昔、ツイッターでフォローしていた人で、随分と論理にこだわる人がいた。
矛盾点を見つけては指摘して、結構喧嘩を吹っかけていた印象がある。
それを何度も繰り返すので、「お前は何と戦ってるんだ」という気持ちすら持ち、フォローを外してしまった。
確か、司馬遼太郎が議論は名誉を奪うみたいなこと書いてたような、と探していたらあった。
「竜馬がゆく」の中で書いている。
「坂本竜馬は議論しない。議論などは、よほど重大なときでないかぎりしてはならぬといいきかせている。もし議論に勝ったところで相手の名誉を奪うだけのことである。通常、人間は議論に負けても自分の所論や生き方は変えぬ生きものだし、負けたあと持つのは負けた恨みだけである」
ここまで達観できればいいのだけれど、とてもじゃないけれど自分はその域までにはいかない。
ツイッターではくだらぬことを言い続けている。
自分の言葉がまだ力を持っていないのは、人間というものがわかってないからだと痛感する。
さて、余計なことを言ったが、そのフォローを外した論理思考の人、やっぱり人を怒らせていた。
私も凄く違和感を持って見ていたのだけれど、その人は人の気持ちを無視して「論理」というルールの中だけで議論を進めていた。
プログラマーらしいので、きっと「論理的欠陥」は「バグ」のようなものなのかなとも感じられた。
私は論理的思考をする人の中で、論理そのものの欠点を指摘する人を見たことがない。
その方法は言葉の意味や、思考としての結論を導き出すには有効な手段なのだが、人の気持ちを限定するには危なすぎる。
本人にはそのつもりはなくとも、やられているほうは気持ちが誘導されていると不愉快な気分になるのだ。
プログラマーの人は、その事象について結論を導き出したい。
やられている方は自分がそれを信じている根拠を導き出したい。
そんなのが多かった。
だから、やっぱりどこかずれるのだ。
通常、人の話を聞くときは、たくさんの情報を相手から仕入れる。
そして仮定をして意味を決定させ、次へとうつる。
でも、あまりにもガチガチに意味を限定してしまうと、「戻り」がきかなくなる。
ABCDと順番にブロックが重なっていったとして、次のBに移るとき、似たようなBがいっぱいあって、どれかを選び取らなければいけないとする。
その時ルールに従って、このBですと決めてしまったとき、次の選択できるCが相手が思っていないようなものしか揃ってない、なんてことはよくある。
つまり分岐点で一度間違えてしまうと、相手にとっては袋小路になってしまって、ついには切れるしかないという状況が生まれることはよくあります。
何故って例えばFまで進んでしまったとき、「あれ、おかしいな? 違うんだけどな、どうしてこうなっちゃった」なんて考えて「やっぱり違います」と言おうものなら、「じゃあどうしてAと言ったんだ」「どうしてBと言ったんだ」「どうしてCと・・・」となってしまったら「戻れない」ですよね。
論理は意味を限定して次へと進んでいく作業です。
しかも、「心」まで絡んでしまうと、慎重にやらなければいけないものを、ルールに従って進めてしまうのです。
だから論理にはどうしても人間そのものに対応できない欠点があるんですね。
やっぱり、人には心があって、言葉は道具でしか過ぎないから。
私も頭ではわかっているつもりですが、何分癖が酷くて抜けない。
ちょっとまって、それおかしいんじゃないの、ってことを突っつきたくなる。
自分だってやっているかもしれないし、人のことよく見てわかりますが、絶対自分もやってることを堂々と指摘できたりしてしまうんです。
論理で指摘するとたいそうな矛盾が浮かび上がります。
人は結構単純です。
やめて欲しいことをやられると怒るか傷つくかしてしまいます。
して欲しいことをされると、やっぱり嬉しいし気持ちがいいです。
そんなもんなんです。
特に恐ろしいのは思考を掘り下げていくことで、実は下だと思っている人たちに焦点を当てているうちに、どんどんその人たちの思考にはまり、結局自分も同じ穴のムジナになって批判を繰り返している、なんてこともありがちなのです。
これが一番怖い。
つまり、こうなってしまうと「類は友を呼ぶ」状態になり、次から次へと似たような人がご丁寧に力を溜めに溜めていらっしゃってくれます。
当人にとっては迷惑なお話でしょうが、「お友達」なのですからしょうがない。
もはや入れ食い状態。
自分が止めない限り出玉が止まらない大フィーバーになります。
本人はそれに気がつかないんですよね。不思議と。
だってテーブルの上に築き上げた自分の成果のようなものを、テーブルごとひっくり返すっていうのは、なかなかできることではないんです。
だからドツボにはまる。
私もこう書いていながら、ドツボにはまる一人です。
人の気持ちをうまく誘導して、いいところへ最終的には持っていきたいものの、ほとんど失敗ばかり。
道のりは長いようです。
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