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あさかぜさんは見た

日記

07/27

Sun

2014

優しいという、なにか。

ショッピングモールのトイレに近い目立たないベンチに平日たまに座っている男がいる。ある日気がついて気にするようになったのだが、土日にはいない。平日だけだ。携帯をずっといじっていて、そして夕方ぐらいになると去る。色々予想はできるが、すべて邪推にしか過ぎないので止めておく。一つ言えることは、目が乾いていて優しくない。あらゆるものへの無力感か、それとも憎しみか。あの手の目をした人間にもう少しだけ否定するようなことを与えていくと、もう人を大事にしないだろう。モノみたく、復讐の手っ取り早い象徴を打ち砕くように、人を扱っていくだろう。いや、これもただの邪推だが。
先日、変な事があった。交差点をゆるゆると自転車で渡りきり、赤信号で待っていたのだが、赤信号で向こう側から渡ってきた男に突然すれ違い様に「キチガイ」と言われたり、人が片側を歩いていてその後ろを自転車の中年が走っていて、私は先にスピードを上げて片側を走りぬけたら、自転車の男に舌打ちされたり。
別に自分のことじゃなかったのかもしれない。だけれど、なんか変だなと思ったやつにはあまり関わり合いたくないのが人間だと思う。
人が人に対して優しくできるのはどこまでなのだろうと思う。人間性によっては限界というものだってある。自分だって例外ではなく変わっているから、ある日ポイと捨てられてしまうかもしれないし、ゆっくりと周囲の人は距離を取り出すかもしれない。
どうなったとしても、自分は自分でやるべきことをコツコツとやっていきながら、永遠に未完の芸術性ってやつを追い求めていくしかないのだけれど。

そういえば、先日三線を弾く人に出会った。その人は馬頭琴奏者も知っているとのことで、札幌にもそんな人間がいるんだなと地元の力を再発見したようで嬉しかった。
でもそれらはバラバラに存在していて、自分だってたまたまレストランのカウンターの横に座らなければ知りも出来ない人だった。
最近ちょこちょこと出会うミュージシャンの人だって自分が出向かなければ出会えなかった。
その人たちの力を結集して意表をついたバンドチームで音楽を奏でたいとか色々夢は膨らむけれど、まだまだ求心力が足りないし、人望も名声もない。
それにきっとプロの人たちだからさすがに無償でというわけにもいかないだろう。
例えば最近は名刺交換のようにFacebookでアカウントを教えあうことができる。人数は増えるのだけれど、知り合いなだけで友達と言うわけでも仲間と言うわけでもない。そこが勘違いしやすいところなのだけど、いつか一緒に素敵な事できないかなと願い続けているわけです。

どうしたら新しいことができるだろう。古臭くても今までなかったものを地域に根付かせたりできたら楽しい。
現代人は疑りあっているようで人を求めている。寂しさに耐えきれるほど人間は自分に都合よく生きられない。必ず弱さを包み隠し、弱さを包み隠すからこそ矛盾を抱えている。

自分はとても批判的だ。それがよくわかる。嫌なものは嫌だ。結構ハッキリしている。
もう少し寛容に我慢を自分に強いたほうがいいのだろうか。それとも自分に苦労が足りないから我慢ができないのか。ツイッターじゃ批判的な事ばかり書いていたりするから右肩下がりで人が離れていくし、先日も思いもよらない人から「私のこと?」と聞かれて何のことを言われているのかわからなかったりした。
自分が許せないのもあるのかもしれない。
自己分析したって今の自分に必要なのは膨大な知識と経験だ。
後はやり遂げる精神力と集中力。これは大事。

