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あさかぜさんは見た

リクエスト何かあれば「comment」に書いてください。「note」「Paboo」で小説作品読めます。

06/24

Thu

2021

4月7日のお話。

かれこれ、出会ってから6年くらいになるのだろうか。
2年ごとに札幌三越で伊賀焼の個展をやっているはずだから、6年だろうと思う。
3度行った記憶が・・・。
伊賀焼の代表的な作家である谷本洋さんと知り合ったのは、当時京都から帰ってきて「今までとは違う新しいコミュニティを探そうと、すすきのや狸小路をウロウロして目星をつけた2・3店舗の中の1つ「MINIBEG」の店主である梶原さん伝いで知り合った。
知らない物に触れていこうと思っていた矢先、ここにしようと思えるお店が「MINIBEG」だった。
今は様々な陶芸作品の杯でお酒を飲める「無茶法」というお店になっている。

当初谷本洋さんとの出会いは否定されるところから始まった。
「感性がない」と言われ、夜の帰途、「チクショー!」と怒り狂いながら帰った。
その時の個展だったか、梶原さんの計らいで洋さんの個展の片づけをしたお礼にと「僕の作品じゃなくてすいませんが」と、お猪口をもらった。
その後数年経ち、北広島に引っ越し札幌が遠くなってしまった中、自分の料理を振る舞いたくて町内会の人たちを集めて小さな宴会をしていたのだけれど、その時お客様用で出そうと思ったお猪口に「こちらはどちら様の作でしょうか?」なんて聞かれたら自分何も知らないな、と思い洋さんに聞いてみると「底の方見せてもらえますか?」「僕の作品です」と数年越しで判明した。
箱をよく見ると「洋」と見れる形の落款もある。
「知ろうとしなければ、見ることもできない」
過去の自分に言ってあげたいよ。
そりゃ感性がないって言われてもしょうがない。
もうそろそろ、このネタ今回で止めにしようかな。
未熟とは何かを顕著に語れる例だからたまに出すかも。

4月7日以前はメゾソプラノのオペラ歌手である谷本綾香さんのミニコンサートで出会った。
オペラ歌手の声を2mほどもない距離で聞くのは初めてだったし、体がぐっと押されるのを感じるくらい声の圧がかかってきた。
その時洋さんが綾香さんに「こちら、ダディーの友達」と紹介してくれたことが、ずっと心に残ってて、そんな洒落た紹介のされ方は初めてだったし、なによりも「友達」って言ってくれたことが嬉しく・・・嬉しかったけど「自分も洋さんの事友達って言っていいんだろうか」と、そこからずっと気にかかっていて、「僕も友達って言っていいんですかね?」と確認したのが17時半ぐらい。

今回会ってみた時に質問したいことがあった。
・感性から入って言葉を学んでいった先にある世界(感性→言葉→?)
・言葉から入って感性というものを感じた先にある世界(言葉→感性→?)
これ、どっちの入り方がより大きな世界観になっていくのか。
例えば世の中には天才って呼ばれるような人がいて、理屈をスイスイと体で覚えてしまって龍のごとくのし上がる人がいる。
逆に知識は膨大にあるのに頭でっかちになってしまって、感性の部分で突き出られない人がいる。
たぶん感性と知識と実践のサイクルで自分の中の才能が練り上げられていくんだろうけど、色んな人の意見が聞きたくて。

2つ面白い回答をもらった。
「やっぱり見に来てもらった若い子たちには説明しないといけない。これはこういうものだと説明して知ってもらっていく。知識を持ってもらえると興味も持ってもらえる」
「今面白い企画をやっていて雑誌の編集長に陶器を作ってもらう企画をやっている。忙しくて月に数回しかできないけど陶芸の雑誌じゃないんだけど、雑誌の中で小さな特集も組んで熱心に取り組んでいる。その人は陶芸に関しては素人なんだけど、今まで雑誌で鍛えた(レイアウトやデザインなどの)センスがある。作ってみると技術的には稚拙なんだけど非常に面白い作品が出来上がる。その人がやってきたことは無駄になっていない」

1時間と少しくらいだろうか雑談することができた。
その中で、とある歌舞伎役者の「Cさん」のことで、
「あれはダメだ。どうしようもない」
と、仰っていた方がいてと話題に出すと、
「僕はそっちの方はわからないんだけど、clubhouseってあるでしょ? あれで京都のお茶の先生が陶器のことで、これ知らんやろ? ぐらいの雰囲気で言ったのね。そしたらやっぱり代々伝わってきた器とかもあるんだろうね。知識があってきちんと答えてた上に逆にどう? みたいなやりとりあって、お茶の先生舌巻いててね、陶芸家としては感心した」
それを聞いて色んな見方があるものだなぁと感じた。
もっと自分の知識を増やして少しずつでもいいから色んな分野の理解を深めたいものだな。



