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あさかぜさんは見た

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08/12

Wed

2015

「番犬と野良犬」

「だからよぉ、いつも言ってんだろー? ほら、ここ。もっと削れるだろ。こんな甘い見積もりじゃ他のところに仕事もっていかれんだろぉ?」
 いかにも嫌味そうに不精ひげを左手で撫で、トントンと右人差し指を強めに叩きながら指摘する中園を見て、ここから三十分以上は説教にも満たない小言が続けられると思うと、うんざりを通り越し既に脱力感に苛まされそうだった。
「いつも俺が言ってるのに、守ってくれねぇんだもんなぁ。俺そんな難しいこと言ってるかな? 簡単なことだろうがよ。経費削減しないと利益出ないだろ? 子供でもわかるぞ」
 しかし最低限という言葉がある。それ以下原価を割ると、もはや品質そのものが低下していくという限度。
 牧島は既に「品質劣化」を見抜かれ、少しずつ顧客が遠のいていっている現状を見ているだけに無力感があり、デスクで永遠とそれらしい指示を出して知ったようなことを並べ立てている中園に怒気すらも無意味であることを悟っていた。
「お前みたいにミスばっかり重ねて、こうして俺のところに来るから俺が寝ずに会社に残って必死に仕事しなきゃいけないだろ? 俺今日三時間しか寝てないから。昨日残って仕事してたからさ」
 社長でもない中間管理職の中園はワンマン社長の指令を受けた部長から細かく仕事の内容を指摘され、そのことでも苛立ち愚痴を一日中言う始末だし、それだけならまだしも奥さんとセックスレスで家庭内で邪険にされていることさえも会社に持ち込んで当り散らすことがあるものだから、部下たちはたまったものではない。
「もう少し休みとれとか、家族や子供のことちゃんとかまってとか、俺仕事沢山あってどうにもならないのにさ」
 いつかの愚痴で言っていた。
「小遣いないしさー。全部取られちゃうんだもんなー。お前は結婚してないからわからんよなー。結婚生活の苦労なんてよぉ。家族サービスもしなきゃいけないし、俺休まる場所ないよ」
「自分の時間をもう少し持てるよう、奥様に相談なさってはいかがでしょうか」
 と牧島が告げたことがあるが、
「これが結婚生活なんだよ! 結婚するってこういうことなんだよ! お前もなぁ、早く結婚しろ。よくわかるからよぉ」
 と多少血相を変えられ、いかにも諭すように肩を叩かれた事があった。
「家庭内のことなんて知らないよね。奥さんだって旦那の仕事内容わかっているなら少しは言うべきところ抑えればいいのに」
 女性社員たちが給湯室で刺々しい声で話しているのを、お茶を飲むついでにじっくり聞いてきたが、ろくな評価にならないのは目に見えている。
 また女性社員が多い職場なので男性が多いところよりも雰囲気が違う。人のいい人たちが集まっているせいか、ほんわかしているというのだろうか、普段はピリピリしていない。
 中園は不思議な会話をする人間で、すべて自分に置き換えて話をする。
 例えば自分の悩んでいることを話すと「いやー、俺はそうは思わない。なんでこうしないのか」と言ってくるし、飲み会の席でも「俺、こういう味付け好きだからさー」と、人の味覚にも口を出す。
 当然、飲み会は密かに計画されることになり、集まりは他言無用となる。
