本当に新宿はひっきりなしにサイレンが鳴っている。
ほとんどが救急車の音なのだけれど、朝から晩まで誰かが運ばれている。
ススキノでさえ、それほど聞かなかったのに。
異様な街だと思うのは慣れていないからだろうか。
むしろ「珍しいことではないし」と思うようになってはダメなんじゃないだろうか。
3月28日、日曜日。
相変わらず眠れない。3時間も眠れなかった。
朝6時に酔った体を起こしてコンビニに出かける。
近くのマクドナルドの従業員入り口に背の高さほど積まれた納品を見ながら「1人でやるのか2人でやるのか、大変だな」と思いながらコンビニでサンドイッチと追加の酒を一本だけ買い部屋で食す。
その日は昼12時からのレッスンだったけれど、題材で読んでいた「勧進帳」を見たい人はビデオを流すと言うので11時からサロンに集まることになった。
意味が分からないと固まる。
だから意味をクリアにするために難しい言い回しも細かく説明してくれたため、普通に聞いたらわからない歌舞伎の台詞も理解しながら見ることができた。
最後の仕上げとして先日やった対面形式の読み上げ。
皆の読み上げを聞きながら自分で読めないところがあるか再確認。
壤先生が人に何を指摘するかを聞き耳立てながら、あとどんな顔して聞いてるんだろうと鋭い眼光を眺めていた。
弁慶と富樫、互いに一回ずつ。
緊張はしたけど随分と細かい指示が入ったため、重点的に良くない場所が改善されていった。
最後富樫をやったけれど、すっと力が抜けて自然体で初めてできた。
そして、「いいねぇ。よくなったよ」と褒められたのだ。
来た甲斐があったというもの。
最後終わってからみんなでお酒を持ち寄ってサロン内で小さな打ち上げをしたけれど、その時にも「なぁに、上手いじゃない。(札幌で)劇団でも持ってるんじゃないのぉー?」なんて言われて本当に嬉しかったし自信も持てた。
言われたことを自分の体で表現できたというのが一番大きい。
つまり「指示通りに表現できる」ってことだ。
自分の癖なんていくらでも出せるわけだから、人の表現しようとしているものを汲み取れるのは、役者としてとても大事なわけで。
「いやぁー、自分一人だけ違う畑の人間何で凄く緊張しました」
「普段何を?」
壤先生の隣にいた補佐の男性が僕の横に座っていたので聞かれる。
「調理師です」
あくまで音楽か役者か、関係者なのだと思い込んでいるためか、
「調律師?」
「いえいえ。調理師。料理作る人です」
と答えると周囲も「え?」というリアクション。
「どうしてここに来られたんですか?」
そりゃ疑問にも思うでしょう。
だって調理師が壤先生に学んだからって調理現場ではあまり生きてこないから。
理由を述べると皆聞いていた。
実際いつ収束するかわからないコロナ事情。
先が見えないってのはまさにこのことなのだ。
実は差し上げたお酒、サロンの冷蔵庫に保管してあって「これは美味い」と言ってくれて、そのことも心の底からホッとした。
北の錦のあらばしりは自信を持って他人にお勧めできる酒だ。
当然周囲にも振る舞ったため、すぐなくなったのだけれど、振る舞うとわかっていれば2本は買ったのになぁと思った。
急遽決まったプチ打ち上げなのでしょうがないことながら。
あらばしりを飲んだ左隣に座っていた若い子が飲んで言葉をため込むように
「これ・・・めっちゃ美味しいです・・・」
と感嘆していた。
今までお酒を飲んで見てきた中で歴代ナンバーワンのリアクションではなかろうか。
自分の作った物ではないにしろ、北海道のもので感動してもらえて嬉しかった。
その方プロの声優さんで、ちょうどアマゾンプライムで見ていたアニメの重要なサブキャラをやっていらっしゃってLINEの連絡先も交換。
「こやつ、同じ臭いがする」
と感じ、いい酒をどんどん送りつけてやろうと決心した。
酒飲み仲間。
友達になりたいと思った。
なってくれるみたいだから、北海道から愛を込めて贈っていこうと思う。
道民として地元の魅力を発信できるのはこの上なく嬉しい。
自分で買ってきたストロングゼロ3缶空けて、質問したいこともできた。
演技って言うのはどうしてもエゴが出てくるし、どうしても自分が認められたいというものと戦わないといけない。
何故って他人を演じているのに自分が出るのだから、この相反する他者と自己という演技上の矛盾をいかにして解決するのかが、演技者の根本に関わってくると考えている。
その上で、例えば「役どころとしてどうしても受け入れられないのは自分の中に問題があるのでしょうか」と質問すると、「ミラーボールみたいに人には色んな側面があって、自分の中にもそれがあるから」との答えだった。
人には様々な側面がある。
それが少しわかる年になってしまった。
なるほどと、深く頷く。
ちなみにもう一つ帰り際に気になってたことを質問した。
「先生。出世するコツってありますか?」
「運ですね」
達人を以てして言わしめる「運」なる存在とは説明が非常に難しい。
実力があったとしても埋もれる人間は沢山いる、という意味なのか。