人は人に対してどこまでしたら「優しい」と言えるのだろう。
「赦す」っていうのは、相手の過ちを含めた全てを「赦せ」ばいいのだろうか。
自分にはわからない。今の自分にはとうてい理解できない。
ツイッターでの批判は自分への杭でもあるのだけれど、たまに忘れる。
忘れるってことはいいことなのかもしれないけれど、忘れる前にこなさなければいけない課題を放っておくと人生の中でまた同じ課題に直面する。
たまに憎しみや苛立ちや怒りを抱えている自分が嫌になってくる。
どうしようもできなくて酒に頼るのも嫌だ。
でもまあ、弱さがあって、それと上手く付き合っていくのが人生だ。
弱さを否定したり、肯定を超えて押し付けるようになったら、きっと今以上ダメなところに戻ってしまう。
自分が弱いから人にも優しくするというのは、ただの自己弁護のすり替えみたいで嫌だ。
だから、もう少し強くならないとと日々思うけれど、財布の中身は削れてスッカラカンだ。
まだそれで精神が廃れることはないけれど、でも、一番初めに書いたような人たちみたいになるのは自分の心では簡単な事だ。
長い間荒んでいた心はそんなに簡単に綺麗にはならない。

まあ、頑張るしかないのだけどね。

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07/21

Mon

2014


1年と4ヶ月前、同じ飛行機で関空を立ち、同じ飛行機でまた関空へと戻った。
嫌な気持ちでずっと過ごして来た1年だった。
関空に到着し、飛行機から降りて激しいにわか雨に打たれ、第2ターミナル内を歩くと嫌な気持ちがフラッシュバックし、大阪で親戚の小料理屋を訪ねる時も胃がキリキリしていた。
数ヶ月前、もし京都に行くなら尋ねてと札幌にいる親戚から名詞をもらっていた。
「私の妹の娘たちがお店出しているから」
その小料理屋では、ちょうど予約が入っており、その予約のおかげで京都から親戚が手伝いに来ていて話が通じた。
オヤジの小さい頃の姿を知っているといい、「ああ、武ちゃんの息子さん」と喜んでくれた。
歯ごたえのある新鮮な刺身もご馳走してくれ、幸先のよいスタートだと感じ京都へと入る。
ホテルは昔住んでいた場所の近くの大宮。前は西院に住んでいた。
阪急電鉄の駅は「さいいん」と言う。だが京福電気鉄道、通称嵐電は「さい」と読ませる。
よく知られる「賽の河原」とはこの「西院」のことだと言われている。
西大路通りから西は魔界と呼ばれていたらしい。
その魔界に入ったすぐの小道に飲食店が並んでいて、以前住んでいた頃、そこで自分の団体のロゴを描いてくれたデザイナーさんと出会った。
京都に着き、まずお世話になったラーメン屋に入ると、すぐに店長が気がついてくれて、
「お久しぶりですね。どれぐらい経ちましたか。もうそんな経ちましたか。そんな経ったようには感じませんね」
顔を覚えてくれていたのがとても嬉しかった。
ほとんど街も変わっていなくて、懐かしいというよりも、普通に近所を歩いているような感覚だった。
その後デザイナーさんと夜に河原町の丸井で会うと、
「なんかfacebookでやりとりしているので、久しぶりだと感じませんね」
前はバー内の暗いところで話していたので、明るいところで面と向かうのは初めてだったけれど久しぶりの再会に心が躍った。
桜肉の刺身を食べながら、互いに近況を喋りあう。と言っても、自分はまだ決定していない可能性の世界。あちらはデザイナー業と兼業で稼いでいる人。雲泥の差がある。
河原町や先斗町を歩いたけれど、懐かしいという感じは少しも生まれず、やっぱりここもか、と妙な気分に包まれながら歩いていた。
金がなくて食費を上手くやりくりしながら飲む金を捻出していたあの頃、何かとても充実していたものがあった。
色々な気持ちでここを歩いていたよな、と昔を思い出していた。
先斗町で連れて行ってくれたバーではデジャブがあった。現実では一度も来たことがないが「ここには来たことがある」と感じた。
写メを見ていたからではなく、トイレに入る時に、この間取りと奥座敷、見たことがあると感じたのだけれど、もしかしたらこの先思っていたことが現実になるのではないかと、どこか啓示めいたものを酔いの頭の中で泳がせていた。
先日札幌のバーで初対面のお客に絡まれ「こういう自信過剰で礼儀もなっていない勘違いしている人は言ってやったほうがいいよ」と言われた。
こんな自分でも20代のほとんど全てを暗いところで過ごして来た。絶望的な何かを感じて生きるよりも今の方がずっといい。少しぐらい、生きることを誇らせていただいてもバチはあたるまい。
京都には特殊なコミュニティがある。札幌とは少し違って、よりフィクサーに近い繋がりがあることを確認できた。また戻るべきだなと強く感じさせられた一日だった。
2日目は河原町八坂神社東山清水神社と食べ歩きをしながら歩いていった。
阪急河原町駅を降りて薄ら笑いが止まらなくなった。新京極や錦通りを歩きながら、近くにある神社にことごとく5円玉を投げ入れながら、高揚感を隠し切れずにいた。
昨日よりももっと実感めいたものがある。戻った。完全に違う感覚が支配し始めている。散歩から帰ってきて餌を待つ犬の感覚に近いかもしれない。庭に戻ったぞ、と。
案の定、八坂神社では大吉を引いた。

