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あさかぜさんは見た

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11/25

Mon

2024

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08/11

Mon

2008

この世界ではみんな自分が幸せでさえあればいいんだよ。
信じられないような、信じたくもないようなことが起きていようと、「そんな非常識なことが」で済ませられる。
そういうことが言ってられるうちは、自分が幸せだってことだ。
そろそろ笑えなくなったとき、問題として捉え始める。
人間なんて自他ともに、そういうお気楽な生き物だし、お気楽でいられるうちは平和なんだよ。

国連やユニセフなどの人間ではない限り、世界の暗部に目を向ける必要性はないと考える。
それよりも、国内の暗部に目を向けるべきなのでは。
世界から飛び火していると捉えるよりも、むしろ飛び火して、そのまま汚染されるような精神的土壌がすでに日本国内にあると捉えたほうが、海外の問題に首を突っ込むより、よほど現実的だと思う。

まだまだ私たちだけで何とかできる問題でもないし、国内全体が不幸になって、国民全員がどうにかしなければと思い決起しなければ、効果はない。

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08/11

Mon

2008

アピールが足りない

「あなたはもっと自分のことアピールしたほうがいいよ」

 …と、言われても、どうすればいいのかわからない。
 目立つ人のほうが結構ぐいぐいいくわけで、いつまでも何を持っているかわからないような引っ込み症の人は損をする。

 なんとなく世の中がそういう気もしてくる。
 例外はあるにしろ、圧倒的に少なくて、宣伝とかがうまいほうが、結局勝っちゃってる。

 でも、選ぶ側の問題にはならないんだよね。
 あくまで、アピールしたほうの問題で終わる。

 なにかすっきりしないものがある。

 例えば…

 幼少の頃からいじめを体験し、家庭環境も悪く、社会人になってからも会社でのいじめ、リストラ、挙句の果てには退職の際、罵倒される。住むところもなくなり、家庭に戻るが、親に叱責され、耐えかね親を殺す。

 こういう事件があったとして、「本人の責任」という言論に違和感を覚える。
 それですませてしまっては、とてもいけないような事情がたくさんあって、その事情をとことん無視して事件そのものを抹殺しようとしているように私は見える。
 同類の事件が起こっては「本人の責任」というのは、「問題そのものを解決していない」ということになる。

 話がそれているように見えるだろうけど、これがいじめで殺されちゃって遺書が発見されたら、みんな真剣に考えるわけだけど、殺しちゃったら「こいつが悪い」ってことになる。
 前に航空機を降りる際に、荷物受け取りの場所から機内へと荷物を持って戻れるから(危険物も持ち込めるから)危険だという文章を提出したが受け取られず、実際にナイフを持ち出して事件を再現したら、対策をとるようになってしまった。

 一体この心理はどういうことなんだろうって素直に思う。
 心理的にみんなが納得すれば、アピールは絶大なる効果を発揮して、心理的に納得できなければ、アピールは効果がないわけだ。

 結局よく観察してみると、私が一番すっきりする答えは、理路整然としているようで人間は感情で動いているだけ、ということになる。
 アピールが足りないのは「心に響かないよね」ということ。

 この世の中は人の気持ちを操った人が勝者になる。
 操られた側の責任はいつもない。

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08/08

Fri

2008

マイバッグでレジ通さずそのまま万引き
本屋で万引き→ブックオフなどに売りさばく→消費者安い新品買う

犯罪の手口とかをまとめてみるのも面白そう
それにしてもひどいね

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08/04

Mon

2008

何度も許そうと思った。
何度も愛そうと思った。
もう彼の否定語しか自分の心の中に残っていない。
笑いかけようと努力するのが精一杯で、彼の顔を見ただけで動悸がする。

親は子供のことを否定すべきじゃない。
どんなことがあっても、子供の名誉を奪うような言葉を発してはいけない。
仮にもそれが親友だったとしたら面と向かって言えないような言葉を、自分の子供に向けて発してはいけない。
子供は、何年も何年もその言葉を引きずり、積もり積もって完全に心を蝕んでいく。

