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あさかぜさんは見た

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06/10

Fri

2016

ぼんやりした不安

ちょうどよくまたテレビで見てしまったので、せっかくの機会に書こうと思う。
芥川龍之介。彼は「或旧友への手紙」の中で出している。
よく引用されるが、ここでも載せよう。
「君は新聞の三面記事などに生活難とか、病苦とか、或は又精神的苦痛とか、いろいろの自殺の動機を発見するであらう。しかし僕の経験によれば、それは動機の全部ではない。のみならず大抵は動機に至る道程を示してゐるだけである。自殺者は大抵レニエの描いたやうに何の為に自殺するかを知らないであらう。それは我々の行為するやうに複雑な動機を含んでゐる。」

夏目漱石は精神的なものが強烈に響いて胃潰瘍等の病気を悪化させて死んだ。
特に太宰治が夏目漱石ではなく、芥川龍之介に強烈な興味を引かれたのは、彼が持っている「道化」の性質を太宰が「同類の嗅覚」として強烈に嗅いだからであろうと僕はずっと思っていた。
それは夏目ではいけなかった。
芥川でなければいけなかった。
もし太宰が本当に絶望しているのであれば、道化の中に自分を見出すまでもなく死へ一直線へ向かっていたはずではないか。

「ぼんやりした不安」とは何なのか。
死ぬ。そのための理由を探すならば過程しか見当たらぬ。
人の持つ悲しさ、不幸さ、理不尽さ、それらは全て個人のあり方よりも周囲の物言わぬ圧力のようなもので、生きていく限り付きまとう、しつこいべっとりとしたものなのだ。
特に日本人という性質。同調し群れて独自の閉鎖的な社会性を維持させようとするのだが、この村的性質が陰湿なところへいくと大変ねちねちとしており、排他的な同調圧力となって攻め寄せてくる。
これが肌の色が違うもの同士の国なら、また事情は大きく違ったかもしれない。
作家は生活していくために金が必要になる。
これからどうなるのか本人にもわからない。食えていけるのか、なんて生活のことだって気にしないと言っても心の奥底に沈む。それよりもなによりも「お金が入らない=自分の作品が人に通じない」という恐怖感さえ覚えてしまう。
とにかく列挙すれば色々あり、その様々な理由が理性的なもので閉じ込められ、やがては深層に沈み本人さえもわからないぼんやりしたものになる。

人間は、考えてはいけない領域がある。
それは人そのものが持つ弱い心そのもので、それは例外なく誰もが持っているものだが、自分を棚に挙げて他人を責めたり、自分がやりもしていないことをさも知っているかのように他人に講釈をたれたり、気に入らないことを愚痴として散々言ったり、人を妬んだり、恨んだり、お金を少し持っていると相手をそしり、今度はお金を持ち出すと持っていないものを見下し、比べれば劣等感か優越感しか持たず、個人は様々な価値観に揺り動かされ評価される恐怖に脅え社会的価値や人間的価値を見出そうとする。
さて、人の心の奥には暗いものがある。
底の見えない穴のようなものだ。
策士は策に溺れ、知者は知に溺れ、作家は文字に溺れ、人は人に溺れていく。
負の部分だけを考えていては、いずれは絞首台に上がる階段を一歩ずつ踏んでいくようで、いずれは死んでしまう。
芥川は二年だそうだ。ずっとその不安のことを考えていたらしい。
心の暗闇に揺れる、ゆらゆらとした緑色の炎を見つめ続けてしまったのだろう。
人間の欲望や客観的視野の欠如から来る様々な思い込みに対して一個人は対抗のしようがない。
とにかく考えれば考えるほど浅ましさを感じるし、別にそのような人間だけではないとわかってはいるけれど、自分もそれを包み隠していることを考えれば、所詮はうわべだけなのかもしれないとも思えてくる。
目に見えなければ「本性」というものがあるかもしれない、いやあるに違いないと思ってしまうのが因果なところで、自らを浄化できずにどんどんドツボにはまっていってしまう。
この心の奥底の暗闇はなんなのか、元から抱えているのか、それとも後天的にできるのか。私の場合は思春期と、囲まれやすいものというのがあるのだけれど。
でも確かにある。
だから人は考えてはいけないことがある。

私の場合は「人は人」と割り切ることにした。
それでいいと思う。
自分の人生は全て自分のものであって他人のものではないのだから、当然自分で何とかできる部分を懸命にやっていくだけだ。
それだけのシンプルなことなのだ、と。
暗いこともよく考えるし、性分なのか、どうしても目を逸らせなくなる時があるから、その時はどっぷりと浸かるが、自分の人生が段階的に希望を持てる方向へ向かえるように、自らの中に手段を増やしておくことが、生きるために肝心なのだとわかった今、ただそれに集中すればいいだけなのだ。