 そして、仕事上重大なことのみ報告され、小さなことは下だけに共有され揉み消される。長い小言を避けるためだ。
 部下たちは余計な事はせず、最低限の仕事しかしない。それさえもバカらしいと思う人は辞めていくのだが。
 牧島も流れてくる言葉を既に「意味」として認識していない。ほとんどが「音」と化していた。
「牧島さん、よく耐えられますね」
 と説教直後に小声で言われた時、切り替えができず条件反射的に頷くだけだったことがあった。
 牧島の場合、既に「型」が出来ている。
 神妙そうな顔をし、「はい」とハッキリ過ぎずきちんと聞こえるトーンで返事をし、最後には「申し訳ございません。反省して次からはきちんとやります」と締める。
 それでも顧客のことを考えると「もっとこうしたほうが」と、あくまで「ミス」程度の小さな反逆を試みるが、その度に中園の前で時間を浪費させられることになる。
 中園は仕事を懸命にやっているはずなのに、周囲との連携が上手くいかない。噛みあわない歯車が全力で風を切り音を鳴らして回り続けているようで周囲も落ち着かない。また、せっかちな部分もあって、やたらと催促する。
 そして「この職場の中で自分が一番努力している」と思い込んでいるし、それゆえに細かい指摘を受けると「俺の努力が否定された」とふてくされ、三日以上は同じ愚痴を繰り返し言いまくっている。
 特に部長の言い方がきついわけではない。業務上押さえておきたいことを指摘している範疇だったが、それが「懸命さへの否定」と取れるらしい。
 相手をするほうはたまったものではない。仕事以外のことで倍以上もストレスを抱えることになるため、部下たちは各々のストレス発散方法で明日も出勤してくるのだろう。
 中園のせいか、牧島も昔やっていた水泳を改めて再開することになったし、何かしていないと職場のことを思い出し恋人にも当たってしまう始末に正直ぞっとして、慣れない絵なども始めたのだった。
 水の中は音が地上と違って伝わってくる。水の音、水の感触、掻き分けて進んでいく体。クロールの途中で目をつむって水の中の暗闇を感じてみる。ただ無心になれる。プールから上がるとき、別の人間になった気がして地上の疲れとは違った全身に満遍なく広がる疲労が心地いい。
 絵もやってみると、当然下手だったが模写も飽きて外に出たくなってくる。今度デートがてら、自然の多い場所にでも出かけようか。恋人が同意してくれるか。行くとしたらどこがいいのか、調べもしなかった場所を調べ、名前も知らなかった雑草が少しずつ性格を持った花や草となっていくことに喜びを覚えていった。
 牧島は恋人の家で共に酒を飲み、互いの愚痴を交換し合っている時にふと思った。
 中園の存在も、別に悪いものではないな、と。
 少なくとも家庭のことを職場に持ち込んで愚痴を言うような人間にはなりたくないし、こうはなりたくないという例を沢山目の前で見ているのだから、自分が気をつければいい話なのだ。
 だが家庭を持つんだったら、転職を考えなければいけない、と牧島は強く確信していた。
 会社の構造として、一番望ましい人材は「馬車馬」なのだから。
 俺は、そうはなれない。だからこそ出て行かなければいけない。
 牧島は恋人の名前を呼んだ。
 ほろ酔い加減で返事をする恋人を抱き寄せ、耳元で力強く宣言した。
「俺、荒野で戦える人間になる」
 何それ、とケラケラ笑っていた恋人が牧島の目を見て笑うのをやめた。

