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あさかぜさんは見た

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08/06

Thu

2015

小さなホールで客に囲まれて、貴女はスポットライトを浴びていた。
 長らくやっていたであろう証が、真剣に聞き入るお客で表わされていた。
 普段はかわいらしいあどけない声でしゃべっているけれど、歌声も変わることはなかった。
 美しい声は時を彩り、夜明けの日を誘っていた。
 今日はとても麗しい日が始まるのだろうと、その明るい声だけで期待できる。
 人の声は不思議で、その声に聞き入る人たちの瞳が輝いている。僕もまた、そうなっていたに違いない。いつもより見える世界が輝いている。
 それはきっと、貴女自身の魅力であり、声を通してわかる人間性だったり、その人の優しさの広げ方だったりする。
 貴女の気配りは細かく利いていて、できる限り一人一人、時間が許す限り、その瞳を合わせて話そうとする。
 これが人の美しさというものなのだろう。
 貴女を見ている僕は刺々しく、ナイフをちらつかせて人を脅しつけているに過ぎないチンピラだ。
 偶然街のバーで歌う貴女に出会い、僕は僕自身の愚かさに色々気がつかされる。
 部屋の中じゃ外の様子はわからないけれど、きっとここから出れば眩しい光が待っているのだろう。
 お客のふかす煙草の煙で少しだけ貴女が見えなくなる。
 酒の香りは自分だけが発しているようにも感じる。
 何杯目なのだろう。酔って、苦労とか悩みとか考えないで、全部頭の中から飛ばして、そろそろ限界というところでズブロッカが空いていくのが止まる。
 これ以上は酔いすぎていけない。ぎりぎりの場所でゆらゆら揺れながら、貴女の歌を無心で聴くためには、まるで麻薬のように酒を煽って自分を消さないといけない僕を隠しながら。
 手を広げ、伸び伸びと声を広げる貴女。
 一瞬歌声に脳天が貫かれて、嗚咽しそうになるのを堪える。
 貴女と目が会い、僕は目をそらす。恥ずかしさを覚え、顔を掻き毟って別人になりたくなる。
 貴女は僕が来たとわかったのだろうか、微笑みながら、より高らかに、声色強く響かせる。
 暗闇の魔を打ち払い、女性客のロングカクテルの氷が半分以上溶けても少しも減らぬ、その歌声。
 吸い込まれるのではなく、背中から優しく抱かれる。
 僕は曲の途中で時計をチラチラ見る。
 ずっと聞いたいたい、ここにいたい、そんな個人の願いなど通せるほど裕福ではない。
 さもしい毎日のやり取りの中で、ひとつの安らぎを見つけ、僕は寝起きの学生のように、後数分、後数分と伸ばしつつ夢の中に戻り浸っていたい衝動に後ろ髪を引かれていた。
 秒針が十二を突いたら、行こう。
 用事がある。外に出て汚れた空気を吸う気分になるのは本位ではなかったけれど、僕には僕が背負った世界がある。
 早い秒針。鼓動のように。
 ステージの貴女に背を向け、チップをバーテンに置いて徐々に離れていく。
 またお互いの時間が合えば歌声を聴けるだろう。
 小さなホールのドアを抜けていくと、眩しいほどの朝日が昇りつつあった。
 僕はそのまま都会の片隅へと消えていく。自分が生きていくために、背負ったものを深呼吸で意識しながら。