そうだろうとも。今自分は引いてこれる力を持っていると確信できる。
おみくじを結んできて、円山公園でこじんまりした茶屋があったはずだとうろうろとさ迷い探し当て、涼みながら寒天をつるんと食す。
東山で八坂の塔を見ながら、あの時憎しみに完全に心を濁らせた自分や、激しい雨に煙る塔を思い出した。

傘の中から見上げた角からの景色は光り輝き眩しいほどのものへと変わっていた。
同じ場所で同じものを見上げる。あの時の気持ちを思い出しても今とは重なることはなかった。つまり、関空を降りてすぐの気持ちは心の別の場所に隔離されたのだと感じた。
清水寺では夕暮れの雲間から差し込むいく筋もの光に照らされた境内を眺めることができた。
あの時も、今回も、自分の心の中をものの見事に表わしていた。

ホテル近くに帰ると大宮でコンサートをしていた。出店も出ていてまた立ち食い。近くのラーメン屋を屋台の兄ちゃんに勧められ、気になり寄るが個人的にはいつも行っていた、初日に挨拶した店の方が味は好きで、余計にまた食べたくなってきた。
どんな味なのか思い出そうにもちょっと思い出せない。味覚とは、少々曖昧なものなのかもしれない。
3日目は朝に豆腐屋に行き、豆腐で舌鼓を打つ。ブログにも以前書いた清川豆腐店。下手な豆腐料理屋よりもずっとおいしい180円の豆腐。増税でも、お値段据え置き。豆腐屋のおばちゃんも健在だった。
ホテルに戻って食べた後嵐山方面をゆっくりと歩く。天龍寺の蓮の花や無骨さの中に優美さ整う庭を見た後、竹林やその奥へ。トロッコ嵐山駅がお休みで少しがっかりしたけれど、その奥に人形を作るアトリエがあり、別の面白さも発見することができた。
ふと立ち寄った二尊院で鷹司家の墓を見つけることができたし、改めて知識を深めなければと気を引き締めることもできた。
日本一小さな美術館と称する場所では東北出身の方と話が弾み、久しぶりの渡月橋も眺めることができた。
嵐電で降り、祇園祭もぐるりと眺め、屏風を公開する日にまた来ることができたが2年経ってもわからない有様。
成長したのか成長していないのかもわからず、人と待ち合わせのため梅田へ。
迷路のような地下を進み、サラリーマンが集う串カツ屋へ。案内がなければわからないような奥。そこに住んでいないと辿りつくことは難しいし、まず行かないだろう。道に慣れていないものは、入り組んだ先にある無数の中の一店など見つけることができない。だから本流のような大きな道を頼りにして動いていく。時には地図さえも持つだろう。
ハイボールを飲みながら背中に大阪のサラリーマンたちを感じる。目の前には若いサラリーマン。版権物を扱っている会社の社員だから、色々と交換できるものがあった。
今日の心の疲れをビールで流し愚痴を吐き捨てては、また明日の仕事に望む。雑多で庶民的な店の中で思う。お疲れ様です。10時にもなってくると店が空きだす。まだ週の半ば。深酒するにはまだ早い。
京都に帰ってから深夜3時、今度は西院のラーメン屋の店員に会いに。
以前住んでいた時に行った店に久しぶりに飲むことに。
「サラリーマンやっていると野心が削れていきますわ」
仕事終わりで少し疲れたような顔だった。
