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07/07

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2011

児童ポルノの一斉摘発

前にHP運営していた時に掲示板を設置していて、そこに業者がここぞとばかりエッチな画像を貼り付けて出会い系サイトのURLを貼り付けていった。
もうそのHPも使っていなかったので放置してずっと見ていたけれど、結構しつこい。

児童ポルノを所持している人を検挙したみたいだけど、不思議なのはどうして所持している人を逮捕して、製造者を叩かないのだろう。
持っている人よりも作っている人のほうが確実に犯罪だと思うのだが。

例えば所持って掲示板に貼り付けられるとか、メールで送りつけられる。
そして画像保存、及びプログラムによる自動保存など、こういうのも「所持」になるのかな。
今回は公衆送信が対象みたいだけど、将来はどうなるかわからない。

ちょっと前の映画で「マイノリティ・リポート」という映画があった。
トム・クルーズが「犯罪予防局」のエリート職員。
この「犯罪予防局」はプリコグと呼ばれる「予知能力者」によって予知された未来の犯罪を未然に防ぐという目的がある。
それでプリコグは「ほとんど」予知を外さない。

ここで一番問題になるのは「実際にはまだ行われていないが、未来には確実に起こるであろう犯罪を取り締まる」というのが問題になった。
つまり「1%でも外れてたら冤罪じゃないのか」ということだ。
もっと言えば「実行されてない犯罪は刑罰の対象に成りえるか」ということ。
当然「実行」というのは「物理行使」のことを言う。

映画の世界では犯罪はほぼ撲滅され平和な世界が築かれていた。
しかしそこに捜査員のコリン・ファレルが調べに来る。
「システムは完璧だとしても、いつも間違うのは人だ」と。
常にシステムは運用者によって歪められていく。
これは絶対的な優位性を持つ限り避けられないことだ。
なぜなら、人間は欲望の生き物であって、自分のよかれと思うものが実現される状況にあれば際限なく行っていこうとするものだから。

ところで、いつから社会は人の精神にまで踏み込んで規制するようになったのだろう。
欲望の制御は非常に難しく、江戸時代にも春画の規制があったそうな。
でも庶民の間では相変わらず流行った。
規制をしても、結局は地下に潜るだけで、見た目上の対処ができるだけで事実上は何一つ変わらない。

私は常々思うことがある。
例えばナイフを持ったとしても殺意を持ったものが全員殺人を行うわけではない。
例えば児童ポルノを見た人が全員興味を持つわけではない。
むしろこれらのことは逆に嫌悪感を持つ人のほうが多い。
殺人を行う人は人の大事さを見失った人だし、児童ポルノを持つ人は精神的に幼さやもしくは青少年時代に戻りたい願望を強く持っているのかもしれない。
いくら規制しようと、これらの人はゼロになることはない。
殺人への快感を持った人を矯正するのは難しいし、やはり児童ポルノへの性的興奮を持った人を矯正するのは難しいと私は思う。
だからこそ、この手の規制を強化するよりも大事なのは、この手の人間を作らないための人間への寛容さなのではないかと思う。

小説を書いていてよく思う。
人間の自然な心理として、自分の行動や思いの邪魔をする壁は、できることなら排除したい。
やられる方は、その壁が狭まれば狭まるほどストレスは溜まり、最後にはなんらかの過剰な行動に出る。
何度となく繰り返され、歴史的データが溜まり検証作業へと入っていく。
データだけ見ていると、見失うものがたくさんある。
犯罪数は減っていても、犯罪を起こすような鬱憤を持った人は倍以上に増えているとかね。

頭の中だけで考えると、社会は真っ白になることができるのだ、これこそ理想の社会。
などと思い浮かべることが可能だが現実の人間は限りなくグレーだ。
真っ黒にもなれないし真っ白にもなれない。
真っ白になれる人は稀だし、当然真っ黒も稀だ。
世の中がマザー・テレサであふれ返ったことはないし、切り裂きジャックであふれ返ったこともない。
欲望にぐらんぐらんと揺さぶられ、どうしようもなく自分を制御できずに盲目的になることも珍しくない。
健全な社会とは、自他のグレーさを肝要に受け止め、「予防」という観点を、憎しみや怒りや欲望によってではなく、「教育」そのものに置くべきではないのかと思う。

私はこれから先、児童ポルノを好む人は増えると思うところがある。
というのは、詳しく見ているわけではないが、どうにも「大人の女性と対等に付き合えず、年下の制御しやすい子を特に好む」というのは少々精神的に幼いものがある。
精神的な幼さは人と人との多様性を知らないか学んでないか拒否しているところがある。
都市化が進むにつれて自分と関わる人間を制御できるようになってくるだろうから、おそらく精神が練磨されないまま大人になっていく。
なので、増えるのではないかなと思っている。

昔の話で校長先生にずっと世話になっていてお風呂に入ったりしてじっとしているだけでいいと体を洗われたり着替えをさせられたりと、肉体関係は一切無しで大事にされたという話を聞いたことがあるが、ここまでいくと性的嗜好よりも美術品扱いに近いものを感じる。
まあ、そういう人も世の中にはいるのですな。

憎しみを持っても殺さない。
児童ポルノを見ても別に興奮しない。
そういう大人を育てる社会が一番健全ですよ。

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プロフィール

HN:
あさかぜ(光野朝風)
年齢:
45
性別:
男性
誕生日:
1979/06/25
自己紹介:
ひかりのあさかぜ(光野朝風)と読みますが光野(こうや)とか朝風(=はやぶさ)でもよろしゅうございます。
めんどくさがりやの自称作家。落ち着きなく感情的でガラスのハートを持っておるところでございます。大変遺憾でございます。

ブログは感情のメモ帳としても使っております。よく加筆修正します。自分でも困るほどの「皮肉屋」で「天邪鬼」。つまり「曲者」です。

2011年より声劇ギルド「ZeroKelvin」主催しております。
声でのドラマを通して様々な表現方法を模索しています。
生放送などもニコニコ動画でしておりますので、ご興味のある方はぜひこちらへ。
http://com.nicovideo.jp/community/co2011708

自己プロファイリング:
かに座の性質を大きく受け継いでいるせいか基本は「防御型」人間。自己犠牲型。他人の役に立つことに最も生きがいを覚える。進む時は必ず後退時条件、及び補給線を確保する。ゆえに博打を打つことはまずない。占星術では2つの星の影響を強く受けている。芸術、特に文筆系分野に関する影響が強い。冗談か本気かわからない発言多し。気弱ゆえに大言壮語多し。不安の裏返し。広言して自らを追い詰めてやるタイプ。

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