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08/05

Wed

2015

悲愴は他者を貫かない。
 その気持ちを抱いた当人を自刃のように深く……。
 手を伸ばし指先が栄光に触れんとした時、男は闇に閉じ込められ胸を鋭い棘に貫かれた。
 暗く息苦しい閉所の中で虫の息で震えていた。
 くたばりそうなほどの熱帯夜が続いていた。
 クーラーもまともにつけられぬほど生に興味を失っていた。
 絶望とは臓器も魂も掴み引き抜くかのように、体の中に何も残さない。
 朝目覚めると体が脱水して硬直しているのを感じていた。
 まだ動けた。
 全てを出し尽くして男は失敗し、魂の抜け殻と化していた。
 当然そのような状態では女に逃げられ、罵声の限りを尽くされ、友達も消えていった。
 アイアンメイデンという拷問器具がある。
 これは棺桶のような器具の中に針が仕込んであり、閉じることで中の人間を串刺しにする。
 針の場所によっては絶命には至らず、長らく苦痛のみを味わわせることができる。
 暗闇の中で微かにすがるのは、柔らかな思い出。
 絶望とは死にいたる病だと言っていた人間がいたな、と思った男はタバコに火をつけ、深く煙を吸い込んで肺に巡らせ水よりも先に巡るニコチンの感触に煙草を挟んだ指先を震わせていた。
 この社会のどこに立っていていいのかわからぬ男は思いっきり吐いた煙で曇る視界の中に、いつまでもガタガタと余計に震えている指先をぼんやり眺めていた。
 お前は怖いのか。
 死んでしまうのが怖いのか。
 魂は死んでいるはずだと思っていたのに、この指先だけは死ぬことへの恐怖を感じているのか。
 部屋の温度は三十八度を示している。
 なのに体は寒気を感じている。
 男の思考はさ迷っている。
 擦れた咆哮を喉の奥から出し、灰皿まで手を伸ばせなくなったため煙草の火を奥歯で噛み消す。
 舌が焼け、歯の神経に熱さが伝わる。
 確かに愛していた女の最後の逢瀬が指先に甦る。
 乳房を握り、体を抱きしめ、体温の熱さを指先で感じた最後の夜。
 這う。這う。震える体で、這う。無様にも。
 もう洗面所やキッチンで水を汲めそうもない。立ち上がれないのだ。冷蔵庫にも何も入ってない。
 残っているのは便所の、水。
 闇に閉じ込められ、無数の針に貫かれた絶望の先に、たった一つのぬくもりと、希望を見つける。
 便所の陶器に女の白肌を思い出すとは、いかにも滑稽だと可笑しくなり、男はその水を飲むべく両手を差し伸べる。
 その時、聖母は微笑み、男は傷ついた命を握った。

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07/25

Sat

2015

小さな姿と大きな存在

「世界」は「認識」で。
「世界」は「自己完結」といつしか同じになって。
 霧がかった山間から朝日が昇る場所もあれば、人工物に切り取られたパッチワークのような景色の下から朝日は昇ります。
 太陽はいつも一緒だが、見る人間と、見る場所によって姿は変わってくる。
 彼女は夜が怖かった。
 夜一人で眠ることができない。
 夜暗闇の中で目をつむり続けることが出来ない。
「どうして?」
「太陽がずっと強く照らしているから」
 彼女の光は雲により霞むこともあれば、煌々と輝き続けることもある。
 その姿は冷たく美しく、そしてやわらかだった。
 絹を肌から滑り落としたように、憂いを持った瞳で見つめ続け、恥じらいを持った姿で素肌を精一杯の指先で隠したがる。
 その日は雲ひとつない晴れやかな夜だった。
 星々の歌声は夜空に点滅し、流星は歌を飾る。
 湖は月の姿をありのままに映し出し、時折風に揺れながら波紋を広げていく。
 美しいあなた。
 湖は汚れなき姿を映し出す。
 美醜苦楽悲喜。偽らぬそのままの姿こそ美しい。
 そこには誰の「世界」も介在しないのだから。
「あなたの愛するものは?」
「私は自ら輝けぬ影に等しい存在。そんな存在に愛するものなどあってはならぬのです」
 太陽によって輝く月。
「偽らぬ心の姿は既に映しております。私はあなたを見つめられぬ存在。雲により、御姿が遮られることの方が多い。それでも、御姿が見える度に、偽りなき姿を私の中に映し続けています」
 その湖はあまりにも穢れがないため、生き物が一切住めない湖でした。
 だからこそ、ありのままの姿を映し出すことができたのです。
 人はむしろ月の姿よりも昇りゆく朝日に希望を感じ、その姿に我が身を重ねようとします。
 熱く、何ものをも焼き尽くす炎を上げながら太陽は雄々しく叫び続け、その光を周囲の存在に届け続けます。
 舗装された街中の道の上で、男は微かに残った月を見上げます。
 自暴自棄になり、酒に溺れ、帰り道すらも忘れたいほどに我が身を失いながら。
 太陽が電波塔の脇から上がってきて、月を徐々に消していきます。
 湖と月との語らいを知りもせず、太陽の言葉に体を傾け、朝日の清々しさを体一杯に吸い込もうとしている。
 男は希望と、昨日までの辛い経験とを重ね合わせ、涙を流しながら悔しさを抑えこんでいます。
「世界」はどこかしこに存在しているにも関わらず、男は「世界」に閉じこもっていました。

