久しぶりに顔を出した店があって、帰り際に一人なじみの店員がいなかったからマスターに聞いてみた。
「今日は休みなの?」
と聞くと、
「ドロンしましたよ」
と答えた。
「この業界じゃ、結構ドロンする人多いんすよ」
少なくとも2、3年以上は働いていたはずだけれど、何も言わずに消えるほどの重大な事情でもあったのだろうかと思ったが、マスターは、
「結局何も言わずにさっと消えちゃうなんて、結局その程度のやつなんすよ」
と言う。
「何かあったんだろうか?」
「いや、俺には関係ないっす。いずれにせよ社会人として最低でしょ」
「まあ、そりゃあそうだけどね・・・」
消えた人は、子供もいる、奥さんもいる、それなりに責任を背負わなければならないのに、いきなり消えたというのがいまいち納得できなかった。
だけれど、消えた理由は本人しか知らない。
帰り際、マスターの「結局その程度のやつ」っていうフレーズが妙に自分の頭に残った。
自分に言われているような気がした。
「結局その程度のやつ」というレベルから自分が卒業できるのは、いつになることだろう。
消えた人は、何かを隠していると時々思った。
胸のうちに何か人に話せない事情をモロに隠し持っているような印象を受けた。
それを、ただの元気や勢いだけでごまかしているように見えた。
ただの勘ぐりすぎかもしれないけれど、結局は数年も世話になったマスターやバーを裏切る形となったことは、卑劣と言ってもいいほどだと思う。
会社のような組織じゃなく、マスターとその人でやっていたのだから、喧嘩するなり何するなり、何でもいいから一言言うべきだとは思う。
他人事だが、関係ないことだが、家族まで放棄してないだろうかと、少し心配になる。
しっかりどこかで生きていればいいのだけれど。
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