バランスのよい栄養摂取を外食でコントロールできる人はほとんどいない。
気をつけるといっても、だいたいはテレビの受け売りで日常の摂取食品を選んだりする。
だからこそ「自炊」を推奨するわけだけど、この「自炊」と「コスト」を直結させて考える人たちがいる。
つまり素材を切る時間、調理する時間、(食べる時間)、片付ける時間。
この括弧書きで記したもの以外は「時間のコスト」を食う。
外食、もっと簡単だとコンビニ製品ならば、ゴミも家に持ち帰らず捨てられるし、プラスゴミコストも考えると圧倒的にコスト削減になっていると言う。
だけれど、僕は調理の分野もやっていて食べさせることをしているけれど、そのことを主張しているのは「家族に調理作業をしていない人」じゃないかなと直感する。
というのは、人間って体調があるから、どんなに好きでも「今日はこの気分じゃない」というのがある。
その「今日はその気分じゃない」は、赤子が直感的にやっていることで、基本食べたくないものは栄養的に足りていて、食べたいものは栄養的に足りないもの、というのがわかっている。
つまりは、大人の好き嫌いの感覚って直感的な栄養摂取として、かなり隔たっているということになる。何故って大人は頭で考えて物を食べて何が足りないかを「好み」という「長年慣れ親しんだもの」で選んで来るから。
人は野菜も食べなきゃいけない。
肉も食わなきゃいけない。
炭水化物も食わなきゃいけない。
何故かと言うと、野菜が血糖値上昇のクッションになり、肉を受け入れるようになり、炭水化物の糖分値の急摂取を和らげる。
そんな風に色々と理由がある。
きちんと自他のコンディションと付き合いながら料理を作る。
それは便通や胃の様子や食欲や体温や血液や脳の働きに繋がっていく。
これらのことをきちんと考えて「コスト」というのならわかるのだけれど、人体の機能そのものから目を逸らして「コスト」を考え、なおかつ「手料理」という「コミュニケーション」すらも無視して「コスト」というのだろうか。
時間のコストを考える人は皆独り身なんじゃないだろうか。
それか、親友を招いて家で会食などを一切しない人たち。
小さいテーブルを囲んで、お手軽手料理つまみが三品くらいあって、酒をぐいぐいと飲むとか、たこ焼きパーティーとか。
今は「旬のもの」という意識がなくなって通年あるものが多いのでわからなくなってきているが、本来なら地物はとても香り高くて旨みも多い。
その手のものを料理するには、いきなりではきつい。
最低限何か味付けを知ってないと最高の贅沢はできない。
そこはやっぱりプロに任せたほうがいいんじゃないかって思うかもしれないけど、そういう贅沢を親友と分かち合うという気持ちがあった方が人生は豊かになる。
まずは「自分の体と細かく付き合うためには料理は必要」。
その上で「自分以外の大切な人の健康を守るためにも料理は必要」。
そして「誰か大事な人と楽しい時間を過ごすために料理は手助けになる」。
ということ。
やっぱり自炊はいいものですよ。
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