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07/14

Tue

2015

朝の光に滲んだカーテンが揺れる。
 窓を開けていた。
 反対側の部屋の窓も開いているだろうから、彼女がトイレに行くためにリビングのドアを開けた際に、風がドアの風圧で流れてきたのだろう。
 僕と彼女は別々の部屋で過ごしていて、彼女は僕が深夜まで起きていて作業したり、部屋をうろうろしたりすることに対し神経質に苛立つ事があった。
 彼女と同棲しだして三年になる。最初は一緒に寝ていたのに、二年目に別々の部屋になり、僕は僕自身の感情を全て抑えなくてはならなくなり、そしてネットで知り合った女性とメッセンジャーで、こっそり電話をしながら本能的な欲求を満たしたりすることもあった。
「最近、冷たくなったよね」
 同棲して一年が過ぎたあたりに突然言われた言葉だったけれど、僕にとっては青天の霹靂に近かった。
 というのも、僕の活動そのものは彼女に付き合う前から散々伝えてきたし見せてきたし、その時僕の彼女への愛情そのものを根底から疑われるようなことは一切してこなかったし、彼女は僕の活動を認めてくれたものばかりだと思っていたら、結局は自分が大事にされること最優先の発言に思えたし、まさか彼女がそんな自己本位な発言を同棲一年もしてから言い出すとは思ってもみなかったからだ。
 僕は僕のしたいことに専念していて、きっとそれは、もっと多くの人のためになるはずだと信じて活動を続けているというのに、今更「私に構え」というように、暗にメッセージを送られても僕は困る。
 崇高な事をしているという傲慢さはないが、僕にしかできない使命感や僕だけが伝えられる重大なメッセージがあるからこそ、僕は諦めずに続けてきたし、続けてこれたし、当然応援もされてきた。
 僕は彼女の行動が不可解でならなかった。僕の邪魔をしようとするのか。さもなければ、我欲が生まれてきて、もっと大きなものを見つめようとする気持ちすら見失って利己心が肥大化してしまったのか。
 僕にとってはまったく不可解だった。
 さらに不可解だったのは、懸命に料理を作って帰りを待っていたり、いちいち帰りの時間を気にかけたり、二人の間の記念日をいちいち気にしたりと、妙に関係のないことにこだわりだしてきたことだった。
「いつ帰るの?」
「もうすぐお休み取れる?」
「今度一緒にここへ行きたい!」
 僕の活動は不定期で人との繋がりも重要だから、一般的なサラリーマンのように時間調整がしづらし、いちいち彼女のわがままに付き合う道理もなかった。
 理解とはなんだろう。僕は彼女のことを理解していたつもりだ。でもまるでこんな行為は裏切りに近いじゃないか。なぜなら、僕の活動を理解していながら阻害するのだから。
 何故。何故。何故。何故。
 僕は懸命に今の忙しい予定の中でも愛しているではないか。
 精一杯愛しているのに、何がおかしくなって、彼女はこうも私の行動をいちいち阻害するようになったのか。
 わからない。気でもふれたか。もしくは彼女が何か隠しているのか。
 一人、脳内を考え事がぐるぐる回る。光の微粒子は部屋に満ちてきている。
 朝の光に滲んだカーテンが揺れている。
 僕は何故か彼女のことを眠れずに考えようとしている。
 三年目にして始めてのことだった。
 風はもう流れてはいないが、新たな光がカーテンを染めていた。
 それを僕は心底眩しいと感じ、目を背けた。