人のコネを作るのは出会いであり、人の輪で人は作り上げられる、という意味なのか。
意図せず運命の導きのような偶然が重なり、そこに引き込まれるようにいた、という意味なのか。
望んだ通りの人生など望めず、主役と脇役との分際はハッキリ出る、という意味なのか。
その道に関して器用な奴と不器用な奴がいて、心身ともに不一致が起こる、という意味なのか。
具体的に「運とは何ぞや」は非常に難しい問題だ。
でも、壤先生曰く「運」と間髪入れずに断言されたことが自分にとって、全くもって面白いことで、少し清々するところがあった。
(壤先生は大嫌いな言い方だが)ダメだったらダメで、クズらしく生きればいいか。才能ないんだもの。・・・なんて気持ちが生まれた。
本当に鳴かず飛ばずで一喜一憂して精神が崩れるような人間だから。
最後の日まで養成所の子がついてきてくれて、雨が降っていたから長話も外でなんだからと、ホテルの部屋に連れ込み、自分の話ばっかりして、挙句の果てに人生で唯一人を殺そうと思った時の話なんかしたりして、「人を殺そうと思っている時の目ってこんなんだよ」なんて絡んだりして、酔っぱらった時のダメな癖が出て、帰り際地下鉄に下る階段で泣いてしまったりして、滅茶苦茶だった。
人を憎むにもかなりの力が必要だ。
酔っぱらい過ぎて自分のことを押し付け過ぎた。
この世界のことは演技の事ではあんまり役に立たないから、彼のこれからの人生に対してほとんど無駄になることを、自分だけの想いで押し付けてしまったと反省している。
そういえばスクエアエニックスのショップがホテルまでの帰りにあって、そこでチョコボをプレゼントされた。
「これ見て僕の事思い出してください」
と言われたけど、その言葉はとても告白チックだ。
R君。君は姉御肌の女性にモテるだろうさ。
3月29日、月曜日。
日曜日に帰ろうとは考えたけれど、余韻に浸りたく月曜日にずらした。
朝早く起きて少し東京観光でもしようと思ったけれど、案の定うまく眠れなかった。
ホテルでチェックアウト時間ギリギリまでグダグダしてしまった。
旅先で困ること。
他の人はどうかわからないが、「野菜不足」に困る。
炭水化物ばかりになってしまって、野菜をふんだんにとるとなると、ジュースくらいしかなくなってしまう。
あとはサラダバーとか???
生野菜だけじゃなくて火を通した野菜をしっかりとりたいとなると、結構探さなくちゃいけなくなる。
そこであったんです。
先日店の前でデモやられてたところなんですけど、野菜炒めとかひじきとか豆腐とかかぼちゃの煮つけとか肉じゃがとかおひたしとか、そんな素朴なやつですよ。
野菜が欲しい時ってあるじゃないですか。
なんかブラックと罵られているところで食べるのは心が痛んだけれど、野菜欲に負けました。
「ご飯いりませんか?」と突っ込まれるほど野菜メニューだけだった。
お野菜が体に染み込んでいきました。
朝ごはんは野菜オンリー。
まぁ、ブラックにしがみついていると人生破滅する。
前にも書いたけど、関われば関わるほど損しかしないし、組合を作って直接談合できないんだったら会社を労働者側からは動かせないんじゃないかな。
お昼は新宿伊勢丹で昔見た背広を探したけどなかった。
うろ覚えでしかなく、国産の生地でオーダーメードで・・・ぐらいしか覚えておらず、でもいつか着てみたいな国産生地のオーダースーツ。
そうそう。東京に来たらやりたいことまだあって「蒙古タンメン北極を食べること」がありました。
新宿にお店もあるし、行ってみたのだけれど、北極よりも味噌のつけ麺がより辛いことがわかり、急遽そちらに変更。
蒙古丼もつけて食べました。
かなり覚悟はしていましたが、結構ペロッといける。
涙なんか出てこない(あまりにも辛すぎると涙も汗も止まらなくなる)。
問題はつけ麺だから汁がしょっぱすぎて全部飲めなかったことぐらい。
札幌にも辛麺屋がすすきのにあって、そこもかなり辛いんですけど、そっちで慣れてました。
動画を見ると北極10倍ってあるんだけど、店舗限定メニューなのかな。
次に行く機会があったらやってみよう。
ちらちら書いているとは思いますが、私通常の人間が食べられないような辛いものでも食べることができます。
まずいのは無理なんですけどね。
昼近くまでホテルにいたため、その2つをこなしたら、すぐに空港。
降りるターミナルを間違えてしまい真向いのターミナルまで歩くことになったけれど、飛行機が遅れて着くらしく、焦っていた気持ちも吹っ飛び、ラウンジで飛行機をゆっくり見ながら搭乗。
特に天気は悪くなかったが、やはり雲の上の陰る太陽が美しく、朱が徐々に紺色に染まっていく瞬間の滲んだ世界が心を落ち着かせた。
ようやく、飛行機の中ですっと眠れる。
ようやく、レッスンが一区切りつく。
空港まで迎えに来てくれた相方に伝える。
「壤さんに褒められたよ」
「凄いじゃん!」
帰ってきてからが本番なんだけれどね。
声の技術、いかに使っていくか、またここからが修行の道。
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