ある街の一角にひっそりと小屋が建っている。
周囲は住宅街でこの区域に特に人が来る理由がないにもかかわらず、連日小屋には行列ができている。
並んでも小屋にその日のうちに全員入れるというわけではない。
その小屋はある人気占い師の小屋であった。
口コミで評判が「怖いほどよく当たる」と広がり今や近所では知らないものはいない。
わざわざ泊り込みで遠方から来るお客もいるほどだ。
いつからここで占いをしていたのか、占い師が何者かも、誰一人わからなかった。
占い中も外出する時もフードを深くかぶっているので誰一人顔を見た者はいない。
夜も深くなり、並んでいた人たちもようやく諦めてしんと静まり返った。
占い師は仕事が終わり晩御飯を食べていなかったので買い求めようと小屋を出た時、急に女にすがりつかれた。
夜中にも関わらずサングラスをしていて顔がよくわからなかったが、泣いているようだった。
「お願いします!どうか私を!占って!お願い!もうあなたしかいないんです!」
人気占い師だけに泣きつかれることはよくあることだったので、諭して今日は帰らそうと思った。
この手のタイプは諦めずにいつまでも嘆願してくることも考えられたがその時は無視をして一息つこうと思っていた。
「お願い!よく当たる占い師にあたしもう死ぬって言われたんです!どうか助けて!私の命を救って!」
女の懇願にはっとした占い師は「またこの人も妙な占いを信じてどうしようもなくなったのだろうか」と思った。
占いは吉凶を予測するものであって未来を決め付けるものではない。
占いにどっぷりとはまり込み、まるで占いが「避けられない未来を決めるもの」であると勘違いする人も中にはいるのだ。
占い師は適当に占って、いいことを言って帰そうかと考えた。そのほうが早く済むかもしれない。
「まずは中へ」
占い師は女を小屋の中へと入れた。
小屋の中は特に呪術めいた道具が置かれているわけでもなく、暖色系の照明が明るくない程度に照らし、ほんのりと香の香りがただよっていて女の気分を落ち着かせた。
女の話を聞くと占った結果を言われたはいいが、特に何かをすれば回避ができるなど助言もなく「時間の巡り会わせだ」の一言で追い出されたという。
「それはひどい話ですね」
占い師は女に同情的な言葉を向けて気持ちをなだめた。
「時間のめぐり合わせですか。そのようなひどい占い師にめぐり合わなければあなたもこうして不安な気持ちで私のところに訪れなくても済んだでしょうに。おかわいそうに」
女は我慢していたのか、せきを切ったように「どうすればいいんですか。結婚も間近なのに死ぬなんて嫌です。私幸せになりたいのに。あの占い師さえ変なこと言わなければ幸せになれたのに」と泣きじゃくった。
「ほう…ご結婚を…」
占い師は「もう死ぬ」と思い込んでいる女に「おめでとう」も言えない。
事情が事情なだけに占って回避方法を教えてあげようと考えた。
占いの方法は占星術とタロットを組み合わせた占い師が独自に開発した方法だった。
「これからシャッフルしますのでタロットの上に手を置いて気持ちを集中させてください」
占い師はタロットの上に女の手を乗せてカードを切り出した。
カードの並べ方はケルト十字法といって十枚を配置し、最終的な結果は右上の一枚に集約される。
カードを一枚一枚並べている時、あまりの不安からか女が勝手にしゃべりだす。
「私ようやく今の彼と一緒になれたんです。長い時間をかけてようやくめぐり合えたんです。彼のためにどんなことでもしました。私この幸せが消えるなんて耐えられない。これからも彼と一緒に過ごしたい。もう五年も耐えてきたんです」
五年。
占い師は「私が占いを始めたのもその時期なんですよ」と優しく言った。
占い中は集中しているので静かにして欲しいところだが、女の心中を考えるとそうもいかないだろうと諦めながら占いをすすめた。
「彼と会ったとき、絶対この人を私のものにするんだって。ずっとがんばってきたのに」
女が自分の話とともにすすり泣き、止めることなく続ける。
「彼、離婚してバツイチなんですけど、離婚してからずっと苦しい状況を支えあって乗り越えてきたんです。それでようやく生活も安定してきて、二人で新しい区切りをして、もっと幸せになろうねって…」
占い師のフードの奥がピクリと動いている。
十枚目の最終結果のカードを置く手が少し震えていることに女は気がつかない。
「あなたの…生年月日…教えていただけませんか?それと、顔の相も見たいのでサングラスを取って…」
カードをすべて置き終った占い師が女に聞く声が震えている。
