そんなものは存在しない、と言ったほうがいいだろうし、「純文学とは何か」と問われて自分は「業界の人が感性の翼羽ばたかせるままに大いに持論をぶちまけている一小説分野」としか言いようがないほどにわけのわからぬものとして捉えてはおりますが、例えば「芥川賞」を一つ取るのならば、その年その年の「テーマ」のようなものがうっすら見えてくることはあります。
でもそんなもの気にして小説なんて書いていたって大変下卑たものしか出来上がらないし、辞書の定義に沿うならば、
じゅんぶんがく
【純文学】
(通俗文学と区別して)純粋な芸術性を目的として創作される文芸作品。
となるわけであるから、例えば小説のある形式を徹底的に守った上で独自スパイスを入れるとか、言語という分野を離れて別領域の方式や形式・視点・法則などを、そのまま世界観に取り入れるとか、例を出すならばピカソの絵の法則性と精神と人生と哲学をそのまま小説において別の景色の中にしっかりと当てはめて全体を描くとか、日本ならば岡本太郎の方がいいか。
など、純文学を描くためのヒントって結構文章以外のところに存在していて、それがガラスの性質だろうと、今MITが研究している最先端理論だろうと、それが「人間」を描く上でバッチリと当てはまっていれば小説の領域などいくらでも広げられるのだ。
つまり「独自視点」とは「独自の研究に基づき得られた、確かな人間生活上の普遍性(もしくは希少性)」であり、そしてそれが確かに他人にも伝わる文章技術において構成されている一小説であれば、私は純文学と定義していいと思う。
当然「研究に基づき得られた」ものであるから、自分の中だけで喧々囂々とやっていたのでは純文学などできようはずもないし、所謂「独りよがり」を長年続けて得られるものは「社会とは隔絶された鬱屈さ」であることは間違いないものになってしまう。
よく「描写」と書く。
だが最初から「描写」ができる人間はいない。
これは一つの完成された小さな絵だと思っていい。
その小さな絵を完成させる前に私たちは「素描」と呼ばれる、所謂練習で書く「スケッチ」のようなものを繰り返さなければ「描写」は上手くできるようにならない。
最初から文章を書いて、自分の中で上手く出来た、私はこれだけ努力したのだから認められるはずだ、独自性を貫いているし今までにない文章だ、とよくナルシシズムに浸りきり右も左も上も下も糞も味噌もわからぬ状態になるが、そこは冷静になってもう一度考え直すべきことは多々ある。
だから普段から文字でスケッチをするといい。
名文に触れるのもいいし、小説を読むのもいいが、書を捨て町へ出るのだ。
そこで目に触れたものを文字でスケッチしてみるといい。
一体自分が何に心動かされるのか、何を無視しているのか、人の中で自分の欠点と長所を炙りだしてみるといい。
自分の方向性も見えてくる。
もちろん、様々な方法があるから一例として出しているのだが、そうやって普段から自分の中へ「リアリズム」を徹底させるんだ。
それをしておくと、どんなに幻想的な世界や突拍子もない奇抜な世界観を描いたって、地に足がついているから、ちょっとした風に作品そのもの、作者自身が吹き飛ばされることはないだろう。
純文学を描くんだったら、この領域でやらない方がいいのは「売れようとすること」「大衆に媚びようとすること」「驕り昂ぶり他人を見下すこと」「教訓など一切存在しない領域なのに、人間の真理や教えを探して描こうとすること」だろう。
これは文章・作品性質上のことではなく「作者のスタンスとして」だから、このバランスを崩すとコンプレックス丸出しのみすぼらしい文章になるので、本当におすすめしない。
つまり、文章よりも先に作者がでしゃばってくる作品になる。
こうなってしまっては読者としては、ただひたすら苦痛。作者に正座させられて永遠と聞きたくもない御託を並べ立てられている苦痛に苛まされる。当然、作品を読みきる前に捨てる。
評価されるとは程遠い領域の所で終わってしまう。
そうなると作者怒る。読者呆れる。作者ぐれる。読者毒づく。作者鬱。読者無視。
とお決まりの負のスパイラルに陥るのは目に見えているから、普段からバランス感覚を保てるよう、いつも持っているくだらないプライドはトイレに流しておいた方が得だ。
もし怒るのなら、悔しいのなら、ひたすら「技術」にだけ向ける。
その方がずっといい。
さて、純文学の領域ではまず食えない。
食っていけないし、時代は純文学を求めてはいない。
だが一部のマニアを相手にしたいのだったら続けるといい。
当然きちんと定職を持って、食っていける手段を完全確保してから書くのが鉄則。
じゃないと確実に飢え死にするか、もし上手くできたのなら、その才能は文章の才能じゃない。
マーケティング戦略上の才能だから、作家としての才とは少し違う。
でも普段からきちんと人を見ていれば、たとえ食えない領域だったとしても道は見えるだろう。
頑張ってね。
ここはちょっとやそっとの根気があったくらいじゃ、精神が壊れるほど大変だから。
あ、そうそう。
日本語はちゃんと勉強するんだよ。
私も頑張るから、一緒に頑張ろう。
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