掘れば掘るほど暗くなる。
その暗い穴にこもり続けてしまうと人は死ぬことを考え出したり光を疎みだしたりするようになる。
ましてやこの先どうなるかわからない社会。
不安とストレスが取れることはないだろうし、誰もが芥川とは違った「ぼんやりした不安」を抱えて生きているだろうが、堕落に身を任せないでいたら、わりと人生なんとかなる。
ちなみにここで言う「堕落」とは、自分の頭で一切考えず、何かの奴隷になることを意味している。
思考の奴隷、会社の奴隷、自分の奴隷、なんでもよい。
少ない時間で知らない世界を知るには読書が一番よいですよ。
捨てる書もないのなら、街から戻ってくるべきだ。

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06/03

Fri

2016

年をとると劣化する?

年をとると衰えるとは皆が口を揃えて言うことだ。
四十手前にして感じるのは、疲れは沢山時間をとらないと取れないっていうことなんだけど、あらゆる面において、昔から出来の悪い子だったので、何が劣ってきているのかよくわからない。
強いているなら昔続いたブレスが四分の一程度で切れてしまうってことと、酒のせいでいい感じの落ち着いた声になってきているってことか。
勉強できなかったから今書くために色々知識吸収して昔よりは色々なこと知っているし、昔からスポーツできなかったからちょっとずつ何かやってみるってことやってるし、昔よりいい文章書けるようになってきたし、昔から燻し銀を目指しているので、渋い大人っていうのが大好きだし、何が劣ってきているのかまったくわからないというか、今ちょっとずつ理想の自分に近づいてきているし、男がもてるにはルックスではなくトーク力だというのが完全にわかったし、年をとると結構いいこと起きてる。
自分は努力してきた方じゃないかもしれないけど、それでも酷いところを這いずってくるとちょっとしたことでも幸せに思えるし、ようやく暗闇から出られたのだから、だいたい眩しくて、新鮮で、人間って面白いなと思ったりもする。
元々負のパワーを背負って生きているのだけど、それでも時折考える人の希望なるものを、たまーに考えながら進んでいる。
年取って何か不幸になることでもあるのだろうか。
自分の場合、確実に若い時より出来ることが増えているのだから、これは劣化でもなんでもない。
成長しているといってもいい。
年取ると衰える部分は確かにあるけれど、自分の体や心に正直になれたら、ちょっと図津でも前に進める。
一気にこれやろうあれやろうだと崩れてくるので、年を取ったなりに自分との付き合い方がかわってくるだけなのかなとも思ってる。
だから挑戦し続けるといいんだよ。
失敗こそ次へのステップになっていくし、世の中どうして成功したかよりも、何故失敗しないのかの失敗例を沢山知っていた方がわりと窮地はしのげたりするものだから。

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05/17

Tue

2016

そこに誰かがいる、という視点。北九ブッカーズ。

北九ブッカーズ

北九州の写真を見ながら、勝手にお話を想像して書くというプロジェクトが突然ふってわき、無名の私が先陣を飾るということをやっているのですが、今はグーグルマップという恐ろしい機能があるので、何処に何があるのか、煙突の数までわかる始末。
凄い時代になったなと思うのですが、札幌にいても人伝いで結構わかることがあって、へぇーと思ったのが特にヤクザ事情。
あちらの修羅のお国は未だに交番に手榴弾とか注意してくださいなんて張り紙があるそうですから、暴対法がヤクザ組織をどう変えたのかという事情がキーワードだけでもよくわかってくる。
なんせこう、本当に色んな人がいるもので、福岡には三つほど組があり、もう一つ加えると、現在この四つは仲良く円満に、ということで丸くなっている。ほんの数年前まで戦争やってましたけどね。
ただこの事情はヤクザとしての事情であって、裏はもっと複雑。
例えば特に三つは中央からの支配を受けない独立した組織。
何故か。
資金源がちゃんとあるから。
その資金源も暴対法ができるずっと前の話に遡っていくのだけれど、もう将来的にはヤクザという組織はヤクザに対する法律によって消滅するかもしれない。
その代わり何が出来るのか。
経済組織のようなものが出来上がってくるかもしれない。
既にその基盤は完全に整っていて、一般の方が立派に本当に普通に働いていらっしゃいますから、まあ、こうなっちまえば、ほら、ロスチャイルドの資金がどうのこうのーなんていうレベルにまでなるほどわからなくなってしまって、何の犯罪性もない普通の感じになってしまう。
犯罪は流行らない。仁義もへったくれもない。
じゃあ世間様と同じようにやりましょうかってやろうとした時、お金があるから真面目に出来ちゃう。
普通に想像に難くない。
たぶん今ヤクザっていうのは世間一般の人々がヤクザというイメージを抱く人たちとはまったく違うものになっている。
自分でも筋が通らないものは本当に腹が立つから、あちらの世界だったら、道を外れたら外道。外道には容赦はしまい、という発想になるのはよく理解できること。
本当に情報だけなら色々なつてがあって、自分の知らなかったこといっぱいわかってくるなぁと、この膨大な情報をこすフィルターがあればいいのだけど、遠方ゆえまだ想像。
ヤクザ事情は置いておこう。