もっと何かの形で元気付けられたらいいなぁと感じながらも、今は自分の道をまっとうするしかないのだと、そうすることでしか京都には戻れないし、やり遂げなければまず自分が納得しないと感じた。
男の原動力となるものは色々ある。時にそれがスケベ心に始まるものでも、その気持ちが別の世界の入り口を開けることがある。
自分だって今この立場に立つとは思っていなかったし、憎しみから始めたものが繋がって別のものを形成しようとしているのだから、野心など持たなくとも好きになれるものを見つけられるかもしれない。その可能性だけは誰にも否定できない。
未来の可能性だけは、人は人を決め付けられない。
もちろん、可能性とは行為あってこその未来だけれど。
帰りはスクーターでホテルまで送ってもらったけれど、朝日と風がとても心地よかった。ちょっとしたアトラクション感覚で四条通を走り楽しかった。
4日目はさすがに昼まで寝ていて、10時にデザイナーさんと約束していたことをすっかり寝坊で流してしまうという失態を犯し、メールですいませんと謝り、そしてちょっと二度寝をし、島原でおいしいおかきを買い、壬生をうろうろし、お土産を買い、ホテルに戻ってラーメン屋に行く途中、大宮の出店であったお店を発見してしまい、店前で眺めていたらお兄さんと話しこみ結局食べることに。そして2年前からずっと気になっていた店に入りどて焼きを食べる。
今度は歩きながら烏丸へ。昔の記憶を頼りに、昔の記憶をなぞっていく。カジュアルフレンチのレストランがあって、ちょうど2年前の祇園祭の時、停電があって1階が使えなくなり2階席へと移動したことを言うと「懐かしいですね」と言っていた。
まだ同じ店だったんだと感じたけれど、そもそも「祇園祭に停電」というイベントが起こらなければ話はすっと通じなかった。自分の人生にはこのように印象深いイベントが起こることが多い。
本当はデザイナーさんと一緒にいった桜肉の店の2号店を尋ねる予定だったのだけれど、あまりにも懐かしすぎて時間を食い、閉店の時間に辿りついてしまい、せっかくオーナーに「サービスします」という名詞をもらってもいつ使うのかわからず仕舞いで財布の中に入ることになった。
祇園から夜の八坂神社。出店を片付けている最中だった。
夜の八坂神社にも懐かしい気分を抱いていて、2年前に買ってずっと携帯につけていたストラップを取って、5円玉9枚をストラップでまとめ、そして賽銭箱に入れて願い事を捧げた。
その瞬間、完全に区切りができた。
そして再度挨拶をしにラーメン屋に。
久しぶりに食べたけれど、やっぱりおいしかった。豚骨ベースだけれどさっぱりしている。辛子にんにくや酢を加えると1度で3度おいしい。
ラーメン店はたくさんあるけれど、この店はまた戻ってくる時にも残っていて欲しいと強く願った。
5日目は一度くらいは登っておくかと京都タワーで街を眺め、歩き回った街を再認識しながら、また戻ってこようって深呼吸をした。
帰りは晴れ渡っていた。胸の痛みも胃がキリキリすることもない。清々しい気持ちで帰ることができた。

さあ、ここからが本番だ。ここからが、あらゆるものを掴み取ることができるドラマの始まりだ。
気持ちとしては、今そうある。そうあれる。
有難いことだ。
これを本当に「有難し」と言うのだろう。
難あってこその人生ですね。

