何も始まってはいなかった。
故に全てが刹那に終わり、始まっていた。
何かが何かを発する瞬間に始まり、誰も見ることなく聞くことなくひっそりと終わるように、始まっていた。
区切りの中で極みを見出そうとしていた狂人は死んだ。
「ああ!どこが終わりでどこが始まりなんだ!」
その人は多くの人にとって都合の良いことを描いて示すことが売れることなのだと思い込んでいた。
故に感覚を遮断しようと逃げていた。
ある占い師の前で言われた。
「最も人であらんとするそれを捨て去るのか、愚か者よ。お前への暗示は死神の逆位置。こころせよ。お前の試練はそれからだ」
その人は机を叩いてウォッカを煽った。
「くそったれ!死に散らすか殺すか、この気持ちをどうしてくれる!」
顔を引き裂いて霧にしようとしたが、醜くただれるだけだった。
その様子を知ってか、またある占い師に告げられた。
「お前は生きることから逃げているだけだ。逃げるだけ逃げるがいい。それがお前の運命ならば」
誰かを殺すにはその人は気弱すぎた。
ナイフをやたらに振り回したい衝動を抑えることに意味はあるのか、塀の中の方が安らかに過ごせるのではないか。
占い師は言った。
「孤独で弱い人間よ。お前はお前の中に潜む悪と決別できぬのか。その勇気のなさがお前の長所でもあり、致命的とも言える短所よな」
その人は大人しくなり、うなだれながら占い師を訪ねた。
何度訪ねたことだろう。
その人は鏡を見ることなく過ごせる人間はいるのかと疑問を持つほどに社会の中で鎖に繋がれて生きていた。
占い師は言った。
「人は己の感覚が世界の全てだと錯覚しがちだ。それを避けるために多くの人と関わって生きているのだ。受け入れられないもの、受け入れすぎて壊れるもの、様々いる。お前はどちらにもつかず離れず、中庸を目指さなければならない。宿命に準じて自らの命をまっとうし、運命の終着点を目指すためにお前は誰よりも深いところへ行き、暗闇を見、そして誰よりも高いところへ行き、光を受け止めなければいけない。そしてお前は発狂してはならんのだ。人の感覚の限界を目指して、近づこうとも、心を壊してはならぬ。隠者であれ、愚者であれ。お前の試練はまだこれからだ。何も始まってはいないのだ」
占い師の言葉にその人ははにかんだ。
「あんた、なんでもお見通しだな。わかったよ。そうしなければいけないんだろ。なら運命に従うさ」
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