その後は見た器のことをぼんやり考えながら飲んでいた。
伊賀焼は、一言で言うならば「森」のイメージがある。
その「森」は人が歩くような綺麗なものではなく、荒々しい石であったり、手つかずの土であったり、吹く風、そこに生きる花や木、湧き水の流れ、大きな岩がゴロゴロしている渓流であったり。
それらが溶けて受け止めているのが人であり、人が作るからこそ、生命観や哲学観が垣間見えるように思える。

一軒立ち寄った後に無茶法に辿り着いて梶原さんに洋さんの個展を見てきて一つ器を購入したことを告げた。
茶道はやらないので、だいたいぐい飲みか器が自分の実用品となってくる。
ぐい飲みはもらったものを大事にしているし、あまり沢山のものを持っても、ほとんどがお蔵入りしてしまうので、使う頻度の高い器を購入していた。
色々と話していると洋さんが入店してくる。
その時までには相当お酒も入っていて、やっぱり色々話しているのだけど記憶にはしっかり残らない。
ただ、なんとなく自分の中で答え合わせをしている。
自分が向かっているもの、持っているもの、感じているものは正しいのか、漠然とした答え合わせ。
そりゃ感性人それぞれあるんだけど、やはり人間だから、根っこにある何かは同じなんじゃないかっていうふわふわとした感触だけは持っている。
その根っこから大きく外れた時、人を限りなくよくない方向へいかせる、言わば己も他者も殺していく考え方や心持ちになっているのではないか、などと感じているのだ。

僕はだいたい酔っぱらうと突然色んなものが頭の中で交錯しだすので、ふと思い出したことがあって、
「倍音」
を思い出した。
声の先生のところで習ったもので、体全体の力を抜いて声を最大限に出す方法なのだけれど、老人は自然とできていると言う。
その時肺もそうなのだけれど上半身全体が震える感じになる。特に肺の横なんかブルブル震えるから触ったらわかる。
触ったら。
それで気になっちゃって、洋さんも歌を歌っていたし今も歌うし、よく響くいい声をしている。
そこでお手洗いから出た時に席に座って話している洋さんの胸の横を両手でピトリと押さえて震えを確認すると、
「キモイな、オマエ」
と超絶嫌悪感マックスで言われてしまい、今日午後六時近くから続いた友達関係は、わずか六時間程度で終わってしまったか、と感じたものだった。
後に梶原さんにも話すと「それはキモイわ」と言われたものだった。
気色の悪い体験をさせて申し訳ありません。

少し確かめたいことがあった。
「倍音」がよくできると、日本語の母音が柔らかくなる。
日本語は全ての発音で母音が関わってくるため、従来の西洋式の発声法では母音がきつすぎて逆に耳障りになるという。
所謂棘のイメージになるのだろうか。
そこで「倍音」ができるようになると棘が取れる。
声の先生が「倍音」ができると「性格も変わった、前は怒りっぽかったが温和になった」と言う。
つまり体の中に響く音が思考回路にも影響を及ぼすのだと理解した。
今谷本洋さんがどれだけ体の力が抜けているのか確かめたくなったのだ。
年を取って体力や気持ちの衰えも感じていると話していたけれど、それでもまだ自分の体の中のエネルギーを若さを使って出していると感じたのだ。
その時、ふと洋さんのお父さんの作品が気になった。
個展のところに一緒に展示してあるのだけれど、より艶っぽい。
何故艶っぽいのだろう。
「うちの親父は70代(確か72って言っていたような?)の時一番いい仕事をしていた」
と言っていたのを思い出した。
その言葉が「倍音」と重なり、もしかしたらこれから洋さんがもっと「衰えた」と感じた時、今よりも体の力が抜けて声に影響を与え、そして思考回路にも性格にも変化を与え、作品そのものへの表現として現れてくるのではないだろうか。
だとしたら作品は艶っぽくなるのか、もしくはそこに気が付いて逆に大胆さが出てくるのではないか、三越で見たものが頭の中で色々と変化していき、十年後いかなることになるのかと想像をしていた。
そこで梶原さんが持っていた器を見せてもらったけれど、摘まむ形で持ち上げてしまったものだから、そこにいた三名に注意を受けてしまった。
もう自分が酔いすぎだとわかったし、人の持ち物軽率に扱うほど酒でやられていると感じたのですぐに引き上げることにした。
酒乱は早く引き上げるべき。

