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あさかぜさんは見た

リクエスト何かあれば「comment」に書いてください。「note」「Paboo」で小説作品読めます。

11/25

Mon

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08/20

Thu

2009

「奥山貴宏って知ってる?」

と、聞かれて「知らない。誰?」と言うと、有名なライターで33歳で癌によりこの世を去った人だと言う。
聞いてきた人は、今私が何をやろうとしていて、どんなものを書いているのかよく知っている。

「もし、100歳まで生きれて、それまで一切小説が出ずに健康に生きられるのと、すぐ死ぬけど作品が世に出るのとどっちがいい?」

考えるまでもなく、すぐ死ぬほうを選ぶと答えた。

商業作家でもない限り、作家をやろう、作品を作ろうという気持ちの中には、使命感がある。
それは前にも書いたけれど、ある意味勘違いかもしれないし、自惚れかもしれないし、いずれにせよ、社会に対するあるメッセージを抱え、それを伝えられるのは自分しかいないのではないかという気持ちがどこかにある。
その上で作家としての名声や、金、それがあると作家活動がしやすくなる。
社会に対する鋭い疑問点や、まったく誰も見ないような側面から人間を捉えて、こういう一面もあるのではないですか?そうなった時どうするんですか?どう思いますか?
作家は常に読者に投げかけを求めていて、発信しようと試みている。
そのうえで対人でうぬぼれがあるとしたら、もう作家としての使命は果たしづらい。

そして何よりも時期がある。
この時期に考えておかなければ、次が続かない。
それは思春期のある時点であったり、10年ごとの節目であるかもしれない。
本当によい作品とは、読者と一緒に苦悩し、読者以上に自らを痛めつけている。
練磨、研磨。
よい輝きを放つには傷をつけなければいけないのは当たり前のこと。
ゆえに発信者であると同時に自己破壊者でもある。

次を書く気がない。
同じものしか作れない。
取材もしないようなやつを軽々と先生なんて祭り上げるようなこのご時勢。
ヤクザ家業みたいな出版社。
正統派を残していけないのは、本当に人間への直観力が優れている才能を文学賞で拾えないから。
いずれは国語問題にも発展していく大事なことなのにね。

よく作家のことで「人間性」を取り上げる人がいるけれど、残念ながら人と違って突出した部分のある人間ってたいていは「おかしい」と思われるタイプが多い。
人と目線が同じであるという「公共性」の感覚はとても大事だけれど、それは作品で出ていればいい。

作家をやっていくということは、ライターとは違う。
作家であるということは、破壊者でなければいけない。
使命感のないやつに金を与えたって、自分のためにしか使わないだろ。

奥山貴宏という人は、ほぼ死の直前にライターから小説家として作家デビューしたそうだ。
私がその友達に今自分が持っている作家としての価値観を言うと「その人もそう書いていた」と言った。

今生きていれば40歳くらいだそうだ。
どんなことになっても、私は最後まで書いているかもしれないなと思う。

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08/06

Thu

2009

認めたくないもの

本当に滅びて欲しくない大事な文化があるのなら、金を払うべき。
じゃなければ、いずれ自分の認めたくないものが多くはびこって、最終的には古いものは破壊されていく。

自分で作っていけるのならまだしも、それができないのなら、守るべき行動と資金源を確保して、あらゆる意味で投資していかなければいけない。

…って、思う。

アンチ携帯小説のコミュを見ているけれど、本当にああいう小説はおかしいと思うし、官能小説にフィルターがかかって、彼らの際どい、もしくは度が過ぎた内容に規制がかからないのは、正直言っておかしいし、狂ってる。
やりたい放題の下劣な御伽噺。

でも本音としてはおいしい話なんだよ?
少ない文字数で文学よりも稚拙で推敲や一文にかける労力も少なくていい。
いわば職人技術が必要だったものが、技術度外視で、片手間でできて、売れれば数百万以上が手に入る。

真面目に小説作ったり文学をするには、本当にお金がかかる。
どうしてお金がかかるか。

人生経験で書ける小説なんていうのはせいぜい生涯に二三本だと思う。
本物の小説家はジャンルも経験もしたこともないことを書けないと役に立たない。

当然、題材にする対象を取材しなければ「文学」と呼べるレベルまで描写が緻密にならない。
その取材費の中には「資料費」「滞在費」「移動費」「生活費」その他もろもろの税金など、様々な費用がかかってくる。
また意外に多くなるのが「交際費」。
これは大きい。
飲み屋で話を聞く、誰かに付き合う、現場にある程度密着したことをやるには「遊んでいる」ような金も必要になる。

