八畳一間の部屋の窓から見える吹雪は、遠方に見えるはずの山も、近所にあるはずの一軒家も見えなくさせていた。
凍えるのが嫌で、石油の残りを気にしながらストーブをつける。
年越し前の忙しい時期のはずが、携帯電話には一件の仕事のメールすらもない。
期間内のはずの、突然の契約破棄、解雇。
いつまで、こんなことを繰り返せばいいのだろう。
途方にくれながらつけるテレビには、笑顔のアイドルやタレントがバカ騒ぎをして笑っていた。
なかなかストーブに火がつかずに、体を縮こまらせてガタガタと震え、テレビの中の笑い声が、惨めな自分を笑っているように聞こえ、すぐさまテレビを消す。
携帯電話で掲示板サイトにアクセスする。
掲示板上は暴力的で嘲笑的な言葉がいきかっている。
手を寒さで震わせ、掲示板を読みながら、仕事でバカにされてきたことを思い出す。
苛立ちを覚えながら、お腹がすいたので近くのコンビニまでご飯を買いにいこうと外に出た。
外は猛吹雪で、肌へ叩きつけるようだった。
途中、若い男が懸命に道行く人にティッシュを配っている。
「お願いします」
そう繰り返しながら、配っているティッシュを受け取る。
(何がお願いしますだ)
コンビニに入れば、外よりはあたたかい空気に包まれる。
お弁当のような高めのものは買えない。せいぜいおにぎりかパン。どれも食べ飽きた味だった。
ちょうどお菓子のコーナーの前で、マフラーを巻き、似たようなジャンパーを着たカップルが手をつなぎながら幸せそうに話し合っていた。
女の声が耳に飛び込んでくる。
「ねえ、このチョコ一緒に食べようよ。冬季限定だよ」
(何が一緒に食べようだ)
サンタクロースみたいな女の白い帽子が気に入らない。
「チョコ本当に好きだな。一緒に食べたいの?」
「うん。一緒に食べたい!」
苛立ちは膨れ上がってくる。
女のことをいかにも「わかっている」というような優しげな男の笑顔が気に入らない。
「約束ね」
そう女が言って、男と指切りをする。
くだらないと思って、さっさとおにぎりとパンをレジにパサリと置く。
「おにぎりあたためましょうか」と店員に聞かれ、「はい」とぶっきらぼうに答える。
先ほどのチョコを選んでいたカップルが手をつなぎながら吹雪の中へと消えていった。
しっかりと握られた手を見ると、特に女の方を背中から力いっぱい蹴り倒したい気分になった。
約束はどこにもなかった。コンビニの外に出ると、どこにいるのかもわからなかった。
少し先も見えはしない。
部屋に帰る途中、先ほどティッシュを配っていた男が、また「お願いします」と言ってティッシュを渡してきた。
きっと誰に配っているのかもわからないのだろう。
部屋の近くのマンションに帰る母親と子供がいた。
小さな子供は赤い手袋をつけて、両頬に当てていた。
「それ気に入ったの?」と母親が聞くと、「うん。ありがとう」と子供は頬に当てながら答えた。
赤い手袋を当てた子供の顔を吹雪の中で見ていると、まるで顔に血がつけられているように見えた。
あの子供なら、蹴り殺せるだろうとふと思った。
暴力的な衝動とともに、親に一度も認められなかったことを思い出した。
部屋に帰ると、ストーブが消えていた。よく見ると、もう石油がなかった。残りの石油もない。石油臭さだけが部屋に満ちていた。
おにぎりを口にすると、冷え切っていた。
テレビをつけると、年末のイベントの中継がやっていた。明日から三日間、某場所で開催するそうだ。
つまらなくて、テレビを消す。
水を飲もうと台所で蛇口をひねると、洗わずに放置してあった包丁が目に入った。
包丁を手に持ち、その銀色のくすんだ鏡に映った自分の顔を見ると、誰かが自分をバカにしているような気がした。
すぐにそこから目をそらし、包丁を手に持ったまま、何十分も見つめていた。
掲示板サイトでしか騒げない連中のことを思い出し、携帯電話でアクセスした。そして書き込みをした。
「今速報が入りました」
ニュースキャスターの顔が一気に引き締まる。
「先ほど、T市某地区のイベント会場で、連続殺傷事件が起こりました。現在確認されているだけでも死傷者は六名に及んでいます。殺人・傷害容疑で逮捕されたのは、二十八歳の無職の男で…」
ニュースを見ながら母親はすぐ近くで起こった凶行に驚く。
まさか自分が住んでいるすぐ側で、こんな事件が起こるなんて信じられなかった。
「怖いわね…本当に物騒になったわ…」
そう言っている母親の側で、小さな子供が赤い手袋をつけて部屋中を駆け回っていた。
「お部屋の中で駆け回るのはおやめなさい」
母親が子供に言うと、子供は母親の元に駆け寄ってくる。
「あのね、ママ。電気が切れちゃってて熱帯魚みんな死んじゃったでしょ。だから、今度はもっといっぱい欲しいの。ね?そのほうがお魚さんも楽しいでしょう?」
子供が言うと、母親は聞く。
「ハムちゃんはどうしたの?」
「ハムちゃんだけじゃ足りないよう」
母親は子供の頭を撫でながら「じゃあ、サンタさんにお願いしておくからね」と言うと、子供は嬉しそうに「うん!いい子でいるから!」と目を輝かせながら言った。
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