と、いっても・・・
その後三件はしごしてしまったのだけれど、「カラスの書斎」の泉さんにも「倍音利かせると迫力出るんですよ」と詰めよって迷惑をかけてしまい、次の日全力で謝りました。
最後は札幌の老舗のバーに寄ったんですけど、綺麗なステアリングに見惚れながらフィニッシュしました。
もう朝日が眩しいほど。
電車もしっかり動いている中で北広島駅に辿り着いたのは10時を過ぎておりました。
早朝までやっているBARとなると、もう数えるくらいしかないので、あそこかな? って思ってください。



7日、梶原さんが作ったふきのとう味噌がとても美味で、その話のはずみで「うち普通に出てきますよ」と伝えたところ「頂戴!」と頼まれたことを思い出し、10日の洋さんのトークイベントに合わせて持っていったところ、facebookで「小説家光野朝風氏」と書いてくれて、その記事を読んでから夜から朝まで8時間近く目を潤ませっぱなしだった。
なんせ作品を読んでもらったことがあるだけに、そういう人から改めて書かれると、少し胸にきすぎるものがあって、どうでもいいやと思っていた気持ちが書こうかなと方向転換した。
これからリハビリの日々だけれど(書かないと錆びついて一切書けなくなるため)、もう一度改めて向き合おうと思いだした。
10年後の洋さんともし喋ることができたら、もっと違う話をしてみたい。

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06/23

Wed

2021

安易に草(w)を生やすやつ

今の若い人たちは逆に(笑)を使ってるんだけど、まだ1990年代辺りは使っている感触がある。
ネットゲームではいまだに廃れないんだろうけど、僕はオンラインRPGにディープにはまっていた時期があって、「w」を3個以上使う奴は絶対信用しなかった。
何でって、とにかくつけたがる。

「いや、マジでそれねぇしwww」
「あいつ殺したいよねwwwwwwww」
「あ、つまんないんでギルド抜けましたwwwwwwwwwwwwwwww」

全く知らない人でも、このふざけた感じ伝わると思います。

「w」の数が多ければ「大草原」なんて言う。
自分もチャットの時は使うのだけど、たまに若い人と接した時には確認する。
「wって、わかる? 使っててもいい?」
ほら、もうジェネレーションギャップしかない中年になってきたからね。

最近草を生やす人で心底腹が立ったことがあったんだけれど、飲食店で働いていた時に知り合った人、そこの会社クソだったから辞めた社員の人なのだけれど、他の会社に移った。
グループlineで当時在籍していたメンバーとやり取りしていた中で、ある日、

「(注:月曜日)今日8人なんだがw 人数多すぎw」

というメッセージが流れてきて、前にいた会社の感覚だと人件費から削らなきゃいけなかった。だから、その経営方針から見れば、そりゃ間違っているかもしれないけれど、そもそも経営者としては素人でもない、その会社に対して、しかもコロナ下にあり、祝日関連後日にもない、ただの月曜日に、素人でもおかしいと思う人数投入で、ただ単にこいつばっかじゃねーの的なコメントを素直に打ったのに憤慨し(草をつけるのが癖だったとしても)、

「前の会社の感覚で物を見ない方がいいですよ。もし身を切り刻んで従業員のことを考えているのなら、とんでもない勘違いをしているかもしれませんからね。少なくとも貴方よりも経営はプロなんですから確信持てないことは言わない方がいいです」

みたいなこと言ったのかな。自分。
1日置いて何か返信来ると思ったらだんまり。
もう数少ないプロック対象の中に久しぶりに入った。

正直、特にコロナのご時世、命懸けで経営やっている人に対して、裏付けもなく安易に草生やすようなやつとは縁を切りたい。
みんな迷ってるし苦しんでいるし、通ってくれているお客さんの顔を思い浮かべて必死に頑張ってるんだ。
経営抜きにしても、命懸けでやっている、その本気を笑い飛ばすなんて真似する奴は、これからの人生一匹たりともいらん。
虫唾が走るとはこのことだ。