話を聞くだけじゃ、空気までは描写できないよ。
必要ないと言われればそれまでだし、そこまで求めなくてもある程度話だけで小説は何とかなる部分がある。

悲しいけれど金がないとある程度本格的なものはできないよ。
その金が稼げるところに人が流れていくのは「業」だ。

文学というものから若い世代が離れているのには、教育や環境もあると思う。
それは証明ができないほど間接的な要因も含まれているだろうけれど、残念ながら責任の一端は社会を構成している我々にもある。

例えば携帯小説が嫌い。
だったら、文学がどれだけ面白いのか日夜伝えているのか。
文学が廃れないように、なんらかの行動はしているのか。
批判は大事かもしれないけれど批判だけじゃどうにもならないよ。
この世の中。
大きな流れは少数の人間じゃ止められない。

我々のような名前も売れない雑魚は「ダメなもの」に加担するしかなくなってくる。
認めたくなくても、もう現実がそこにあるじゃないか。



P.S.
現在現役女子学生の友達の携帯小説を読んでいますが、なんとなく理解できたのは、携帯小説は「読み物」として成功したのではなく、「コミュニケーションツール」として成功したのではないでしょうか。
誰もが書き手になれる。自分の都合のいい話を書いて、まさに彼女らの「したい!」「きゅんとする!」「悲しい!」そういう気持ちを共有しながら、自分が置かれている様々な環境について話し合うきっかけができる。
そういう役割が大きいように思いました。
そして直接的に自分のことを話さなくても、自分が誰にも打ち明けられない感情を何かの力を借りて誰かに間接的に言う。
このようなコミュニケーションとしてのツールとして成り立っている。
じゃあ、現在の文学について「何が危機なのか」という問いの答えが少々変わってくるように思います。
文学の力が失いつつあるひとつの原因として「人と人を繋げる力が弱くなっている」ということが、ひとつ上げられてくると思います。
当然従来言われていたように、日本語、言葉力の弱体化は言えると思いますが、上記の原因を挙げると、現在の学生は何かをきっかけにして本音の連帯感やコミュニケーションをするという安心感を得たいのだと推測でき、その裏には「孤独感」があるのではと推測できるわけです。
人を描くということは、当然人間社会が抱えている潜在的、表面的問題が自然にあぶりだされてきます。
人間らしい人間が描写されているということは、個人、社会への投げかけとほぼイコールになります。
しかし、ただの「お話」を書いてしまえば、その力は薄れます。
プロの作家でさえ、商業的で安易な話を量産するのですから、御伽噺を書いているという点においては中高生となんら変わらないわけです。
そして、携帯小説よりもコミュニケーション機能が弱いとなれば、惨敗していると言ってもよいくらいです。
人間は心理的に大きく行動が左右されます。
ちょっとしたことでも気分が変わり、行動が変わり、そしてそのちょっとした変化が大きな分岐点になることもあります。
「お話」というのは、これらの複雑多岐な可能性と要因をほとんど無視して、作者の思い通りにことを運ぶ読み物であります。
小説における作品が無限の情報を持っているということも、この幾百万あるかわからない分岐点や可能性の示唆であると思います。
ご都合主義の携帯小説に、ご都合主義の出版社。
金の流れるところに業ありき。
欲望を満たそうとする互いの感情で成り立っている側面もありますが、変えたいのなら、文句を言う前にもっと関っていかなければいけないのではと感じました。
そうでなければ、余計にひどくなるからね。
想像力のない人間は、必ず貧しい発想で人を不幸にする。
正統派では、到底生きていけない時代になってしまったのです。