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07/05

Sat

2014

処世術って難しいよね

先日、ある店に立ち寄ると、いつもいる店長がいない。
「あれ? 今日はお休みなの?」と聞くと、いつももう1人居た若い男性が「ああ、アイツ、これです」とクビの横で手を前方へと切る。
つまり、「クビになった」ってことだった。
特に悪い動きをしていたわけでもなく、店の売り上げだって外から見る分には困っているほど困窮はしていなかったはず。
だからこそ驚いてしまい、理由を聞こうとしたが店が忙しすぎて聞けるような雰囲気じゃなかったということと、それに店の外に出た人間は部外者だし恐らくクビになるようなことをしたのだからなのだろうけれど、それでも「アイツ」呼ばわりしたことに、少しだけ嫌な気分になりしつこく聞くことは止めた。
やはりお店は、そこにいる店員に客層が左右される。
以前のマスターも若いと言えば若かったが、さらに若く、タトゥーも多少ある。
多少きつめな眼差しと、引き締まった体。その人が今度マスターになったってことだ。
周囲を見るとちょっと出入りする客も変わったように感じた。
前はサラリーマン風の少し落ち着いた客が多かったように思えたが、いかにも飲み屋街に出入りしていそうな客が多く、自分としてはちょっと落ち着かない。
夜の雰囲気をまとった人っていうのは、やっぱり夜の街に出入りしていると昼間とは違う雰囲気がある。
夜の闇に紛れて自己主張をするような、昼のファッションとは違った外見になったり、仕草になったりするので、なんとなくわかる。
一杯でさっさと店を出て、もうここには来ることはないだろうなと店を後にして、もう一軒立ち寄った。
私とは一回り以上も年上のマスターだが、随分と気に入ってくれていて色々と話をしている。
閉店の時間になりワインを注いでくれ、2人でサシで飲みながら話をしている中で先ほどの店のマスターのことをふってみる。
「世の中ね、上の人に左右されるなんて当たり前の話じゃないですか。だって事業者の方が絶対強いんだもん。雇用者はいくら文句言ったって、社長とか上の人間にクビだって言われれば、それでおしまいだもん。その解雇された理由はわからないよ? でも上の人と合わないような事情があったからクビになったんでしょ? それがどんな理由にせよ、その組織の方針と合わなかったってことだし、合わせられなかったってことでしょ。上司と上手くやっていくだけの技術がなかったってことじゃないですか。それが不満だったら、自分でやれば? って話になるでしょ」
自分も最近団体を持って、人も増えてきたので色々とさじ加減考えることが多くなった。
確かに一理ある。
自分の場合どこかに所属して、自分を生かせる場所がないから、じゃあ自分で自分の場所を作ろうって思い、自分の団体を作りたがる癖がある。
今は横の繋がりが多いけれど、結局は最後大きな舞台に引き上げてくれるのは、自分よりもはるかに力を持った年上の人たちだったりすることがほとんどだ。
例えばクソ上司だった場合、ブラック企業だった場合、さっさと辞めちまって正解だと思うけれど、年上の人間たちと上手く付き合い、そして目上の人たちを上手くいなすような、そういう技術は処世術として絶対必須になってくる。
さもなければ妙な形で衝突するだけか、変に目をつけられて邪険にされるか、もしくは自分が鬱々と日々重苦しい気持ちを引きずっていくしかなくなってしまう。
自分も一つ思うところがある。
ちゃんとした大人っていうのは、ちゃんとした人間関係を築いている。
そしてちゃんとした人間関係を築いているからこそ、目上の大人に気に入られると、その大人を通して素晴らしい人たちと出会えるようになる。
これがやがて自分の大きな財産になっていく。
横の連携が強化されていっても、権力を持っている人には絶対に出会えない。
つまり、仲間は多くなっても、社会上の力は強化されることはない。
その必要性はないと感じる人もいるだろう。
しかし何かに翻弄されるだけの自分によしとしないのならば、自分の身を守るためにも処世術は身につけておいて損はないのだ。
価値観や主義主張のぶつかり合いもあり、どうしようもなくなるぐらい収集がつかなくなることは人生の中では自己を主張し続ける限り必ず起こることでしょう。
でもね、私は人間関係で一番大事なのは「相手の懐を察する」ってことが大事だと思うんです。
つまり相手の本心を見抜く。それにはじっくりと相手を観察しないといけない。
相手の事情を察することができれば、懐にすっと入ることもできるし、懐に入ったら「肝を抜く」こともできる。
いい意味で度肝を抜くことができれば、年上相手でも主導権を握ることはできる。
でも組織の中に入れば事情は違ってくるのかもしれない。
上司は上司。その場を仕切る上司によって翻弄される。人によって一長一短あって、上司の短所に対応しなければいけない。
そして人はだいたい短所に気がつかないものだから、どれだけ自分の短所をかばってくれているのかということも、あまり理解しないことが多い。
さらには上司の短所の責任が部下のせいにされることだってある。
そんな理不尽さの中で皆生きている。
自分だけが自由に好き勝手、さも正しいかのように言えるのは、ここだけ、このインターネット空間と、友達同士だけの酒の席などと場が限られている。
別に権力うんぬんかんぬん言わずとも上司とうまくやる処世術は絶対に身につけておかないといけない。
相手の自尊心の在り処を見抜ければ、少しは上手くやれるさ。
話は元に戻るけれど、クビになったマスターのことが気になってしょうがない。
またどこかで会いたいな。
だって、その組織では才能が生かされなかっただけで、まだ死んだわけじゃないからね。
生きていればチャンスはあるさ。