今後も一切、人の「懸命」を笑う輩とは関わらない。問答無用で切り捨てる。

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06/23

Wed

2021

金輪際小説を書いているとは言わない

最近、小説を書いているという言葉で紹介されただけで、初対面の人から石をぶつけられることがある。
本当に何もしていない、ただ私は黙って座っており、話しかけてもいない人から突然暴言を吐かれるのだ。
例えばこれが詩だとしたらもっと蔑むような感じで受け止められることは目に見えている。
詩は日本において「ポエム(笑)」と理路整然としてない文章への侮蔑的な言葉として扱われることもあるし、小説なんて今やネット小説家は掃いて捨てるほどいる。
その表現者達の大半は自己主張が強く我を人に押し付ける。
ネットでもその手の輩は沢山いて、何か意にそぐわないことを言われると突然つむじを曲げ・・・るくらいならいいんだけれど、機嫌を損ていることをあからさまに態度に現し、挙句の果てには文句まで言ってくる、所謂社会人としてヤバいヤツ。
持っていないのに自信だけはあるというやつだ。
つまり「自己中」の代名詞と同意に受け取られる。
自分も昔は作品があるからお金を出してくれと他人に無心した事が何度もあるため、いわば罪人扱いされてもしょうがない人間なのだろうけど。
過去の大作家に自分を重ね、例えば石川啄木や太宰治や正岡子規、坂口安吾や北原白秋等、借金ストーリーはちらほら出てくる。
今ならサラ金やカードローン等様々な手段があるけれど、人から借りるとなると、色んな意味を含めて「惚れてもらう」ことでしか出してくれない。
恋愛として惚れられる。才能として惚れられる。
だから出してくれる。
そんな惚れられてもいない相手に金を出せなんて言うのは強盗と一緒なんだなと、今ならわかるが、昔は認めてくれない歯がゆさで人に嫌気がさしていた。
突然石をぶつけてくる人たちは過去に小説家と何があったのかわからないけど(そういえば年配の人が特にそうだ)、特に親しくもない人間に他人伝いで小説書いてますと紹介されただけで暴言吐くって、そりゃいくらなんでも非常識な私だって悲しくなりますし、その後悪酔いします。
小説を書くことは因果なものだし、時として重いものを背負わなければいけないことがあるけれどさ・・・。
前科者に等しいのかもしれない。石をぶつけられてもしょうがないのかもしれない。
書くことを断念するということはないだろうが、小説を書いていることを自己紹介として、ここ数年は自ら言ったことはない。
そして金輪際自分から書いていると言うのを止めようと思う。
小説が馬鹿にされるのだ。詩ならトイレの落書きだろう。
私はトイレの落書きをずっと書いているような人間だから。
少なくとも詩が社会の共通的な認識として「少し恥ずかしいもの」や「侮蔑語」として扱われることの深い悲しみと怒りは誰にも伝わらないものとして抱え続けている。
小説もまた似たようなカテゴリーで扱われていることを肌身で感じているのだ。

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05/04

Tue

2021

壤晴彦丹田発声ワークショップ(その6(終))

本当に新宿はひっきりなしにサイレンが鳴っている。
ほとんどが救急車の音なのだけれど、朝から晩まで誰かが運ばれている。
ススキノでさえ、それほど聞かなかったのに。
異様な街だと思うのは慣れていないからだろうか。
むしろ「珍しいことではないし」と思うようになってはダメなんじゃないだろうか。

3月28日、日曜日。
相変わらず眠れない。3時間も眠れなかった。
朝6時に酔った体を起こしてコンビニに出かける。
近くのマクドナルドの従業員入り口に背の高さほど積まれた納品を見ながら「1人でやるのか2人でやるのか、大変だな」と思いながらコンビニでサンドイッチと追加の酒を一本だけ買い部屋で食す。
その日は昼12時からのレッスンだったけれど、題材で読んでいた「勧進帳」を見たい人はビデオを流すと言うので11時からサロンに集まることになった。
意味が分からないと固まる。
だから意味をクリアにするために難しい言い回しも細かく説明してくれたため、普通に聞いたらわからない歌舞伎の台詞も理解しながら見ることができた。

最後の仕上げとして先日やった対面形式の読み上げ。
皆の読み上げを聞きながら自分で読めないところがあるか再確認。
壤先生が人に何を指摘するかを聞き耳立てながら、あとどんな顔して聞いてるんだろうと鋭い眼光を眺めていた。
弁慶と富樫、互いに一回ずつ。
緊張はしたけど随分と細かい指示が入ったため、重点的に良くない場所が改善されていった。
最後富樫をやったけれど、すっと力が抜けて自然体で初めてできた。
そして、「いいねぇ。よくなったよ」と褒められたのだ。
来た甲斐があったというもの。