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08/01

Sat

2009

バーにプレゼントしたその3

「ナイフの矛先」

 則光は二日続けて妙な夢を見た。
 一日目の夢はナイフを逆手に持ち、左手を突き刺していた夢。
 二日目の夢は目の前の男がナイフを持って、今にも刺そうと殺気立っている夢だった。
 夢の中では痛みは感じない。起き上がっても、自分の部屋だということがわかって、冷静でいられたが、さすがに二日続けてはいい感じがしない。
 クラブの仕事を終えて、ノワールに深夜二時ごろ着く。
「ノリさん昨日どうだったんですか?」
 色々なことに鎌をかけて聞いてくる今城を軽くいなしながら厨房に入り、左手を見つめ、それから右手を見つめる。
「ノリさん何やってるんすか?」
 今城が不思議そうな顔をして聞いてくるが、自分でも何をしているんだろうと則光は感じ、心の中に落ちている妙な意識を振り払って言う。
「今日はビールでも飲みたいな」
「いや、それいつもっすから」
 そう言って、へっへっへ、と今城が笑う。
 グラスにビールをついで、お客のいない店内でカウンターに座り、ビールを飲む。
 二日目の夢の男の瞳が頭をよぎり、則光は頭の後ろを左手で二度叩く。
 そういえば、夢の中の男が言っていた。
「てめえ!かっさばいてやる!」
 魚じゃねえんだよ、と則光は思ってビールにまた口をつけた。
 夢の中の男の目が忘れられない。妙な親近感があった。昔、あんな目をしていたような気がする、と感じた。
 さばく。夢の中の男が言ったのも、則光が料理人として素材をさばくことも、どちらも命を扱う。
「ルビーの指輪聞きてえな」
 則光が言うと、「好きっすね」と今城がかける。
 曲が流れ、寺尾聰の声で歌詞が流れてくる。
「これ、ホントかっこいいよな」
 歌詞を聴きながら則光は昔のことを思い出していた。
 腕を思う存分ふるいたい。ふるえる環境にいたい。常に則光の心にはその衝動が渦巻いている。
 エレベーターの音が鳴り、客が入ってくる。
 いつもの女性の常連客だった。
「いらっしゃい」
 則光が気がついて声をかける。
 女性客は袋の中からパイナップルを出してきて、「もらいものだけど、一人で食べきれないからあげる」とカウンターに置いた。
「これうまくカッティングしてやるか?」
 パイナップルを見て、体がうずいてきた則光は、思わず言った。料理人としての仕事をしたい。
「うん。お願い」
 女性客の言葉に「まかしとけ」とパイナップルを持って厨房に入る。
 ナイフを手に持ったとき、いつもは感じない妙な感触が走る。夢の中の男の目を思い出す。嫌な夢を見たものだと思った。
 パイナップルを、さばく。ナイフの使い方ひとつで、人を喜ばせることができる。ナイフをパイナップルに巧みに入れていく。果肉を彫刻でも彫るようにして切り分け、形を整える。水がうねるような感じをイメージして皮を細長く伸ばして軽く巻きながら皿の周りをセッティングする。果肉は細長く切ったものと長方形に切ったものを飾っていく。花火のように、水のしぶきのように。巻いた皮の中から細長い果肉が出ていたり、皮の周りに長方形に切ったものをしぶきをイメージして重ねていく。
 ようやく完成したものを女性客に出す。
 女性客よりも先に今城が叫ぶ。
「うお!ノリさんすげー!これどうやったんすか?」
 女性客も「すごーい」と感動している。
「簡単だってこんなの」
 目の前で喜んで褒めてくれると、則光も少し恥ずかしくなってきて「ビール飲むわ」とグラスに注いで飲んだ。必死の照れ隠しだ。
 ビールを口にしながらふと左手を見る。もちろんなんともない。今度は妙な違和感があった右手を見る。両手とも人を喜ばすためにある手だ。大事に使わなければいけない。
 夢の中の男を則光は思った。
 孤独な目をしていた。もう一度会ったらなんて言うんだ。「お腹すいてないか?なんかおいしいもん作っちゃる」なんて言うのだろうか。ガラじゃねえな、と則光は思っていた。
「ノリさんってちゃんと料理人だったんだね」
 女性客の突っ込みに「最初からそうだっての」とおどけて答える則光は笑みを少し隠しながらビールを飲んだ。
 腕を見せる。喜んでもらう。張り合いがなくちゃあな。
 そう思う則光が握るナイフの矛先には、いつも幸せがある。

