お金がなくても生活に困ったことがない。
もちろんお酒にもあまり困ったことがない。
周囲の人がなまず先生が酒好きだと知っているのでお酒やつまみを持ってきたりするからだ。
「先生」とは言っているものの、なまず先生は教師でもなんでもなく、誰が言い出したのかわからないけれど「なまず先生」で通っている不思議な人だ。
鼻の下に口ひげがあるけれどなまずのようには長くはない。
なまず先生は大きな体でお酒をたくさん飲める印象を受けるが、とても下戸だ。
コップ二杯ほど日本酒を飲むと結構酔っ払う。
だから大きな体に似合わずチビチビとお酒を飲む姿がかわいい。
つい一週間前までは笑いあっていた仲間が今は半分ほどいなくなってしまった。
高台から見る津波にやられた町並みは焦げ臭いような臭いを運んできて吐き気がこみ上げてくるようだった。
見るだけでも心が乱れてくる。
まだ雪がちらつくほど寒いが、夜に炎を囲みあっているだけで不安で潰れてしまいそうな気持ちも多少押さえ込むことができている。
食料も物資も心もとなく、爆発して止まらなくなりそうな苛立ちや不安を皆必死に抑え込んでいる。
ドラム缶に流木などを入れて燃やして暖を取る。
この木も、もしかしたらどこかの家の建築材だったものかもしれない思い出の品だ。
申し訳なく思いながらも燃やす。
仲間の一人が高台に住んでいて家が津波から逃れることができた。
皆高台から町を見下ろすだけで濁流を脳裏に浮かべて言葉を失う。
何かを言おうものなら先に涙が出そうになってくる。
そんな中仲間がなまず先生のためにお酒を持ってきた。
「気分じゃないかもしれないが」
と添えながら出してきた。残りの一本らしい。
皆無言でコップ半分ほど入れて飲みだす。なまず先生と同じようにチビリチビリやりながら、酔っ払わないようにするかのように、少しずつ少しずつチビリチビリやる。
「笑おうか」
突然なまず先生が立ち上がって言い出す。
ドラム缶の炎にあぶられているかのように見えるなまず先生に「いや、さすがにそれは」と言う人もいたし、何のためかわからず不振がる者がほとんどだったが「無理でも、笑おう」と今まで見たこともないような目でギリっとして見据えると、仲間も黙った。
なまず先生が大きな声で腹から笑い出す。
それは可笑しくて笑うのではなく、演技のような笑いだった。
精一杯腹に力を入れて「わっはっはっは」となまず先生が笑い出すと他の仲間も真似をして無理やり笑ってみる。
座っていると腹に力が入らないので、ドラム缶を囲んでいた仲間は皆立ち上がって笑い出す。
すると不思議に涙も込み上げてきて、声も顔もぐしゃぐしゃになりだすものもいたが、なまず先生が「笑うんだ」と掛け声をかけると、ぐいっと顔をあげてその仲間も涙や鼻水まみれで「わっはっは」と笑った。
周囲には刺すような視線も少しはあったけれど、なまず先生のことを知っている人がほとんどだったので責める人はいなかった。
笑い終わった後、皆泣きながら抱きしめあった。
「ありがとう」と口々に言いながら涙も乾ききらないくしゃくしゃの顔で強く抱きしめあった。
それまでは正直なまず先生のことはあまり好意的には見ていなかった。
でもよくわかった。なまず先生のような存在は、皆の心に必要な人なんだと。
寒い夜、毛布しかない中、今日は少しだけあたたかな気持ちで眠れると感じた。
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