最後終わってからみんなでお酒を持ち寄ってサロン内で小さな打ち上げをしたけれど、その時にも「なぁに、上手いじゃない。(札幌で)劇団でも持ってるんじゃないのぉー?」なんて言われて本当に嬉しかったし自信も持てた。
言われたことを自分の体で表現できたというのが一番大きい。
つまり「指示通りに表現できる」ってことだ。
自分の癖なんていくらでも出せるわけだから、人の表現しようとしているものを汲み取れるのは、役者としてとても大事なわけで。
「いやぁー、自分一人だけ違う畑の人間何で凄く緊張しました」
「普段何を?」
壤先生の隣にいた補佐の男性が僕の横に座っていたので聞かれる。
「調理師です」
あくまで音楽か役者か、関係者なのだと思い込んでいるためか、
「調律師?」
「いえいえ。調理師。料理作る人です」
と答えると周囲も「え?」というリアクション。
「どうしてここに来られたんですか?」
そりゃ疑問にも思うでしょう。
だって調理師が壤先生に学んだからって調理現場ではあまり生きてこないから。
理由を述べると皆聞いていた。
実際いつ収束するかわからないコロナ事情。
先が見えないってのはまさにこのことなのだ。

実は差し上げたお酒、サロンの冷蔵庫に保管してあって「これは美味い」と言ってくれて、そのことも心の底からホッとした。
北の錦のあらばしりは自信を持って他人にお勧めできる酒だ。
当然周囲にも振る舞ったため、すぐなくなったのだけれど、振る舞うとわかっていれば2本は買ったのになぁと思った。
急遽決まったプチ打ち上げなのでしょうがないことながら。
あらばしりを飲んだ左隣に座っていた若い子が飲んで言葉をため込むように
「これ・・・めっちゃ美味しいです・・・」
と感嘆していた。
今までお酒を飲んで見てきた中で歴代ナンバーワンのリアクションではなかろうか。
自分の作った物ではないにしろ、北海道のもので感動してもらえて嬉しかった。
その方プロの声優さんで、ちょうどアマゾンプライムで見ていたアニメの重要なサブキャラをやっていらっしゃってLINEの連絡先も交換。
「こやつ、同じ臭いがする」
と感じ、いい酒をどんどん送りつけてやろうと決心した。
酒飲み仲間。
友達になりたいと思った。
なってくれるみたいだから、北海道から愛を込めて贈っていこうと思う。
道民として地元の魅力を発信できるのはこの上なく嬉しい。

自分で買ってきたストロングゼロ3缶空けて、質問したいこともできた。
演技って言うのはどうしてもエゴが出てくるし、どうしても自分が認められたいというものと戦わないといけない。
何故って他人を演じているのに自分が出るのだから、この相反する他者と自己という演技上の矛盾をいかにして解決するのかが、演技者の根本に関わってくると考えている。
その上で、例えば「役どころとしてどうしても受け入れられないのは自分の中に問題があるのでしょうか」と質問すると、「ミラーボールみたいに人には色んな側面があって、自分の中にもそれがあるから」との答えだった。
人には様々な側面がある。
それが少しわかる年になってしまった。
なるほどと、深く頷く。
ちなみにもう一つ帰り際に気になってたことを質問した。
「先生。出世するコツってありますか?」
「運ですね」
達人を以てして言わしめる「運」なる存在とは説明が非常に難しい。
実力があったとしても埋もれる人間は沢山いる、という意味なのか。
人のコネを作るのは出会いであり、人の輪で人は作り上げられる、という意味なのか。
意図せず運命の導きのような偶然が重なり、そこに引き込まれるようにいた、という意味なのか。
望んだ通りの人生など望めず、主役と脇役との分際はハッキリ出る、という意味なのか。
その道に関して器用な奴と不器用な奴がいて、心身ともに不一致が起こる、という意味なのか。
具体的に「運とは何ぞや」は非常に難しい問題だ。
でも、壤先生曰く「運」と間髪入れずに断言されたことが自分にとって、全くもって面白いことで、少し清々するところがあった。
(壤先生は大嫌いな言い方だが)ダメだったらダメで、クズらしく生きればいいか。才能ないんだもの。・・・なんて気持ちが生まれた。
本当に鳴かず飛ばずで一喜一憂して精神が崩れるような人間だから。