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08/01

Sat

2009

バーにプレゼントしたその2

「想い出の色」

「いらっしゃいませ!」
 今城とは違ったシャキリとした元気のよい声がノワールの店内に響く。
 常連の男性客は「新しく入った子か」と声をかけると「桜庭って言うんです。ラバって呼んでください。よろしくお願いします」と返す。
 長髪をピタリと分けて後ろで止め、あごひげを生やしているその風貌は、いつも実年齢よりも上に見られるが、若々しい目はいつも輝いているようだ。
「お兄さんいくつなの?」
「当ててみてください」
 初めて相手するお客でもしり込みせずに明るく話し込める好印象の青年は、入店間もないにも関らずハキハキと動く。
「使える男ですよ」
 今城はとある客に耳打ちしていた。
 まだシェイカーは満足に振れないにしろ、すぐに慣れるだろう。
 店内が深夜帯になると、すっとにぎわいを潜ませる。
 今日はこれから暇になるかな、と今城が思い始めた頃、エレベーターから足をもつれさせながら女性客が入ってきた。
 黒のドレスにバッグを提げただけの服装で、だいぶ酔っ払っているようだった。
「ああ、こういうみせなんだねー、あー、ねー、ウィスキーある?ヘネシーちょうだーい」
 頼みながらもカウンターに倒れこむようにして突っ伏す。
 ヘネシーはブランデーだ。出していいのだろうかと、今城は確認する。
「ヘネシーでいいですか?」
「うーん。はやくー」
 ここまで深酔いしている客が入ってくるのも珍しい。桜庭はカウンターに倒れこんでいる女性客にそっと水を置いておいた。
「あっ」と、女性客が突っ伏したまま言う。
「あれ、ゼリービーンズでしょ。あれ食べたいな」
 ガラス瓶の中に入っているカラフルな豆状のゼリーを指差した。いつもは店内に置いていないが、お客が「もらったけど、食べないから」ということで持ってきたものを瓶に入れていた。
「犬飼ってたんだー。あそこの看板のやつ。黒ラブラドールでしょ」
「そうです。前の相方が飼ってた犬なんですよね」
 今城が答えると「ふーん」と見向きもせずに言った。このままいったら吐くか寝るかのどちらかではないのかと思った。
 桜庭は心配そうに女性客を見守っている。
 今城がゼリービーンズをカクテルグラスに入れて出すと、女性客は黄色だけを選んで二三個口へと運んだ。
 出されたヘネシーは手付かずで、水をちびりちびり飲んでいる。水を一杯飲みきったところで水のおかわりを要求した。
 桜庭がよく冷えた水をもう一度出すと、女性客がふらりふらりとゆれながら桜庭をじっと見てくる。
 何かあるのだろうか、話しかけなければいけないだろうなと思った矢先、「どっかで…」と女性が口走った。
「はい?」
 予期しなかった言葉に、少々桜庭は戸惑った。女性はより見つめてくる。桜庭はニコリとするのが精一杯だ。
「あ、わかった!桜庭くんだ!」
 言われた桜庭は「え?」と驚く。タバコに火をつけようとしていた今城は二人を交互に見る。
「あー、わかんないよね。クラス三つ離れてたし。うわー、老けたよねーって、ひげと髪型のせいか」
 「もしかして」と桜庭が通っていた中学の名前を告げると「そうだよ。懐かしいね。こんなところで会うとは思わなかった」と言ったが、桜庭はまったく誰かわからなかった。
「私のこと誰だかわからないよね。一度も話したことないしさー。会いたかったけど、卒業しちゃったら会えないもんねー。十年越しの恋だよー。あ、そんなに経ってないか。キャハハ、言っちゃった。片思いだしさー」
 こういうことってあるんだなと桜庭は思っていた。まくしたてるようにあの頃の様子をしゃべる目の前の女性に桜庭は驚くばかりだった。
「う、気持ち悪い。ちょっと桜庭くんついてきて」
 「あ、はい」と答える桜庭を今城はニヤニヤしながら見送る。
 奥のトイレにつくなり、洗面台に思いっきり女性は吐き出した。
 洗面台にやっちゃったよ、と思いながらも女性の背中をさする。
「今日は最低最悪の日だと思ってたけど、でも悪いことあるといいこともあるんだね。桜庭くんに会えたから。…ごめんね」
 何に対する謝罪なのだろう。吐いたことだろうか、酔って迷惑をかけたことだろうか、考えれば色々ある。しかし、桜庭は細かいことは気にしない。
「ちゃんと帰れる?大丈夫?今日はこれ以上飲まないで帰ったほうがいいよ」
 桜庭の精一杯の優しさだった。それ以上はどうしていいかもわからない。初めて出会った子に過去の恋の告白をされても戸惑うだけだ。
 トイレから肩を抱きながら出る。女性は桜庭にもたれるようにしていた。
「どうなるかなんてわからなかったよね。あの頃。こんな仕事しているなんて思わなかったしさ。これからどうなっちゃうんだろ」
 桜庭は黙っていた。しゃべりたかったが、酔っ払っているとはいえ、変な言葉が相手を傷つけるのが怖かった。
「楽しかったよ。一途な気持ちで純粋に悩んでた。そんなの、もう無理だもんね」
 結局頼んだヘネシーを一口飲んだだけで勘定を払った。
「タクシー下で呼んできてあげな」
 今城も気を利かせて、桜庭に言う。
 桜庭はもう満足に立っていることもできない女性客の肩を抱きながら下まで連れ添う。
「ちょっと、待っててね」
 桜庭は階段に女性を座らせてタクシーを呼びに行く。
 一人残された女性は誰にいうともなく「帰りたい…」とこぼした。
 帰る場所に、帰りたい。
それは安心できる家のような。女性は中学の頃の自分を思い出しながら口走ったのだった。
 桜庭が呼んできたタクシーに押し込むようにして女性を乗せようとする。その時「ありがとう」と女性は耳元で小さく言葉をもらした。
 桜庭は遠くなっていくタクシーの赤いテールライトを最後まで見守り、店へと戻った。
「なになにー!だれよー?片思い?いやーいいねー」
 店に戻ると今城が満面の笑みで話しかけてくる。この手の話は一度探りを入れないと気がすまない男だ。
「いや、本当に知らないんですよ。一度も話したことないし」
 とは言ったが、思い出せないだけかもしれないと桜庭は思っていた。
 カウンターを見ると、女性が残していったゼリービーンズがあった。
「これ、一個食べていいですか?」
 と聞いて、桜庭は赤いゼリービーンズを口に入れて噛んだ。
 素朴な甘さが口の中に広がる。
 懐かしい味、とでも言うのだろうか。懐かしみのある味。桜庭は何度も噛み締めながら飲み込んだ。
 カウンターの瓶から想い出の粒のような彩りでゼリービーンズが桜庭を見つめていた。あの頃は、いつも遠くて近い。