女が生年月日を占い師に告げると「次はお顔を見させていただきますので」と占い師は言ったがフードがゆれているのが女でもわかった。
女がゆっくりとサングラスを取ると、占い師はガタリと音を立てて急に椅子から立ち上がった。
「あ、あの…?」
不安げに女は立ち上がった占い師を見つめる。
占い師はふらふらと壁際の棚まで歩いていき、震えているようだった。
「だ、大丈夫ですか?」
女が心配して聞くと、占い師は低くはっきりと聞こえる声で女へ聞いた。
「あなたが…今度結婚する人は――さん…ですね?」
「え?」
女は凍りついた。まさか知り合い?一体誰なのだろう。
「そうですけど、あなたは…?」
女の疑問に占い師は振り向き、一気に自分のフードをめくりあげた。
やや室内が暗いといっても顔ははっきりとわかるほどだ。
「え?」
女は占い師の顔を見てもきょとんとしている。
「あの、どこかでお会いしましたか?」
女の言葉に占い師は破裂したように声を荒げた。
「あんたが五年前に寝取った男の元嫁だよ!あんたのせいで私の人生は狂ったんだ!許せない!あんたをずっと殺そうと思ってた!あたしには何度も友人面して会っているはずなのに、あんた自分が寝取った男の女の顔さえも覚えていないくらいこの五年間のうのうと生きてきたのか!友達面してあたしをはめやがって!信じられないクズだよ!あんたさえいなければ…!うじ虫の豚女め!殺してやる!」
ひゃっ、と声が女の恐怖に硬直した顔からもれたと同時に、首筋にはペーパーナイフが深々と刺さっていた。
「あんた、自業自得だよ。運命には逆らえなかったね。これも時間の巡り会わせだね」
女はペーパーナイフを引き抜こうとして床をずるずると這い回り、ようやく引き抜くと首筋から勢いよく血が噴き出て、口からも血があふれてくる。
「あっ…あっ…」
言葉すらも出せずに体の潰された虫のようにか細く動く女を占い師は見下す。
「あたしが過ごしたこの五年間は屈辱だったよー?近所にはうわさが広まって会社すらも追われてさー。あんたさえいなければこうはならなかったよ。…あんたさえいなければ!」
語気を荒げ、ゆがみきった満面の笑みを浮かべて愉快そうな声で占い師は続ける。
「あたしは逃げたよ。あの街から。それからはホームレスみたいな暮らししなくちゃいけなくてさー。女のホームレス。わかるー?夜とかさ何度も知らない男に犯されてさー。それならっていっそのこと風俗で働こうってさ、趣味だった占いを女の子にやってたらよく当たるって評判になって、それでこの仕事始めたんだー。でもあんたのことはずっと忘れたことなかったよぉ?く…くくくくくっ…」
焦点の開ききった女の顔を足蹴にする。
「死んだ?死んだの?ホント?ホントに!?アタシ、ヨウヤクヤッタノ!?」
何度も何度も女の顔を蹴り、愉悦で声が高揚して引きつるほどだった。口からは興奮のあまりよだれが垂れ、目は長年望んでいた光景をしっかりと目に焼き付けようと大きく開いている。
占い師は先ほど並べたタロットカードの十番目の位置を開く。
塔の正位置。
崩壊を意味する塔のカードにぴったりの結末だと占い師は思った。
もう一度顔をジリジリと踏みにじる。女は首から血を広げるだけでもう反応しない。
徐々に高揚感が占い師の体を駆け巡る。
「く、くくくくく…キャハハ…キャーッハッハッハ!ザマーミロ!ゴミムシオンナメ!ザマーミロ!キャーハハハハッハ!」
怪鳥のような声を深夜の空に響かせながら占い師は外へ駆け出す。
そうだ、この愉快な気持ちのままあいつの死体の前で祝杯でもあげよう。
赤ワインでも買って飲み明かそう。
女がニタニタと笑みを浮かべながら路地の角を曲がった時、サーチライトにぱっと視界が白くなりガコンという音とタイヤの急ブレーキの音と体が捻じ曲がるような衝撃と、鼻の奥に強い血の臭いを感じた。
急に視界が変わったことによって何が起こったのか理解できないまま占い師は「テレビが地震で落ちちゃった。直さないと」と思った。
その次に占い師はアスファルトに広がる自分の血を見て「ああ、私、ひかれたんだ」とようやく事態を理解した。
塔の正位置。
あれは…私の…結果…?
だんだんと意識が薄れてくる。
あの女さえいなければよかったんだ。
あの女さえいなければ…。
そして最後に占い師は思い、絶命した。
――あ…もしかして、あの女を占っていなければ、私はこの時間に事故にあうこともなかった…?
[2回]
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