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08/11

Tue

2015

お盆前の朝

空気の抜けたバスケットボールでドリブルしているようなランニングだった。
 足が折れてから五ヶ月は経ったが、急激な圧を足裏にかけると妙な違和感が走り、足取りが止まってしまうことが多々あっただけに、ほとんど歩きに近い速度で走っていた。
 というのも、酒太りが酷くお腹もまた空気の抜けたボールのようになっているため、さすがにまずいと感じ運動し始めているのだが、さすがクズの精神では、ことあるごとにストレスの発散を酒に頼り、挙句の果てには食うという始末で、せっかく痩せた体重を引き戻すということを繰り返していた。
 今年に入ってからというもの、三月頭に足を折り、その衝撃で流されている人生を少し変えようと仕事を減らしたが支払いで精一杯で様々なものが立ち行かなくなった。
 だがむしろ、現在の「書くしかない」「創るしかない」という状態こそ大事なのであって、変に金を手にして、何かと理由をつけフラフラと夜出かけるよりかは、ずっといいし、そして今年できなかったらもう正直終わってると見ていい。
 不思議な事に、と言っていいのだろうか。世間からは絶望的な人生を歩んでいる人間の元にも人が集まり簡単ながらゲームも創れる環境ができ、ラジオドラマだって創れるのだから、妙、と表現していいのかもしれない。
 文章だって他人に見てもらえるし、シナリオも書けるし本も読める。でも寄生生活で成り立っているそれも終わりにしないといけない。
 百メーターほど走ったところで左足を庇っている右足に力を入れながら走っていることに気がつく。太股が張り出している。
 なんとか左足に重心を傾けようとするが、癖がついているのか、やはり無意識に怖がっているのか思いっきりはできない。
 となると、速度を落としていくしかない。
 ようやく夏の激しい往復ビンタのような猛攻が疲れを見せたのか、朝の気温も下がり気味になり過ごしやすくなってきた。
 今頃がちょうどいいランニングの時期なのかもしれない。
 途中、手をしっかり繋いだ白人夫婦に「おはようございます」と声をかけられた。幸せそうな一風景だ。
 そういえば昨日借金をしようとして、断られた時にも結婚二年目のかわいさ残る男性に相手されたんだっけ。
「わりと新婚の方ですか?」
「ええ、まあ。どうしてわかったんですか?」
(見た目の若さと、擦れてない感と、幸せそうな顔をしているから)
 とは言えずに微笑ましく眺めていた。
 収入が少ないから、金は借りられないという。
 骨を折って仕事が出来なくなり治療期間中に一気に蓄えが消えていったが、考えれば当たり前。だが次の日、いや、次の瞬間怪我をしたり事故にあったりなんてことは考えないし、どこかで「まだ生きていられるんだ」という温く溶け出したような死生観で毎日を過ごしていたものだから、いざという時一気に窮地に陥る。
 ある意味この状況に強制的に引き寄せられたのも天の思し召しだし、戒めのような意味を与えてくれたのだろうと考えている。
 ビルのガラスに映る腹の出た男が重そうに肉を引きずっている。
 醜い姿だ、と思った。
 人を従えているのだから、もっとしっかりしないとなと痛感させられる。
 前を歩くおばあさんにさえ満足に追いつけないほど遅い走り。もはや走っているとも言い難い。
 ベンチに座り流れる汗を拭きながら、手を繋いでいた夫婦や昨日の男性を思い出す。
 幸せっていいものだな、と。
 幸せ。この意味を惰性で流し続けるのではなく、きちんと体や頭の中に蓄えながら過ごしていかなければいけないなと考え始めていた。

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08/10

Mon

2015

他人は者じゃなく物

今日、東京で感じたことのある違和感を思い出した。
ショッピングモールの中で両手に装着された杖のようなものをついて、わりと棚のすぐ側で「すみません。すみません」と言い続けている人がいた。
男性の老人だったのだけれど当人にとっては結構大きな声だったんだろう。声は周囲の音に掻き消されそうだった。
日曜で、お盆近くだというのも影響しているのだろうか。
モール内は賑わっていた。
自分は通り過ぎようとしたが、あまりにも連呼しているので、おかしいなと思い少し通り過ぎたところで振り向くと、こちらに気がついて「すみません」と目を合わせて言ってきた。
当然普通だったら「店員を呼んでいるのだろう」という感覚で見るだろうし、過ぎ去る多くの人がそう思って気にもとめなかったのだろう。
一歩も動けずそこに立ち尽くし、長い時間だったのか短い時間だったのか、その老人の言葉を気にもとめない買い物客たち。
以前東京の電車内、夜の新宿の通行人、駅のホームで列車を待つ人の孤独な背中や瞳、この雰囲気をふと思い出した。
電車内で隣に座りあっているもの同士、皆他人でまるですぐ横に壁でもあるかのような佇まい。
新宿。誰かが倒れていても声もかけない。酔っ払って電話をしていたからなのだろうか。触らぬ神に祟りなし、という扱い。路上駐車違反で人目も気にせず怒鳴りあう警備員と運転手。
そしてとにかく寂しそうな背中。瞳。少しギラギラしすぎて怖い瞳とか、他人行儀という範疇を超えた見知らぬ人への感覚。
それらのすべてに、札幌という都会から行っても違和感を感じたことがあった。
このことを指摘すると東京に長年住んでいる人は「それが気遣いじゃない?」と言った。
人同士最大限気を使っているから、隣人に迷惑かけないように、干渉しないように人との距離ができているんだと。
この話を思い出した。
例えば今日の話でも、普通の人だったらまだしも、違和感がある。
まず老人で両手に装着型の杖をつけていたということ。
何度も「すみません」と店側のほうではなく、外の方向にむけて叫んでいたということ。
人が多いだけに一分でも何十人という人が通り過ぎていたということ。
これらの条件が重なっていても、気がつく人はいなかった。
結局老人はカートが欲しかったようだ。
どこから入ってきたのか、だいたい入り口にはあるがない場所もある。
カートまでの距離はそれほどでもなかったけれど、老人にとってはそれ以上探索するには辛い距離だったのかもしれない。
ひとまずカートを持ってきて渡すと感謝された。
もしかしたらたまたま、あまりないようなシチュエーションだったのかもしれない。
自分が骨が折れてあからさまに装身具と松葉杖セットの時は結構他人優しいなと思った瞬間は多々あったから、ここは都会にしてはまだあったかい部類に入るんじゃないかと思ってる。
でもこの札幌も東京のような感じになっていくのは嫌だな。
ああいう東京のような乾いた感じにはなって欲しくない。