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08/01

Sat

2009

バーにプレゼントしたその1

「音の魔術師」

 その日は午後から重苦しい雨が降り続いていた。
 札幌にも夏が入り込み、大通公園ではビアガーデンが開かれているが、あいにくの大雨に客はほとんどいない。
「雨かー!やべえなー!」
 客一人いないバー・ノワールでは今城が窓から顔を出しながらアスファルトに落ちる無数の波紋を見下ろしていた。
 だいたい今城は一人になると、新しい曲をインターネットで探して店に流しながら、ネットサーフィンやメールの返信、人にはおおっぴらに言えない投資の情報をチェックしたりする。
 今日も白いノート型のアップルコンピューターが大活躍している。このパソコンがないと今城は店で孤独死するに違いないが、そうならないのは音楽があるからだ。
 ヒップホップを中心に流していく。数曲目が終わったところでエレベーターが三階に止まりカップルが降りてきた。
「いらっしゃいませ」
 ようやく一組目の客かと、ため息の出る気分だったがそう思ってもいられない。見たことのない新規の客だった。
 両方ともスーツ姿で、女性のほうが若干落ち着きがあり、男性のほうは女性に気を使うようにして座った。装いから単純に想像するに、会社帰りの上司・部下を思わせた。
 今城が注文を聞くと、女性はクーニャンを頼み、男性は「僕もそれで」と合わせた。
 酒を出すと女性は「おつかれさま」と言って、酒を飲み、男性は「はい、おつかれさまです」と女性が酒を飲むのを見てから、グラスをぐっと傾けた。
 酒を飲み始めると二人で話し出したので、今城はパソコンの前に座りながらネットサーフィンをすることにした。それでも耳はしっかりと客の話を捉えている抜け目なさで、今城の背中には鋭い目が光っている。
 店内にはアップテンポのヒップホップが流れている。
 女性は男性に対して、仕事の注意点や改善点を丁寧な口調で教えている。
「もっとあなたの仕事はよくなるはずだから」
 その言葉に対して、男性は女性の仕事ぶりに対して褒めちぎっている。
「憧れですよ。もっと先輩みたいに仕事できるようになりたいです」
「あなたもすぐ慣れるよ」
 互いに二杯目くらいまでは、仕事周辺の話が続いた。仕事周辺の話から徐々に同僚や知っている人間の男女の事情に話題が摩り替わってきた。男性は奥歯に物が挟まったように、何かを言いたそうにしていたのがわかった。先ほどからしきりと話題を男女のことに変えたがっていたからだ。
 今城は三杯目のカクテルを互いに出してから、あいかわらずそっけなくパソコンに向かっていた。
「ところで、先輩って、付き合っている人とかいるんですか?」
 今城は男性の言葉を聞き逃さなかった。カップルはパソコンに向かう今城の目が鋭く輝いたことを知らない。すぐに選曲をヒップホップから落ち着いたソウルにリストアップし直す。
 音楽一つで店内の雰囲気がガラリと変わる。一気に二人がムーディーな様子になるのを今城はパソコンの横にある小さな鏡で確認していた。
「付き合っている人か…今はいないかな…」
 しっとりとした口調で女性が答えると、「僕も、なんですよね…」と残りの杯を一気に空ける。
 男がカクテルを頼む。少しずつピッチが上がっているようだった。
 二人の間に流れる奇妙な沈黙も、今城セレクトのソウルが流れ込んで埋めていく。音にうるさい今城セレクトはいつも完璧に店を作っていく。
「あの、先輩ってどんな男の人が好みなんですか?」
「私は…頼りがいのある人かな…」
 男性にとっては少しきつい言葉だったかもしれない。女性の言葉を受けて少し沈黙していたが、女性が男性をすっと見て続けた。