僕は今写真を撮る人たちの想いに一つ一つ触れながら、それを大事にしようと思ってお話を書いている。
やっぱり、そこに人がいる。やっぱり、そこに思いがある。
それを壊さないようにして、自分の発想を絡めていく。
たった一人だけの、孤独な、対話。
懸命に話し合って、それで自分なりに納得して出す。
通じるといいのだけれど。
そう思いながら、悩んで、考えて、書く。
そこに誰かがいる。その誰かの目を通して景色を見る。
わりと贅沢。
わりと至福。
わりと潤沢。
魂が尽きるまで進んでみたい。

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05/05

Thu

2016

何のためにそれを選び取るのか、という生き方。

昔、売文をしようと思っていた。
お金が欲しい、という考え方で小説もロクに読んでない、小学生の作文レベルで、そのようなことを考えていた。
色々経験して、本当に酷いことを言われまくって、現実見ろとかそういうレベルではなく人格まで否定されるようなレベルで言われて、それでここまで来た。
何のために自分はこのような道を選び取ってきたのか。
正社員にもならずバイトで繋ぎ、職歴はだいたい疑いの目で見られる。会社が潰れ、店が潰れ、派遣では切られ、職歴は結構「一身上の都合で退職」というレベルと変わらないくらいの移りよう。
日本ではだいたい、このような忠誠心が見当たらない職歴は真っ黒だと見られるし、人間性まで疑われるような勢いでまず見られる。
社会からも落ちこぼれ、付き合う女性には蔑まれ、自分が弱かったせいで類は友を呼び、本当に踏んだり蹴ったりな状態が続いたけれど、それも立派な財産として生かせる。
何事も芸の肥やし。文章を書き始めた二十代前半から、そう思って色々捨て身で経験してきた。
といっても、たいしたレベルじゃないかもしれないが、面白い人生にはなっている。
先が見えないと不安になるのは当たり前だろう。
「先」って何だろう。
希望じゃなくて今ある現実。
今時分がどういう状態で、どうなればいいのか。その手順をしっかり考えていく。
色々試すってことは悪いことじゃない。
やっぱり駄目だった。それでも回りまわって、これがいい、にぶち当たれば大収穫だ。
つまり何故駄目なのかのメカニズムをちゃんと自分で理解すれば、先は見えてくる。
やらない。思うだけ。すぐ諦める。愚痴を言う。口だけになってくる。面倒になってくる。
人間誰しも、こんな風になりがちだ。だから少しずつでも自分を進ませる自らの精神力が必要になってくる。

今自分は妙な気分になっている。
一つお話を書くごとに違う現実に来たのではないかという錯覚。
見えている現実空間はほんの少しだけ摩り替わって違う場所なんじゃないかという感覚。
確実に何かが起こっている。確実に変化が起きている。
そんな強い確信がある。
成功するって、やはり一人の力じゃどうにもならない。
様々な人たちの協力があって初めて成り立つんだと、しみじみ思う。
これからは余計に感じることになるだろう。
協力してくれる人の存在は、まさに天運とも言っていい。ただ努力しただけでは見つからないからとても難しい。
誰が一番協力してくれて、かつその協力者に対して惜しみない努力を捧げられるのか、が一番大事な事のように思う。
協力してくれました。ありがとうございました。おしまい。
そんな親御のような存在は社会において現れることは、まずない。
何かの利益を見出して協力してくれるんだ。
自分にその価値があるのかどうか。自分で証明しなければ、協力してくれようとする人も離れていく。
だから結局は誰かを助けるために自ずから努力をする、何事も積極的にぶち当たっていくという姿勢じゃないと駄目なのかもしれない。
世の中の欺瞞を見抜き、社会をたくましく生きていくには、とにかく自立していくしかない。
自立の辞書の意味はこうなる。
「他からの支配や助力を受けずに、存在すること。(デジタル大辞泉)」
これが難しい。
助力というのは社会で生きている限り、やはり何かの存在あっての自分となるから、問題は「支配」の部分だ。
自らが捉われているものから自分を解放できるのか、という問題がここにある。
そこに気がつけたなら、ようやく支配から逃れることができる。
そして自立できたのなら、あえて目の前に現れたものに乗ってみるっていう手もあるし、怪しい臭いがしたら引くという勇気も持てる。
自分の成すべき何かが見えていたら、簡単に見えてくるんだ。
そうして目的を果たしていく。
素敵な人生だと思えるようになる。
人も愛せるようになるさ。