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08/08

Sat

2015

何事も、メンドクサイに決まってる。

例えばわたくし、お酒が結構好きで、かつストレス発散を酒に頼るところがあります。
しかも、ストレスで飲むと今度食べ物もいくってなわけで、ぶくぶくとまた太ってきたわけですが、また一ヶ月1kgペースでおとしていこうかなと、着実に落としていっております。
ここ5,6年は妙な増減をしており、MAX93kg程度までいき、さすがにやばいと、ここ3年でマイナス10、マイナス10、プラス10ときて、あと一年でマイナス10を目指しているところです。
どうせなら70ぐらいまで落としたいから役14kg近くの減量となりますが、とにかく面倒なことには変わりない。
食事はゆっくり目の減量なので大丈夫なのですが、運動を定期的に行わないといけない。
筋力をつけて代謝量を増やし落としていくのが確実です。
あとは間食控える、お腹はあまりすかせすぎず、感触はお野菜や漬物で済ますと効果的。
まあ、体重減らすだけでも面倒ですが、何事も前に進むには面倒なわけです。
お金を得るには働かなきゃいけないし、物を創るには様々なものに目を通し、知識を広げたり、人の話を聞いて刺激を受けたり、映画・演劇・人形劇などを見に行ったり、何よりも調べ物を沢山してアウトプットの材料を増やしておかないと作品の幅は広がらないわけです。
それが声のことであろうと同じことだし、アニメ声優やりたいとか言ってても、結局落語や講談などなど日本の発声・表現法を学ばないといけないし、演技そのものや体の使い方、滑舌の練習、感情と演出とか、もうね色々やることはある。
そういうことの積み重ねが大事なわけですよ。
他人が作ったものをぼんやりとやるっていうのは、実はとっても楽な事です。
いくらでも時間が潰せるし、面白くなかったら単純に面白いもの探してさ迷えばいいだけだし。
積み重ねるというのは、そう簡単にはできないこと。
でもなんやかんやと理屈つけて、やらない、特に大変だから、なんて理由つけたりしがちだけど、こういうのはコツコツやるしかない。
毎日本当にコツコツ小さなことでも少しずつ。
そうやって積み重なっていくものだし、やっぱり数ヶ月、年単位でみなきゃいけないこともある。
ただし期限は決めておかないといけない。
じゃないと人間っていつまでもダラダラと先延ばしにする生き物です。
で、コツコツって超メンドクサイ。
メンドクサイに決まってる。
自分の場合は調べものが嫌で、よくさぼりたくなる。
勉強がいまだに嫌いだけど、好きな事やるにはしないといけない。
ちょっとでも嫌な事あったり、絶望的なこと人から言われて諦めようと思ったり、メンドクセって思ったり、そんなの当たり前じゃね? と思う。
人からチヤホヤされるにも、努力が必要だし、今のままでいいわけないし、もし環境がうんぬんかんぬんっていうなら、自分で環境変えるか環境の中でできることをコツコツやればいい。
結構できることは沢山ある。
それらを一気にやろう、これぐらい詰みあがらなければやる意味がないとか最初から考えているなら自分の事かいかぶりすぎなんだよね。
だからね、しっかりやるんだよ?
ちょっとずつでいいんだから。
わかった? わたくし。