最後の日まで養成所の子がついてきてくれて、雨が降っていたから長話も外でなんだからと、ホテルの部屋に連れ込み、自分の話ばっかりして、挙句の果てに人生で唯一人を殺そうと思った時の話なんかしたりして、「人を殺そうと思っている時の目ってこんなんだよ」なんて絡んだりして、酔っぱらった時のダメな癖が出て、帰り際地下鉄に下る階段で泣いてしまったりして、滅茶苦茶だった。
人を憎むにもかなりの力が必要だ。
酔っぱらい過ぎて自分のことを押し付け過ぎた。
この世界のことは演技の事ではあんまり役に立たないから、彼のこれからの人生に対してほとんど無駄になることを、自分だけの想いで押し付けてしまったと反省している。

そういえばスクエアエニックスのショップがホテルまでの帰りにあって、そこでチョコボをプレゼントされた。
「これ見て僕の事思い出してください」
と言われたけど、その言葉はとても告白チックだ。
R君。君は姉御肌の女性にモテるだろうさ。


3月29日、月曜日。
日曜日に帰ろうとは考えたけれど、余韻に浸りたく月曜日にずらした。
朝早く起きて少し東京観光でもしようと思ったけれど、案の定うまく眠れなかった。
ホテルでチェックアウト時間ギリギリまでグダグダしてしまった。
旅先で困ること。
他の人はどうかわからないが、「野菜不足」に困る。
炭水化物ばかりになってしまって、野菜をふんだんにとるとなると、ジュースくらいしかなくなってしまう。
あとはサラダバーとか???
生野菜だけじゃなくて火を通した野菜をしっかりとりたいとなると、結構探さなくちゃいけなくなる。
そこであったんです。
先日店の前でデモやられてたところなんですけど、野菜炒めとかひじきとか豆腐とかかぼちゃの煮つけとか肉じゃがとかおひたしとか、そんな素朴なやつですよ。
野菜が欲しい時ってあるじゃないですか。
なんかブラックと罵られているところで食べるのは心が痛んだけれど、野菜欲に負けました。
「ご飯いりませんか?」と突っ込まれるほど野菜メニューだけだった。
お野菜が体に染み込んでいきました。
朝ごはんは野菜オンリー。
まぁ、ブラックにしがみついていると人生破滅する。
前にも書いたけど、関われば関わるほど損しかしないし、組合を作って直接談合できないんだったら会社を労働者側からは動かせないんじゃないかな。

お昼は新宿伊勢丹で昔見た背広を探したけどなかった。
うろ覚えでしかなく、国産の生地でオーダーメードで・・・ぐらいしか覚えておらず、でもいつか着てみたいな国産生地のオーダースーツ。
そうそう。東京に来たらやりたいことまだあって「蒙古タンメン北極を食べること」がありました。
新宿にお店もあるし、行ってみたのだけれど、北極よりも味噌のつけ麺がより辛いことがわかり、急遽そちらに変更。
蒙古丼もつけて食べました。
かなり覚悟はしていましたが、結構ペロッといける。
涙なんか出てこない(あまりにも辛すぎると涙も汗も止まらなくなる)。
問題はつけ麺だから汁がしょっぱすぎて全部飲めなかったことぐらい。
札幌にも辛麺屋がすすきのにあって、そこもかなり辛いんですけど、そっちで慣れてました。
動画を見ると北極10倍ってあるんだけど、店舗限定メニューなのかな。
次に行く機会があったらやってみよう。
ちらちら書いているとは思いますが、私通常の人間が食べられないような辛いものでも食べることができます。
まずいのは無理なんですけどね。

昼近くまでホテルにいたため、その2つをこなしたら、すぐに空港。
降りるターミナルを間違えてしまい真向いのターミナルまで歩くことになったけれど、飛行機が遅れて着くらしく、焦っていた気持ちも吹っ飛び、ラウンジで飛行機をゆっくり見ながら搭乗。
特に天気は悪くなかったが、やはり雲の上の陰る太陽が美しく、朱が徐々に紺色に染まっていく瞬間の滲んだ世界が心を落ち着かせた。
ようやく、飛行機の中ですっと眠れる。
ようやく、レッスンが一区切りつく。

空港まで迎えに来てくれた相方に伝える。
「壤さんに褒められたよ」
「凄いじゃん!」

帰ってきてからが本番なんだけれどね。
声の技術、いかに使っていくか、またここからが修行の道。




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04/30

Fri

2021

壤晴彦丹田発声ワークショップ(その5)