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06/21

Sat

2014

年季の入ったドアをくぐると、そこは別世界だった。

民家を改装した家庭的な雰囲気が残る店内はウッド調のぬくもりに包まれている。その料理屋の入り口は若干低く、わざと頭を下げて入るよう「茶室の入り口」をイメージして設計してある。
 小さな路地に入ったところにある店だが、隠れ家的な、秘密基地のような、こんな目立たぬ場所に客など来ないのではないかと思いきや、そうではなかった。
 先日とある監督からよいお話をいただき、同席していたプロデューサーさんと一緒に楽しく会話をした。自分としてはその先にあるたくさんのコミュニティにアクセスできる可能性ができたことが大きなことであり、この入り口の先にある世界に今からワクワクしている。
 さて、プロデューサーが帰った後、監督が酒を飲みすぎ、本人曰く10数年ぶりに取り乱し、マスターに色々と議論を吹っかけるという事態になっていたが、なんとなくその様子に親近感を抱いた。
 というのも、自分だってバー帰りの街路樹に酸性の肥料はたくさんあげたわ、酔って猪木ばりに店員に平手を食らわしたわ、楽しくなると自分の素を曝け出したいという気分になって、よくやらかした。それは、いつも抱えすぎているフラストレーションを自分の中でどうしようもできなくて、外に出たときには泥酔、悪酔い、なんて形で酒の勢いで色々出すっていう結構ろくでもない手段なのだけれど、誰かに話そうと思っても言語化できないような、もしくは同業者じゃないと理解できないようなもやもや感っていうのがあるので、ああここにも仲間がいたという一つ精神面での「わかるー」という微笑ましいものを確認できたのが大きい。
 たぶんこれから、深い付き合いになりそうな予感がした。
 さて、そこまでが先日の話だったのだけれど、改めてお店にご挨拶に伺った。マスターとも初対面だったけれど「金ないならツケにしてもいいから!」と気に入ってくれたようだったし、監督の席だったので自分の話はあまりできないこともあり、マスターとも店員さんとも自分のペースでお話しようというわけだったのだ。
 マスター自身もだいぶ人を選ぶと言っていた中に自分がいることができるのが嬉しい限りだし、色々な話の中から透けて見える「命の活動力に興味を持っていきたい」という意思が今回の話でよくわかった。
 そしてそのマスターのお店に来るメンツが多種多様で面白く、人の繋がりがまた一気に増えていくことに、色々な可能性を見出していけそうで、結構未来は努力次第でかなり明るいものになっていくであろう確信を持てたことが、とにかく大きな収穫だった。
 私は監督の紹介でドアを一つくぐることができた。こういう入り口がありますよとくぐった先は、とても面白く、また別世界が広がっていたというわけだ。
 その新しく広がる可能性の空間に対し面白みとやる気を奮い立たされたのだ。たくさん勉強して、慎ましやかに能力を外に対して発揮していかなければならないと思わされたのだ。
 よい出会いを本当にありがとう。