彼は父親のことがあまり好きではなかったようだ。
きっとひどいことを言われたりされたりしたのだろう。
どのようなことをされたのか、私には話さなかったが、あなたはきっと祖父にそっくりなのではないかと私は確信している。
だからあなたは、私に向かってその恨みと苛立ちを向けているのだ。

そのような呪いのような連鎖は、私の代でおしまいにする。
私は私のような思いを次の世代には残さない。
私だけで充分だ。
いつまでも心を引きずって、否定されることに強烈な恐怖を抱き、いつまでもロクデナシで生き続ける人間を作るくらいならこの血を断ちたい。

私は家族というものがよいものとは到底思えない。
結婚したとして、親に嫁を会わせたくない。
あの父親が今まで発してきたえげつない言葉の数々が、私以外の人間に向けられると思うと虫唾が走る。
なぜあなたはそうなったのだ。

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08/04

Mon

2008

廃人生活で文章が錆びる

 ここ数日狂ったようにゲームをやり続けて、すっかり単純な作業に慣れてしまっている。音楽や映像が頭の中に浮かぶくらいだから重症だ。
 文章どう書けばいいんだっけ、みたいな戸惑いができる。
 頭がバカになると言うか、その環境に浸ってしまうことによって生まれる弊害みたいなのが、なんとなくわかる。
 なんとなく、というのは、まだ数日だからそう思うわけで、ちょっとした飛躍だけれど、単純作業を数ヶ月続けていたらとか、ずっと同じ々労働しかしてなかったらとか、そういう環境に慣れたらどうなるかということもなんとなくわかりそうな気がする。
 前に実際半年以上単純作業の労働をしていて、日常会話がすらすら出てこなくなったということがあった。
 あれは怖い。
 昔は教科書にも出てきたけれどチャップリンの「モダン・タイムス」を思い浮かべる。・・・今は出ているのかな?
 高度な労働をしているのは、きちんと資格や教育を受けて、やりとげた人たちで、過去を築きそこねた人たちには単純労働が待っている。
 頭がそういうものに慣れてしまうと本当に高度な思考ができなくなる。
 自分で何とかしようという発想が生まれなくなるのがとても不思議だ。
 きっとあれは訓練なのだ。
 できる人にはできない人のことがわからない。
 自分はできない側なので、できない側の気持ちがよくわかる。
 文章もまた発想と着眼と訓練のたまものであり、ここには柔軟な頭が必要になる。
 自分はどうなんだろうなといろいろなものに触れて考えてみると、がちがちでならない。
 既存のものに慣れ親しみすぎて、定義などを著しく破壊したものに多少の抵抗を示すということは、自分の頭も歳をとってきたという証拠でもある。
 でも環境に慣れ親しみすぎて、正常な思考もできなくなるというのも問題だ。
 なんていうか、病的なところからいつも出られないでいる廃人で、生きるなにかがふっと突然切れそうでとても今不安です。

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プロフィール

HN:
あさかぜ(光野朝風)
年齢:
45
性別:
男性
誕生日:
1979/06/25
自己紹介:
ひかりのあさかぜ(光野朝風)と読みますが光野(こうや)とか朝風(=はやぶさ)でもよろしゅうございます。
めんどくさがりやの自称作家。落ち着きなく感情的でガラスのハートを持っておるところでございます。大変遺憾でございます。

ブログは感情のメモ帳としても使っております。よく加筆修正します。自分でも困るほどの「皮肉屋」で「天邪鬼」。つまり「曲者」です。

2011年より声劇ギルド「ZeroKelvin」主催しております。
声でのドラマを通して様々な表現方法を模索しています。
生放送などもニコニコ動画でしておりますので、ご興味のある方はぜひこちらへ。
http://com.nicovideo.jp/community/co2011708

自己プロファイリング:
かに座の性質を大きく受け継いでいるせいか基本は「防御型」人間。自己犠牲型。他人の役に立つことに最も生きがいを覚える。進む時は必ず後退時条件、及び補給線を確保する。ゆえに博打を打つことはまずない。占星術では2つの星の影響を強く受けている。芸術、特に文筆系分野に関する影響が強い。冗談か本気かわからない発言多し。気弱ゆえに大言壮語多し。不安の裏返し。広言して自らを追い詰めてやるタイプ。

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