2日目(3月27日)は僕が京都の西院に半年いた頃に知り合ったプログラマーがいたけれど久しぶりに会うことになった。
当時は有名ゲームメーカーのプログラマーをやっていたけど、今やAIのプログラマーまでやるぐらいだから本当に凄い若者。
僕と連絡とってくれる心優しい10歳ほど下の尊敬する人。
僕の声の名前は「天銀輝」なので「てるさん」と呼んでもらっている。
ネットで知り合ってるから特に突っ込んで本名知ってないけど、それでも数年越しでもきちんと連絡くれる。
その方が新宿の餃子屋を紹介してくれて、一緒に食べて今までの人生の情報交換。
お店の中であらかた話したけど、あちら様も名残惜しいと感じてくれたのか、せっかく東京に来てくれたからからとの配慮なのか、少し歩きましょうかということになって都庁まで歩いたけど、肝心の都庁、自粛明けなのに都庁内への出入りは禁止していた。

??????

自粛は解除しているのに都庁への出入りは禁止しているとは、なんとも東京の政治の本質を見たような気がして気分悪くなった。
しかも入れる予定は未定ときている。
正直便意を感じていたので、都庁のトイレで盛大にぶっこいてやろうと思ったのに、サイドの場所で落ち着かせることにした。
睡眠時間も少し欲しくて3時過ぎにホテルについて窓を少し開け、ホストの街宣の車やら、相変わらず昼間でも時折なったりする救急車。忙しいなと思う。
ホテルに入る前なんか、休業補償だかなんだか飲食チェーン店が従業員にちゃんとした対応をしなかったからとマイク使って活動していた。
僕も飲食いたしコロナの時にクソのような企業にいたから補償も何も政府の保証の事さえも何も知らされず、ましてや社保も支払ってないことすら知らされずにうやむやにされ休業しますだけで多大な損を被っているから、その怒りは充分、いや僕も君以上に怒り狂っているんだ内心は。
でもね、そういう企業潰したかったら法律と組織化と圧力と、そして自分だけではない多くの人たちを巻き込んで、企業と雇用者の仲立ちをするような組織を作り上げないといけない。
飲食に10年以上いるけれど、ゴミみたいな企業が目に付く。アコギすぎる上場企業や大企業もいる。そういう連中に対抗しなきゃいけないんだよ。
だから難しいんだ。力を持つことでしか解決できないんだ。
ホテルのベッドに横たわりながら、窓から吹き付ける強めの風を肌に受けながら配られたチラシを読みながらウトウト仮眠に入った。

ワークショップ2日目本番。
ホテルからの道中、はらりと完全体で桜の花びらが目の前に落ちてくる。
これは拾って欲しいのかなと思い持って行った。おかげでレッスン中は少し心が和む。
発声法の7つの残りを教えてもらった。
その上10人で5組を組んで各々歌舞伎の題材「勧進帳」を富樫と弁慶の両役を一回ずつ交代でやるという形式で練習する。
ちゃんとやればやろうとするほど震えが大きくなり、震えはグラスを持てば液体が零れるほどだったと思う。
震えを止めるために手をわざと大降りに震わせたり、ぎゅっと握ったり、心臓も高鳴っている。
何も知らないのに「上手くやろう」とは客観的に見れば滑稽だが、ホテルでもいつもの酒量以上に飲んでいるのに全く眠れず3時間程度できっかり目覚めて眠れなくなるのだからどうしようもない気持ちもあった。
気が張りすぎているから、その睡眠時間でも午後のワークショップでも目が覚めている。
ただ「上手くやる」ことが目的ではなく「倍音の感覚を掴む」のと「自分の持っている全力」で出して何が悪いのかを精査する目的があったから、声を張ったり、わざと低く体の中の振動を確かめながら音読のようなテンションでやったり、目の前の人は無視した。
これが「芝居」「演技」を目的としているレッスンならまだしも「発声」なのだから、全部「演じる」ことは自分の中で削ぎ落そうとは思ったけれど、そこは我が出てくる。
結局お金も労力も相方の了承ももらってきているのに、何もわかりませんでしたでは本末転倒。
目の前の人間ではない。
自分の出せる全部に集中。
台本を持つ手が震える。
ゆっくり地に足をつけてやるべきだと力を入れて読む。
結局みんな読むスピードが速いのか、なんだか自分だけが最後1分2分残る。
自分たちだけが声を出している。自分だけが声を出している。
当然周囲の目が向くけれど関係ない。恥ずかしい気持ちもあるけれどテンションを絶対に下げない。雰囲気が変わっても出すこと。だって答えを出す人は目の前の先生なのだから。