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05/31

Sun

2015

滲み汚れた湿気とシーツ

春の陽気は押し出され、熱気交じりのべたつきが肌を覆うようになってきていた。
 深夜に雨が降ったのか、アスファルトはまだ水溜りが多く残り、部屋は蒸してカビ臭い空気が鼻の奥をくすぐる。
 古臭いアパートの一室は気分が悪くなりそうなほど過去の何かの臭いが充満している。汗にべとついても節約のためにシャワーは一日一回、その他は濡れタオルで体を拭くくらいしかできないし、ましてや貧乏生活では、屋根と壁があるだけマシだと思わなければやっていけない、とユウジは思った。
 小さな卓上時計を見れば針は早朝五時を示している。その傍にある布団を見れば見知らぬ女が転がっている。
 名前も知らぬ、誰か。互いに酔っ払いすぎていて聞いた名前も、もう忘れていた。
 みか、みさと、みゆき、み、み、み、みえ、み、み、み、み、みちこ。
 まだ酒が残っていてユウジの頭は粗悪な鐘を鳴らしたように不協和音を響かせている。
 顔すらもよく覚えていない女を覗き込むと、マスカラは落ちてパンダのようになっているし、チークは落ちて精気のない色を晒していた。正直見れたものじゃないと顔を背けかけ、シーツについた化粧の汚れに不快感を覚え、怒りすらも湧き上がりかけた時、ふと完全に化粧の落ちている頬の美しさが目に入った。
 もしかしたら化粧を落としたら案外綺麗な肌をしているのかもしれないと、塗装のように厚く塗られた顔の奥を想像していた。
 部屋を見れば昨日自暴自棄になり投げ出した楽譜が散らばっていた。汗か涙かわからない雫でインクが濁って音符がぼやけている。
 投げ出したのに、捨てきれず、破ることもできず、心臓に無数の掻き傷を作りたいくらいなのに、まだどこか大事に思う未完の作品。
 抱いた女の、汗に冷えた肌がへばりつく妙な感触だけが体に残っている。それなのに熱い湿気が起きたばかりのユウジの発汗を促す。
 自らに対し怒り、焦り、関係のない記憶まで呼び起こして泥沼に自ずと堕ちていく。出口が消えて闇に飲まれる。創ることはユウジにとって苦しみなのに、これしかできない不器用さを憎んでしまう。
 譜面を踏み、足裏にへばりつく。剥がして見ると最後のページだった。
 ピアノ曲。「ミ」で終わって、その先がない。
 み、み、ミ、ミ、ミ。
 起きたら女の名前をきちんと聞こうと決心し、部屋に散らばった楽譜をユウジは集めだす。
 今日は真夏日になると昨日の天気予報が告げていたのを思い出した。

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プロフィール

HN:
あさかぜ(光野朝風)
年齢:
44
性別:
男性
誕生日:
1979/06/25
自己紹介:
ひかりのあさかぜ(光野朝風)と読みますが光野(こうや)とか朝風(=はやぶさ)でもよろしゅうございます。
めんどくさがりやの自称作家。落ち着きなく感情的でガラスのハートを持っておるところでございます。大変遺憾でございます。

ブログは感情のメモ帳としても使っております。よく加筆修正します。自分でも困るほどの「皮肉屋」で「天邪鬼」。つまり「曲者」です。

2011年より声劇ギルド「ZeroKelvin」主催しております。
声でのドラマを通して様々な表現方法を模索しています。
生放送などもニコニコ動画でしておりますので、ご興味のある方はぜひこちらへ。
http://com.nicovideo.jp/community/co2011708

自己プロファイリング:
かに座の性質を大きく受け継いでいるせいか基本は「防御型」人間。自己犠牲型。他人の役に立つことに最も生きがいを覚える。進む時は必ず後退時条件、及び補給線を確保する。ゆえに博打を打つことはまずない。占星術では2つの星の影響を強く受けている。芸術、特に文筆系分野に関する影響が強い。冗談か本気かわからない発言多し。気弱ゆえに大言壮語多し。不安の裏返し。広言して自らを追い詰めてやるタイプ。

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