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06/07

Sat

2014

年寄りから見るとつまらないこと

年をとってそれなりの経験をすると、全部とは言わないが面の皮が厚くなったり精神的に耐性がついたりする。
私もこの記事を書いている時は30代半ばなので、年をとったなどという表現は上の世代から笑われるだろう。
でも私よりも、より多くの若い人たちがいて、さらに自分にはできない優れた才能を発揮する若者がいて、なんとかそういう才能を応援したいという気持ちも素直に生まれてきている。
本当にもっと若い頃は、自分のことを理解して欲しいという気持ちでいっぱいだし、自分の才能を認めてくれないのは見る目のないやつだと思っている頃があった。
プロの素質というのは、実力だけではない。
当然関わる人たちに対しての敬意や礼儀をきちんと保てるかという点も含まれる。
何故って敵を作るような反発的な態度は、必ずいざって時に足を引っ張る敵を作ることになるし、人間の心は本当に卑しいものだから、見下されたと感じたら仕返しをまず考え出すような恐ろしいものだ。
若いと自分だけの世界で成り立てるから、それがわからない。
そしてさらにわからなかったのは、実は思ってもみなかった人が、意外な人と繋がっていたということが多々ある。
人を尊敬するには、見えない良さを見つけることのメリットは、実はとてもある。
私は常々「努力は他者の手によってようやく報われる」と考えるようになった。
ここ最近でようやくわかってきたことだが、いかに努力しても認めてくれる人がいなければ、社会上ではその実力はないものと思っていい。
それが人の手によってようやく引き立たされるわけだ。

大人になると、相手の感情は大事にしたいが、だいたい二の次になる。
どこを重要視するかっていうと「行為」そのものになる。
人は感情で物事を創出しているわけではない。
その先にある「行為」によって全ての現実は成り立っている。
見る目のある人間は常に「行為」を重要視している。
だから感情を大事にする時もあれば、感情を無視してもよいのなら、そうする。
当然優れた大人ともなれば、他者の感情の扱いにおいては十枚も二十枚も上手だ。
この人にはかなわないな、とも思うし、完全に見抜かれている、という妙な脂汗も出る。
世の中には上には上がいる。
それがわからないのは、小さな世界にいることを自分で主張しているのだ。

私は最近とても嬉しく思った音がある。
謝りそうもない若者が謝罪の言葉を文面とはいえ出したことだ。
才能はあっても不安な要素はたくさんある。
別に見下されようが何されようが、相手の感情の問題なので私にとってはどうでもいいことだが、少しは進めたのかなと思えるところがあったから嬉しかった。

いつだって、命があり、常に己の才能を伸ばし続ける人間が歴史を作っていく。
その歴史の一翼を担う人間は他者を味方につける術を無意識にでも身につけている。
だから上にいける。
人間には欠点がある。
他人が到底認めないようなものも含んでいる時がある。
そういうものに実力があったとしても振り回される。
年寄りから見ると、どうでもいい個人の感情が、他者との関係を決める。
だから、どんな人間でも自分より優れた点があるのだという気持ちで人を見なければ、たちまち己が作った敵によって、あらゆる利益を阻害されるだろう。

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プロフィール

HN:
あさかぜ(光野朝風)
年齢:
46
性別:
男性
誕生日:
1979/06/25
自己紹介:
ひかりのあさかぜ(光野朝風)と読みます。
めんどくさがりやの自称作家。落ち着きなく感情的でガラスのハートを持っておるところでございます。大変遺憾でございます。

ブログは感情のメモ帳としても使っております。よく加筆修正します。

気が付いたら他人からとても褒められる娘ができまして、人生が大きく変わりました。
この小さな可能性と向き合うため頑張って生きております。

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