今日朝の番組で褒めると脳の回路が強化されるというのをやっていた。
脳卒中でのリハビリに一番効果のある行動は?という内容で「褒める」があったのですが、具体的に褒め、そしてタイミングよく褒めるというのが大事みたいです。
言うなれば今やった行動を具体的に褒める、後回しにしない。
私あんまり褒められたことがなく・・・というか褒められてもお世辞なんじゃないかって疑ったり、素直に信用できなかったり、はい、人間不信ですね。
まあそんなものを根底に持っていると、褒めてほしいやら、本当に大事なところで励まして欲しいやら、でもお世辞はいらないやら、この人の言葉はただのリップサービスなんじゃないかやらで、ひねくれまくりの人間ができあがるのですが、ひねくれまくりながらも自分で精神の上下をカバーするのに自分で褒めたり酒飲んで誤魔化したりしてます。
こういう生活してたら、正直死ぬかも、なんて思うのですが、この脆さが執筆にも役に立っているので、なかなか一般の人に単純明快に心理状況を説明するのは難しいと思っております。
そんなわけのわからない私でも「褒められて伸びる」は「ああ!」と膝を打つところがありまして、今でも時折怒号のような否定のようなものが脳の奥で勝手に聞こえてくることがあるのですが、実際褒められ慣れてないと「けなして落として、そこから這い上がってきたやつが本物」みたく勘違いする傾向がありまして、自分が辿ってきたような道を他人にも強制するのですな。
エジソンはひたすら母親に褒められてきたという逸話が残っているのは結構有名でして、やっぱり褒められてぐんぐん伸びるタイプもいれば、崖を這い上がり叩き上げでのし上がってきたみたいな人もいるわけで、どちらかといえば人に優しい伸ばし方は「タイミングよく褒める」方に明らかに軍配があがるのではないかと思うのです。
でもひとつ問題として「褒めるタイミングを間違える」とか「全然具体性がない」っていうのは、「勘違いの元」を生むところは注意が必要。
ということは、育てる側にも「育てるだけの技術・能力・見識」が必要になってくるのは言うに及ばず、よくできた上司とはけなして伸ばすのではなく、ここぞという時に褒めるのが上手い、という人間を指すのではないかと思うのです。
特に子育てに大事なことは、否定するよりも褒めることを増やすことだと思うのですよ。
褒めるというのは、肯定するということではありませんよね、もちろん。
肯定するというのはだめな所も認めちゃうことで、具体的に褒めるのはちょっとした注意も入れて「もっとやればいけるじゃない!」と励ましを与える意味でも、とっても重要になります。
だいたい大人になったら「大人の社会は厳しいから」という扱いを受け、その社会生活の経験を誰かまわず押し付けてしまいがちですが、良いところを見つけて褒めるという行為はまさに「ありがとうの輪」のごとく、よいものを広げていくんじゃないかと、とても綺麗な可能性を見つけた今日は、自分のこれまでの見方や姿勢を改めて反省する上でも、とても参考になりました。
ありがとう。よかった。
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