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08/06

Thu

2015

小さなホールで客に囲まれて、貴女はスポットライトを浴びていた。
 長らくやっていたであろう証が、真剣に聞き入るお客で表わされていた。
 普段はかわいらしいあどけない声でしゃべっているけれど、歌声も変わることはなかった。
 美しい声は時を彩り、夜明けの日を誘っていた。
 今日はとても麗しい日が始まるのだろうと、その明るい声だけで期待できる。
 人の声は不思議で、その声に聞き入る人たちの瞳が輝いている。僕もまた、そうなっていたに違いない。いつもより見える世界が輝いている。
 それはきっと、貴女自身の魅力であり、声を通してわかる人間性だったり、その人の優しさの広げ方だったりする。
 貴女の気配りは細かく利いていて、できる限り一人一人、時間が許す限り、その瞳を合わせて話そうとする。
 これが人の美しさというものなのだろう。
 貴女を見ている僕は刺々しく、ナイフをちらつかせて人を脅しつけているに過ぎないチンピラだ。
 偶然街のバーで歌う貴女に出会い、僕は僕自身の愚かさに色々気がつかされる。
 部屋の中じゃ外の様子はわからないけれど、きっとここから出れば眩しい光が待っているのだろう。
 お客のふかす煙草の煙で少しだけ貴女が見えなくなる。
 酒の香りは自分だけが発しているようにも感じる。
 何杯目なのだろう。酔って、苦労とか悩みとか考えないで、全部頭の中から飛ばして、そろそろ限界というところでズブロッカが空いていくのが止まる。
 これ以上は酔いすぎていけない。ぎりぎりの場所でゆらゆら揺れながら、貴女の歌を無心で聴くためには、まるで麻薬のように酒を煽って自分を消さないといけない僕を隠しながら。
 手を広げ、伸び伸びと声を広げる貴女。
 一瞬歌声に脳天が貫かれて、嗚咽しそうになるのを堪える。
 貴女と目が会い、僕は目をそらす。恥ずかしさを覚え、顔を掻き毟って別人になりたくなる。
 貴女は僕が来たとわかったのだろうか、微笑みながら、より高らかに、声色強く響かせる。
 暗闇の魔を打ち払い、女性客のロングカクテルの氷が半分以上溶けても少しも減らぬ、その歌声。
 吸い込まれるのではなく、背中から優しく抱かれる。
 僕は曲の途中で時計をチラチラ見る。
 ずっと聞いたいたい、ここにいたい、そんな個人の願いなど通せるほど裕福ではない。
 さもしい毎日のやり取りの中で、ひとつの安らぎを見つけ、僕は寝起きの学生のように、後数分、後数分と伸ばしつつ夢の中に戻り浸っていたい衝動に後ろ髪を引かれていた。
 秒針が十二を突いたら、行こう。
 用事がある。外に出て汚れた空気を吸う気分になるのは本位ではなかったけれど、僕には僕が背負った世界がある。
 早い秒針。鼓動のように。
 ステージの貴女に背を向け、チップをバーテンに置いて徐々に離れていく。
 またお互いの時間が合えば歌声を聴けるだろう。
 小さなホールのドアを抜けていくと、眩しいほどの朝日が昇りつつあった。
 僕はそのまま都会の片隅へと消えていく。自分が生きていくために、背負ったものを深呼吸で意識しながら。

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プロフィール

HN:
あさかぜ(光野朝風)
年齢:
45
性別:
男性
誕生日:
1979/06/25
自己紹介:
ひかりのあさかぜ(光野朝風)と読みますが光野(こうや)とか朝風(=はやぶさ)でもよろしゅうございます。
めんどくさがりやの自称作家。落ち着きなく感情的でガラスのハートを持っておるところでございます。大変遺憾でございます。

ブログは感情のメモ帳としても使っております。よく加筆修正します。自分でも困るほどの「皮肉屋」で「天邪鬼」。つまり「曲者」です。

2011年より声劇ギルド「ZeroKelvin」主催しております。
声でのドラマを通して様々な表現方法を模索しています。
生放送などもニコニコ動画でしておりますので、ご興味のある方はぜひこちらへ。
http://com.nicovideo.jp/community/co2011708

自己プロファイリング:
かに座の性質を大きく受け継いでいるせいか基本は「防御型」人間。自己犠牲型。他人の役に立つことに最も生きがいを覚える。進む時は必ず後退時条件、及び補給線を確保する。ゆえに博打を打つことはまずない。占星術では2つの星の影響を強く受けている。芸術、特に文筆系分野に関する影響が強い。冗談か本気かわからない発言多し。気弱ゆえに大言壮語多し。不安の裏返し。広言して自らを追い詰めてやるタイプ。

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