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あさかぜさんは見た

日記

12/28

Sun

2008

今から来年はこうしようとか、来年こそはとか、来年になって、今年こそはなどと考えている人は、まず成功しません。

まだ今年は残っていて、最後までしっかりやるべきだし、今年しっかりとできたのなら、来年はその延長線上で、「今年も」となるはず。

明日にのばしている癖が、言葉に出るようだと、実生活も残念ながら結構時間を無駄にしているはずです。

ぐーたらの私が言うんだから間違いない。

今年自分の予期せぬ、偶発的な災難によって時間を潰されてしまった人は、厄年ならばお払いを、そうじゃなければ自らの原点に変えること。
原点のわからない人は、残念ながら今まで自分の人生を真剣に考えて、備えてこなかった人です。

不幸を幸福に変える知恵のないものは、残念ながら流されて生きていくしかありません。

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12/26

Fri

2008

ふぞろいの林檎たち ~本当の林檎の話です~

ドラマの話じゃありませんよ。
本当の林檎の話です。
おばあちゃんに農家の親戚がおりまして、りんごやみかんを送ってきておりました。
おばあちゃん一人では食べきれないので、いくつか母親がもらってきていたのですが、並べてある林檎をよく見てみると、ふぞろいで形も色々あります。

もし、これがスーパーなどで並んでいると、「同じ値段なのに大きさも形も違うのはおかしい」と、あたかも「不自然さ」を強調するのですが、よく考えてみれば形も大きさも違うのが自然そのものの姿なのであり、形や大きさが揃っているというのは、ある意味「異常」なのです。

例えば、化学調味料のきつい味に慣れていて、天然の調味料で味付けしたものを「味が薄いし、おいしくないよね」というのも「異常」な話なのです。

私もふと気がついて、ぞっとしたのですが、我々の生活は「異常なものを正常なものとして受け入れる生活」をしております。
我々は自然界に存在し得ないものを次々と作り出しては、我々の王国を作り上げています。
その王国の中では、不自然で人工的なものが「自然」で、当たり前すぎる自然的なことが「不自然」、もしくは「不可解」なものとして、思考からも物理的にも排除して「自然の状態」に近づこうとします。

これではまるで逆さまで鏡のような世界です。
異常な生活を日常と呼び、自然なことを排除できないと不自然と呼ぶ。
売ってもらっているのに買ってやっていると言う。
金払ってるんだから。
金。
現代至上主義における人間の精神の行き着く先なんて、よく考えれば容易に考えられることでした。
金という価値基準で物事を数値化していけば、人間の精神だっておかしな方向へ行くのは目に見えていた。
やれ不平等だ、やれ損した、傲慢が支配して金に対する気持ちも腐りきるのはわかりきっていたこと。

自然というのはふぞろい。
我々は自然なものを受け入れられなくなってきている。
異常なものを正常と思い出して、本来の正常なものがなにかもわからなくなってきている。
末期でしょう。

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12/20

Sat

2008

飽食の中にある。
怠惰の中にある。

欲望が平然と満たされる環境があると、自分はだらけていくものらしい。

人は常に傲慢に打ちのめされる。
自分もまた、自分の中の弱いものに負けていく。

自分の戦い方は逆らいもせず、従いもせず、大きな流れを自分の力に変えて、さらに何倍もの力へと増幅させ、動かす。

己の精神力がこの程度では、ちゃんちゃらおかしい。

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12/01

Mon

2008

8割の人が「自分がHIV感染していても恋人には伝えない」

~とあるアンケート結果らしい~

へぇ、ほとんどの人が偽善で「愛している」とか「大好き」だとか言うんだね。

自分がかわいいだけで相手のこと大事だと思わないんだね。
自分が知ってて感染させたら完全な暴力じゃん。

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11/30

Sun

2008

刑事裁判で犯罪被害者が被告人に質問したり、求刑したりできる被害者参加制度

そもそも犯罪者全員に理性なるものが存在していると信じているのだろうか。
…と、ふと思いました。

被害者感情としては、加害者を断罪したいし、「なぜしたの?」という疑問からなんらかの理由が欲しいと思う。

でも、本当の鬼畜だったらどうするのだろう。
死んで欲しいという感情を越えて、もっと恐ろしい感情を被害者が抱くのではないか。

殺したことも後悔せずに、つらつらと遺族をバカにするような態度を取り、発言も挑発的だったら?なおかつ凶悪犯なのに自分を弁護するようなことを言い出したら?
弁護士がそんなことを吹き込みはしないだろうが、「イライラしていた。誰でもよかった」そんな理由しかないものに対して、もうどうしても何もないと思うし、質問すればするほど傷つくのでは。

まあ、選択制にせざるを得ないだろうから、質問もしたくないのならすぐやめられるし、現行法では量刑は必ずしも妥当ではないものがたくさんあるから、刑法のシステムについては色々と考えなければいけないと思う。

しかし…なんだね、いつ誰が不幸にあうかわからない時代。
他人が信用できない、ストレスからいつプッツンするかわからない、知らない人がどこかで悪いことを企んでいる。
どうしてこうなった、というよりも、もう各々が干渉したくないほど末期状態になっていて、改善策も思い浮かばないというありさま。

ついに裁判員制度のハガキも誰かに届いたみたいだし、責任は重大ながら、だからこそ犯罪や人について真剣に、死ぬほど悩みぬく機会が出る。
本当にこれはよい制度だと思っている。
やっぱりそこから始めて、よい方向性を作っていかないと、これからはもっともっと悪くなるような気がする。
外野でごちゃごちゃ無責任なこと言っている連中が、実際に断罪できる立場になって神経がおかしくなったり毎日吐き気で眠れないほどの事例に携わり、その重みを知ることはとても大事だと自分は思うし、そうやってぎりぎりの精神状態まで追い込まれる現実を前にして初めてリアリティーあることが考えられるわけですからね。
法律の知識がないからうんぬんなんていう連中は二度と裁判官や弁護士に口出ししないほうが賢明だと思いますよ。
口出ししている時点で矛盾なのだから。

人が自分の心理をうまく表現できないで犯罪行為に至る。
理由はあっても、本人は「なんとなく」でしか表現できない。
こういう人間がどんどん犯罪を起こしていく。
難しいと思う。
これから先、色々な場面において、あいまいで、それゆえに難しくなると思う。
私は社会全体が、この国をどうしなければいけないのか、ということを積極的に考えてそして行動していかなければ、もうお仕舞いだと思う。
やれ政治が悪い、政治家が悪い、経営者が悪い。
そういう国にしたのは俺たちなんだって、重々悟るべき。
国民である限りはその責任から逃れることはできない。
どのような理屈でごまかそうとね。
だから現実は素直に反応している。
当然の物理的反応だと思うけれど。

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プロフィール

HN:
あさかぜ(光野朝風)
年齢:
46
性別:
男性
誕生日:
1979/06/25
自己紹介:
ひかりのあさかぜ(光野朝風)と読みます。
めんどくさがりやの自称作家。落ち着きなく感情的でガラスのハートを持っておるところでございます。大変遺憾でございます。

ブログは感情のメモ帳としても使っております。よく加筆修正します。

気が付いたら他人からとても褒められる娘ができまして、人生が大きく変わりました。
この小さな可能性と向き合うため頑張って生きております。

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