「ちゃんと甘えてもいいくらいのね」
 女性の言葉を受けて、今城は内心後一押しだと思っていた。今城リストが脳内で曲を絞り込む。パソコンに落とされた指が滑りカーソールを曲の上に移動させる。
 ここはこのままソウルで甘く仕上げるか、意表をついてジャンルを変えるという手もある。このままソウルで流れを変えずに攻めたほうが男性の気持ちも乗るだろうと、とっておきのソウルを絞り込んでいた。
 夜のほろ酔い気分の甘い二人を彩る飛び切りの曲だ。選曲した後、今城は心の中で握りこぶしをしめて勝ち誇っていた。完璧だ。あとはこの雰囲気に乗せて男が決心すればいいだけだ。準備万端だぞ。
「あの…」
 男性が言葉を切り出す。背中を見せていたが、今城の意識はもう二人の会話に集中している。鏡に映る二人の姿が気になってしょうがない。
 女性が男性に振り向く。
「先輩、俺、前から先輩のこと好きだったんです」
 男性の告白を聞き今城は思った。よし!決まった!いい仕事をした!今城の心のヴォルテージは静かにマックスを超えていた。
 女性は静かに一呼吸息を吐き出す。
「あなたはまだ若いんだし、私よりももっといい人が見つかるよ。がんばって」
 事実上の告白失敗だった。今や引き立て役に流れる店内の甘いソウルも青く切ない。それから二人はずっと黙ってしまった。カクテルももう頼まないだろうと今城は思った。
 外の雨は降り止まずに街を濡らしている。告白に失敗した男性の心も今は涙に濡れているだろう。
「明日も仕事だし、もう帰ろうか」
 女性が切り出すと「そうですね」と切なげに男性は答えた。
「ありがとうございました」
 今城が二人をエレベーターまで見送る。その後、雨に濡れたガラス戸の外を見下ろすと、女性はタクシーに乗って帰っていった。男性はしばらくそこに突っ立っていたが、傘も差さずに街を歩き出した。
 酔わなければ言えないこともある。酔わずに言えたらと思うこともたくさんある。店内を流れる今城が選んだ曲は、今日も酒の隙間を縫って店内を魔法のように彩っている。

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プロフィール

HN:
あさかぜ(光野朝風)
年齢:
45
性別:
男性
誕生日:
1979/06/25
自己紹介:
ひかりのあさかぜ(光野朝風)と読みますが光野(こうや)とか朝風(=はやぶさ)でもよろしゅうございます。
めんどくさがりやの自称作家。落ち着きなく感情的でガラスのハートを持っておるところでございます。大変遺憾でございます。

ブログは感情のメモ帳としても使っております。よく加筆修正します。自分でも困るほどの「皮肉屋」で「天邪鬼」。つまり「曲者」です。

2011年より声劇ギルド「ZeroKelvin」主催しております。
声でのドラマを通して様々な表現方法を模索しています。
生放送などもニコニコ動画でしておりますので、ご興味のある方はぜひこちらへ。
http://com.nicovideo.jp/community/co2011708

自己プロファイリング:
かに座の性質を大きく受け継いでいるせいか基本は「防御型」人間。自己犠牲型。他人の役に立つことに最も生きがいを覚える。進む時は必ず後退時条件、及び補給線を確保する。ゆえに博打を打つことはまずない。占星術では2つの星の影響を強く受けている。芸術、特に文筆系分野に関する影響が強い。冗談か本気かわからない発言多し。気弱ゆえに大言壮語多し。不安の裏返し。広言して自らを追い詰めてやるタイプ。

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