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04/29

Fri

2016

今すぐやらないと手遅れになるのが才能の世界だと言いたい

「準備ができてから」とか「まだそういう段階じゃないし」とか、私にとってはわけのわからない理由を並べて、なかなかやろうとしない人がいる。
自分は小説も読んだことがなければ文章も覚えられないくらい駄目だったところから入ったので、当然小説好きや才能のある人間に比べれば断然才能はない。
 しかしそんな自分でも長くやっていればなんとかなるものだ。例えば最初から小説が好きだとか書いていたとかいう人に比べればスタート地点が圧倒的に違うのだから、やってる年季も圧倒的に違ってくる。当たり前のことなのだが、じゃあそいつらが同業のライバルとして立ちはだかる事態になった時、差をつけるのはセンスとか才能とかそういうのあるのかもしれないけれど、絶対的に経験の差だってことは言える。
 世の中「例外」というものを持ち出して、さも自分はその「例外」の一人なのだと錯覚して悠長に物事を進める人が後を絶たないのだけど、やれば自分は「例外」には入れないということに気がつく。
 世の中には幻想を抱かせる情報が沢山溢れているけれど、特に芸術の世界に入る人は自分は常に凡人なのだという意識をどこかに持っていかないと、死ぬハメになる。
 それでもやっぱり悠長に考えている人、何かと言い訳をして今すぐやらない人は夢を叶える気がないのだと思う。
 この世界において「準備が整う」なんてことは完璧にはありはしない。常に実践の中で鍛えるしかない。己を百戦錬磨の将なのだと心得て、常に勝負を挑んでいく姿勢の中でしか、自らの求めるものを見つけられない。
 夢を奪われても平気な人は、最初からその夢さえも幻想なんだ。人に何を言われようと、どんな悲劇が起ころうと、ある映画が言っていた、「希望だけは奪えない」ということ。その希望は他人から与えられるものじゃない。信念として自らの中に積み上げていくものなんだ。その自分で信じているものさえも跡形もなく崩していくのならば、それは夢でも希望でもない。妄想でしかない。
 妄想じゃ人生は歩めない。妄想じゃ生きてはいけない。妄想じゃ現実の前に傷ついて絶望するだけだ。
 何故妄想で終わらそうとするのか。何故行動で示そうとしないのか。自らの正しさを信じさせるには足跡でしか手段がない。この世の中には口だけ懸命に動かして言い訳がましいことを山ほど並べ立てる人間がほとんどの中、きちんと行動で示せる人間が少ない。
 だからこそ馬鹿にされようと罵られようと進むやつは、いつの時代も凄みがある。
 やれ、と言いたい。さもなくば差がつくぞ。差がつけば、君に用意される席はないのだ。その席をいつでも誰かに譲る気があるのなら、そこで不満だけのうのうと垂れていればいい。同じような友達ぐらいはできるだろう。
 頑張りたまえよ。いつ始めたって遅くはない。だけど、「例外」にはなれない。自分だけは情報の中で知っているような「例外」のような存在になれるのだとどこかで思っているのなら、今すぐ忘れた方がいい。
 何も持っていない。何一つ技術もない。そういうゼロ地点から自分を見直していくといい。得ることは沢山ある。
 今すぐ、勇気を持ってやり続けるといい。それでこそ進んでいける。

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プロフィール

HN:
あさかぜ(光野朝風)
年齢:
45
性別:
男性
誕生日:
1979/06/25
自己紹介:
ひかりのあさかぜ(光野朝風)と読みますが光野(こうや)とか朝風(=はやぶさ)でもよろしゅうございます。
めんどくさがりやの自称作家。落ち着きなく感情的でガラスのハートを持っておるところでございます。大変遺憾でございます。

ブログは感情のメモ帳としても使っております。よく加筆修正します。自分でも困るほどの「皮肉屋」で「天邪鬼」。つまり「曲者」です。

2011年より声劇ギルド「ZeroKelvin」主催しております。
声でのドラマを通して様々な表現方法を模索しています。
生放送などもニコニコ動画でしておりますので、ご興味のある方はぜひこちらへ。
http://com.nicovideo.jp/community/co2011708

自己プロファイリング:
かに座の性質を大きく受け継いでいるせいか基本は「防御型」人間。自己犠牲型。他人の役に立つことに最も生きがいを覚える。進む時は必ず後退時条件、及び補給線を確保する。ゆえに博打を打つことはまずない。占星術では2つの星の影響を強く受けている。芸術、特に文筆系分野に関する影響が強い。冗談か本気かわからない発言多し。気弱ゆえに大言壮語多し。不安の裏返し。広言して自らを追い詰めてやるタイプ。

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