阪神淡路大震災の時、正直言って遠い大阪のことは他人事だった。
テレビで横倒しになった高速道路や焼け野原となった民家を上空から映している映像。
それぐらいしか印象に残っていないだろうか。
なにせ、中学生。
行ったこともない遠い地への支援の方法など思いもつかなかったし、こちらでは変わらぬ毎日が続いていたので実感がなかった。
今朝、結構揺れた。
札幌でも震度4ほどあったそうだ。
東北地方太平洋沖地震が起こった時、次々と爆発する原子力発電所の映像と政府の発表を見ながら、この国の情報に対する危機感が非常にひねくれているということがすぐにわかり、テレビの前で思わず叫んでいた。
「こいつ、嘘をついているか、騙されているかのどちらかしかないよね」
今3ヶ月が経ち、自分のやるべきことに戻ってきているが、やはり自分にはお金や肩書きが必要で、今年当初の目標どおり動こうとしている。
私にはそれが最短距離のような気がしているから。
テレビをつけると、口だけ威勢が良くて、何も動かない石ころどもが喋っているような印象を受ける。
私よりはるかにできるエリート集団が、3ヶ月もまごついて、今は辞めろ辞めないなの、子供の痴話喧嘩を堂々と被災者の人々に映像を通じてお伝えしている。
その裏では自分の仕事は脅かされないであろうと高を括っている多くのエリート集団が、自分たちの立ち位置を磐石にするための算段を常に練りこんでいる。
そしてあるものは真面目に働いているにもかかわらず、あるものは政治屋をそそのかして以前の蜜月状態に戻そうと画策している。
そういうことが、テレビのプロパガンダを見ていると思う。
一体どこへ誘導しようとしているのか。
西日本の人たちにとって、東北は身近だろうか。
当時の私のように少しずつ他人事になっている人たちもいるのではないだろうか。
報道は非常にロングランで報道を通して国民に情報を刷り込んでいく。
1ヶ月や2ヶ月の範囲ではない。
3年や5年という長い長い時間をかけて、徐々に情報を植えつけていく。
震災後、東北を助けようという国民が非常に多かった。
そしてその団結力は5年以上続くだろうか。
続かなければ、元の世界に戻る。
当然、東北の人たちは変わる。
だが、変わるだけでは、また中央からの巻き返しを食らうかもしれない。
震災前の状態に戻そうとする人たちと、震災後の新しい世界を作ろうとする人たち。
これからは必ずこの2つの勢力の見えない戦いになっていく。
この国は変わらなければいけないという意識。
少なくともこの中央の状態が続けば、私たちの地域だけでも中央に頼らない強いコミュニティーを形成しなければならないのだ、という意識はもっともっと高まってくることだろうと思う。
助けてもらった人たちに感謝の気持ちをもって、自分たちが生きていくということとは一体何なのかを強く意識して再生していくだろう。
これが、人情を持つ人間の心理だと思う。
それに対して、と言いたくなるところだが、そんなことはだんだん誰も期待しなくなるだろう。
日本人はあらゆる先入観を植え付けられてきた。
あらゆる専門化によって「こうすれば幸福になりますよ」と吹き込まれてきた。
おそらく東北の人たちは悟るだろう。
日本人が懸命に信じてきたことを、そこまで妄信しなくてはよいのではないか、と。
いまだ絶望的な気持ちで過ごしている人たちも中にはいるだろう。
しかしその反面、苦しい現実を背負い、死んだ人たちの分まで生きていかなければ、助けてもらった人たちに対して面目が経たない、という強い魂の震えをもって、これからの復興に臨んでいく人も少なくはないことだろうと思う。
人は無力ではない。
命の力は、東北の地で漁火のように燃えている。
その火が、どんな世界を呼んでくるのか、それは中央の人にはわからない。
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