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あさかぜさんは見た

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08/02

Fri

2013

「自分の殻にこもるな」と言われるけれど

よく目上の人が言う言葉で、年下の人が言うということは滅多にない。
自分よりも年齢が上の人の場合、自分の殻に閉じこもるうんぬんというよりも、「こいつはダメな大人だ」と判断するのがほとんどだからだ。
で、年下の人にこの言葉を使う場合、「なんで自分でダメだと思っていることを繰り返さなくちゃいけないのか」というのは最も余計な親切心で、低いところは「自分が気に入らないことをやっている。お前は早く俺の気分を害さないようにしろ」というところまで幅広く使われる。

親切な場合において考えるなら、だいたいこの言葉を使われるのはせいぜい20代までだろう。
30を超えてしまうと、「あんたまだそんな大人なんだね」という、表面上はにっこりとされながれも、「しょうがねぇやつだな」と心の中で思われる残念な関係しか紡げなくなる。その言葉さえ使われなくなるっていう。
そうなると同類同士でしか話が通じ合わなくなるという状態を生み出す。
つまり、世界観は広がらず、同じことの繰り返しの中で、グチは言うが改善はされず、問題提起はするが自分でリスクは負わず、私は一生懸命生きているし仕事もしているという自負心の中でアイデンティティの崩壊を防ぐという最も消極的な心持ちの中に落ち着かざるを得ない人生に身を任せることになる。
そして、そんな自分の状態に対し周囲と比較し、自分よりも下の人間を眺め、まだあいつよりかはましだと思いつつ、居酒屋では「あいつはこういういいところがあるけど、でもね・・・」と二の句を告げるときには自分よりも劣っている点をあげつらい、その日の鬱憤をぶちまけて、次の日の仕事に望むという、「流し作業」がアフターファイブの慣習になってしまうという、まことに残念な日々に対して、まったく何の疑問も持たなくなるほど不自然さを許容してしまう精神になるという恐ろしさを抱えることになる。

どんな人間も、自分が苦労してきて、ある程度通してきたものは認めて欲しいものだ。
年上が年下の人間に対し「自分の殻に閉じこもるな」という言葉の中には、自分が生きてきた人生の中で、ひとまずお前のような状態のやつで生き残れた奴は少ないという警句が差し挟まれている。
まあ、長い目で見てこそ、の言葉なのだが。
だからと言ってその言葉が全て正しいわけではなく、まったく間違っているわけではないところが恐ろしいところだ。
若い人なんて短期で見てるから、そんなロングランで物事をみる人間なんてそうそういるわけじゃない。
だから判別うんぬんよりも前に、目の前の目新しい経験に食いつくのは当たり前のことだ。

だが、よく考えてみよう。
まず私に限ってだが20代前半の頃は「自分の殻に閉じこもるな」と言われたとしても何のことかわからなかった。
自分は一生懸命生きているし、精一杯やっているし、悩みまくってるし、殻に閉じこもるとかそんなこと考えられる余裕なんてねぇんだよ、どうして自分のことわかってくれないだ、お前ら、俺の苦しみがわかるかと、声高らかに言いたかった。
そして自分が年をとって、その状態から抜け出すと、似たような状態の人を見て「自分の殻に閉じこもっているんじゃない」という内容のことを伝えている。
これは何としたことか。
もしかしたら優越感を抱きたいだけなのではないかと思うほどだ。
しかしどうやら自分だけかと思ったら、結構この手の「説教」をしたくなる人間は多いようだ。

私たちは切羽詰っている時ほど、他人のことを考えているようで自分のことしか考えていない。
適切かつ相手のためになるようなアドバイスをしていると思い込んでいるのは自分だけだったりすることは結構ある。
そんな時は、たいてい相手の事を無視している。
かと言って相手が自分のことを考えてくれているかといったら、ほぼNOに近い。
投げっぱなしのやり合いで終わってしまうことがほとんどだ。
それなのに何故「自分の殻にこもるな」なんて言葉が出てくるのか。
もしかしたら愚痴を言いつつ、自分を嘆きつつも、実はその場所が大好きなのかもしれないのに。
そして、余裕がある人間ほど、相手が「必要」だと思ったタイミングを完全に見極める。恐ろしいほどに。

人の基本的な姿勢とは、必要ではないものは必要ではない。
つまり、「殻」とは「障害」や「限界」や「能力」や「個性」のことを意味する。
「閉じこもるな」と言われたとき、何のことかわからないってことは、自分の限界を超えなければいけない必要性などまったく感じていないし、超えたところで何に生かせるのか、まったくわかっていないのだ。
だから受け入れられないし、理解できないのだもの。
必要性、という意味では、その方向性には興味をまったくそそられない、ということも言える。
私たちは必要としているものしか必要としていない。
正直言って、若い人から言えば余計なお世話だし、目上や年取った人から言えばお前のこと心配しているんだよということを前面に押し付けたいわけだ。

でもね、皮肉な事ながら、ようやく経験を積み重ねて、あの時のアドバイスが正しいことだったのか間違っていたことなのかが判別できるようになる。
悲しいことながら、ほとんどの場合他人から悟らされるのではなく、自分でつかみ取って気がつくしかない。
だからこそ、この言葉の意味が理解できない人間っていうのは、正直言っていつまでも幼稚だということが言える。
何故なら「年相応に見られるものね、人間って」ってやつだからですよ。
それを自分でも気がつかないといけない。

時間は待ってくれないし他人は厳しい。
でも自分のペースで我武者羅に積み上げていくしかない。
そういうところで他人を強く意識して自分の実直な部分を崩してしまってはいけない。
しかし最もやってはいけないのは、自分の不誠実さを肯定して他人を責めることだ。
後は、人の事情をよく考えられる人間になれれば、きっと、その先に見えてくるものがあって、「自分の殻」ってものが「過去のもの」として眺められるようになるんだと思いますよ。ええ。

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プロフィール

HN:
あさかぜ(光野朝風)
年齢:
38
性別:
男性
誕生日:
1979/06/25
自己紹介:
ひかりのあさかぜ(光野朝風)と読みますが光野(こうや)とか朝風(=はやぶさ)でもよろしゅうございます。
めんどくさがりやの自称作家。落ち着きなく感情的でガラスのハートを持っておるところでございます。大変遺憾でございます。

ブログは感情のメモ帳としても使っております。よく加筆修正します。自分でも困るほどの「皮肉屋」で「天邪鬼」。つまり「曲者」です。

2011年より声劇ギルド「ZeroKelvin」主催しております。
声でのドラマを通して様々な表現方法を模索しています。
生放送などもニコニコ動画でしておりますので、ご興味のある方はぜひこちらへ。
http://com.nicovideo.jp/community/co2011708

自己プロファイリング:
かに座の性質を大きく受け継いでいるせいか基本は「防御型」人間。自己犠牲型。他人の役に立つことに最も生きがいを覚える。進む時は必ず後退時条件、及び補給線を確保する。ゆえに博打を打つことはまずない。占星術では2つの星の影響を強く受けている。芸術、特に文筆系分野に関する影響が強い。冗談か本気かわからない発言多し。気弱ゆえに大言壮語多し。不安の裏返し。広言して自らを追い詰めてやるタイプ。

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