壤先生の前でもやって、指摘を受けることができた。
いい先生だと思ってきているので、いい弟子でありたい。
だからなるべく言葉で伝えられたことを体現できるように、今目の前の先生が出している振動を感じ取って自分に取り込むことに集中した。

「耳がいいじゃないの」
確か壤さんに言われた記憶がある。
耳は確かに最近のものではなくて思春期から聞いてマネする等していたような気がする。
親父がクラシック好きで、家で音楽をかけながらなんちゃって指揮者をやっていたっけ。
ここ数年だと人の声を「波長」で見聞きしていたのもある。
もちろん自分の声も。
だからどんな音を出しているのか多少はわかるようになっている。
小さなころからのバラバラの断片がすっと繋がっていく気がした。

ワークショップが終わり、相変わらずついてきてくれる3年目の子。Rくん。
その日は北海道からお酒を送った子から、ベトナムの調味料などを直接手渡される約束だったので「初対面だし人見知りだから一緒についてきて」とRくんにお願いする。
東新宿から新宿アルタまでの道のり色々話をするけど、気になる言葉を言うから正す。
「頑張りたいと思います」
例えば人間、平和、常識、幸せ、当たり前、頑張る等々の広範囲の言葉が出てきた時は、ほぼ思考が定まっていないと思っていい。
だいたい何もわかっていない混乱状態だと言っても過言ではない。
「頑張るって具体的に何するの?」
質問するけど答えられない。
これがいけない。
漠然としたものを思い浮かべるのは指標として大事だけど行動に移せるのは常にシンプルな考え方だ。
明日でも今すぐでも何ができるのか、もっと言えば「今これをする」という思考が大事だ。
忙しい人は常に、この「今すぐやらなきゃいけない」に振り回されていくことになる。
仕事が舞い込まなくても課題さえ見つかれば完全に忙殺される。時間が潤沢にあっても追いつかない。
思考の混乱はちょっとした視点の違いから生まれる。
夢は常に現実的な積み重ねの中にあるのだから、今自分が何をすべきか見えなければ辿り着けないんだ。
かつ指標も同時になくちゃいけない。目的地を見失うから。

ゆえに夢のない人間は道を失い、次の一歩を迷うものには未来がない。

結局R君とは僕が荷物を受け取った後、歌舞伎町の花園神社で夜桜見ながら、「俺壤さんに誘われて来たんだよ。嘘じゃないよ。メールで色々細かいこと教えてもらったんだから。ほら」と携帯を見せると食い入るように見ていた。
別に自慢する気もないけど、きっと「何故ここに自分がいるのか」を示せると思って。
意思もあるけれど、導かれて来たとなると中途半端な気持ちで臨むわけにはいかないからさ。

そして軽い話をして2日目終了。
最終日は勧進帳を見せてくれるというので、1時ごろの始まりだったけれど見たい人は11時。
どうせ眠れない、と思いながら浅い眠りにつく。

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プロフィール

HN:
あさかぜ(光野朝風)
年齢:
45
性別:
男性
誕生日:
1979/06/25
自己紹介:
ひかりのあさかぜ(光野朝風)と読みますが光野(こうや)とか朝風(=はやぶさ)でもよろしゅうございます。
めんどくさがりやの自称作家。落ち着きなく感情的でガラスのハートを持っておるところでございます。大変遺憾でございます。

ブログは感情のメモ帳としても使っております。よく加筆修正します。自分でも困るほどの「皮肉屋」で「天邪鬼」。つまり「曲者」です。

2011年より声劇ギルド「ZeroKelvin」主催しております。
声でのドラマを通して様々な表現方法を模索しています。
生放送などもニコニコ動画でしておりますので、ご興味のある方はぜひこちらへ。
http://com.nicovideo.jp/community/co2011708

自己プロファイリング:
かに座の性質を大きく受け継いでいるせいか基本は「防御型」人間。自己犠牲型。他人の役に立つことに最も生きがいを覚える。進む時は必ず後退時条件、及び補給線を確保する。ゆえに博打を打つことはまずない。占星術では2つの星の影響を強く受けている。芸術、特に文筆系分野に関する影響が強い。冗談か本気かわからない発言多し。気弱ゆえに大言壮語多し。不安の裏返し。広言して自らを追い詰めてやるタイプ。

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