私は小学生のころ映画で「AKIRA」を見て衝撃を受け、そしてコミックを読み人生が変わった。あの作品に出会ってから「人間の本質は暴力である」という定義を未だに変えていない。
この暴力の使い方こそ、その人間の本質、その人間の命そのものを表わしているのだという見方をしている。
つまり暴力という、少しでも力の使い方を間違えれば、いくらでも虚無に返っていく人間そのものの力は、常に使い方を考えなければいけないのです。
ただこの力を垂れ流しにし、その力が何を指し示すのかも考えないような輩は、あまり語っても楽しくないのです。
人と接し、人を愛し、自分の脆さを知っている人間ほど、別にこのことを意識せずとも自然と恐れが身についていて行動している。
その姿が美しいと思うし、その振舞いの中には必ず笑顔がある。
つまり「素的」なんです。
言葉で書くととても野暮ったく見える。
素的の語源も曖昧だ。
だから私は、その人間が使う言葉で人を見る。
「粋」なのか、どうか。
自らの暴力性を巧みに操っている人間かどうか、だ。
その試行錯誤の片鱗が垣間見える時、生き方の美しさを知ることになる。
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