常々働きすぎは逆にマイナスのコストを支払っているから止めるべきだと、人生初のじんましんを経験してから守るべきスタイルとしているわけですが、先日やっちまいました。
仕事帰りJR千歳線に乗り札幌から北広島で降りるわけですが、席が空いていたので座ったのです。
最終電車に揺られて、連日の勤務の疲れもあり、うつらうつらしていたのですが、降りる二駅前くらいでカクッと落ちてしまい、次に瞳を開いた瞬間「プシューッ」と音を立ててドアが閉まっている。ドアが閉まっているのはいいが見たことのない景色でさらに焦る。
「え? どこ?」
心は若干の動揺を覚えているが、いい大人。あたふたするわけにはいかない。
次の駅のアナウンスは「恵み野」。
どうやら2駅も過ぎてしまったようで。
逆に言えば2駅くらいで済んだからいいのかとも思いましたが、なにせ北広島もそうですが田舎の駅。
目の前に「白木屋」という居酒屋チェーン店があるのはいいが、タクシー一台もなし。
車もまず通らない。
静か過ぎてちょっと怖くなるくらい。
もうこうなってしまったからには、こうなる運命だったのだと腹をくくり、ひとまず飲み屋を探すけれどチェーン店は嫌だし、どうしたものかと駅から出ると、目の前で白木屋電気消えます。
「ふぉっ!」
妙な声出ました。
時間は0時半。
0時半で居酒屋完全閉店。
ネットでは1時までやってるって書いてあったのに。
しかも運悪く日曜日。
だいたいお店は休日が多い。
これは万事休すかと思いきや、通りかかった個人店に明かりがついていてマスターらしき人がタクシー客を見送っていたので「開いていますか」「開いてますよ」。
入ると若いお客さんがイベント業とかアイドルプロデュース業とかやったら儲かるかもと話しているがマスターやんわりと牽制をかけている。
こちらは疲れきっていてぐったりしていたので、いつも強い酒から頼むけれど果実酒を珍しく頼んでみると、あらまあ美味しい。
奈良県の梅乃宿のお酒らしい。果実果実していて「これはいいもの見つけた」と新しい発見をして少し満足する。
マスターがこちらに話しかけてきて色々話している中で、いつもはここらへんで飲むのかという話になり、実は乗り過ごしてと告白すると「あー、よくいるんですよ。でもお客さん、運がいいですね。前の駅の松島だったら、本当に何もなかったですよ」と言われる。
まあ、少しお店がある分だけ運がよかったのか、とは思ったけれど、さて駅前で多少肌寒く野宿は諦めたのでタクシーで帰るか泊まるかという選択肢。
もう疲れきっているので2・3時間も歩いて帰りたくない。
「一応タクシーの料金聞いておきますか?」
「頼みます」
横の若い客はホテルの値段調べてくれて駅前のやつが6500円だと。
カラオケなどもあるが、地元民じゃないと迷うからタクシー使ったほうがいいともアドバイスしてくれて、結局家に帰るまでの料金が4500円程度で行けるという。
じゃあもうそれで行きますわと頼んだのですが、マスター「この時間帯ならね、入って一年目のかわいこちゃんが運転してるんですよ。だいたい一台くらいなので、今夜もその子だと思いますよ」とこちらをチラチラ見てくる。
電話中も「多分大丈夫だと思いますよ」と煽ってくる。
「到着までちょっと待っててくださいね」
と黙って座っているが、内心それだけ言われるとちょっと期待する。
運転手とは言え、ちょっとひと時女の人と車内で一緒だなんて、男ならではの色んな妄想が広がる。
妄想広がると余計にわくわくもしてしまう。
お店の外に車の明かりが横切り、「あ、プリウスですから間違いないと思います」とマスターのほぼお墨付きがあり、外に出ると50過ぎくらいのおじさん。
思わずややかがんで運転席を見る。
誰もいない。
この方が運転手。
「あれ?」
とマスターの方を見ると申し訳なさそうにしている。
車のドア近くまで送ってくれたけど「あれ?」ともう一度言うと「すいません。ホントすいません」と謝っている。
人間上げて下げられるのが一番応える。
一時のわくわく感と、これからの三十分くらいの時間をどうしてくれるんだと内心毒づくが「運転手チェンジで」とも言えないので、お世話になったお礼をマスターに言って乗り込む。
運転手に住所を言うと「え?」と言われる。
そりゃ地元じゃないからわからないかと思いつつ、もう一度ハッキリと住所を言おうとした時に気がつく。
(このタクシー、カーナビついてねぇじゃん!)
しょうがないのでわかりやすく「北広島駅まで」と言うとようやく理解してくれる。
車が発進したけど田舎だから、ちょっと走っただけで周囲の明かりが消え去る。何もない。
車もほとんど通らない。
街灯も少なく、目だった明かりと言えばタクシーの料金メーターだけ。
夜だから車も少なくスピードを出すから、グイグイ料金が上がっていく。
(ああ、俺の、ああ、ああ、俺の、俺の時給。時給が飛んでいく)
しかもオジサン二人、車内で無言。
苦痛。
本当ならここでかわいこちゃん相手に話が盛り上がり、仕事の疲れに癒しを与えてもらったはずなのに。
メーター上がる。
オジサン二人。
無言の深夜ドライブ。
ついでに私のやりきれない度も上がっていく。
心がモヤモヤ。
ストレスを抑える。
メーターが止まらない。
オジサン二人の深夜ドライブ。
締めて料金3200円なり。
降りた瞬間心の中で「クッソッ」と思うが、乗り過ごした方が悪い。
乗り過ごし、恐ろしい。
そんな夏の終わりの切ないストーリー。
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