大多数の人間が少数の天才に操られ、操られた側が操る側にとことん利益を吸い取られる構図になる。
つまり市場経済社会の行き着く先は、何も考えずにシステムに組み込まれる人から一部の人間が利益を得るということになるけれど、昔のヨーロッパみたいな貴族や城主と奴隷という関係は、日本にも同じように城主や地主と小作人なんて関係はあったけれど、安易に考えるとずる賢いのが一番得をするのではないかと思ってしまう。
教育がどう変わっていくかはわからないけれど、おててつないで、なんてことをやっているようなら(そういう思想が保護者などに蔓延しているのなら)底下げは目に見えているわけで、そこから逸脱するものは悪になるわけだ。
ただ、そこで妙になるのは、とても打算的な考えをする子供が、おててつないで、から人同士の助け合いを学べるのかとても疑問符が浮かぶ。北野武さんの著作で「全思考」というのがあるけれど、その中で平等的な考えが出てきたからいじめが裏に回って陰湿になったのではという推測がある。昔は上下がはっきりしていて、上のものが下のものをいじめることはなかったそうだ。いわゆるガキ大将社会が子供たちの世界だったみたい。
何かにつけて子供の世界に大人が介入するけれど、それが果たしていいのか悪いのかは誰にも断言できないあたりから、皆好き勝手言う。
でも、粋なオヤジが消えたから、礼儀を知らない人間も増えたのでは、という思いは少しある。自分はそんな人間が側にいたわけじゃないからよくはわからないけど、粋なはからいには節度や思いやりがあってカッコイイ。
日本には日本のやり方があるはずなのに、アメリカの真似していかなきゃいけないなんて、どうしてだろうなと思う。
いずれにせよ、ある程度の未来はもうすでに決まっていて、あとはよほどのことがない限りは、感情が流れ変わっていくままに歴史は作られる。
例えて言うならば受験勉強を直前にやってトップレベルの大学に受かるわけではなく、積み重ねが合格させるのと同じように、今ようやくバブルあたりの影響が本格的に出てきているのではないかと思う。
荒んだ魂は「システム」で救えると思っているほうが愚か。私自身は大人がやることは子供の顔くらいゆっくり見れる時間が確保できるとよいね、って単純なことなのだけど、どうにも簡単なことじゃない。
団塊の世代の大量退職のあと、彼らがコミュニティー作りに大きく参画していくのならば日本の将来は明るく、「システム」が支配するアメリカのような世の中ではなくなると思うのだけれど。
人の笑顔見ながら何かするって楽しいですよ。お金はいらなくても(笑)
余談だけれどこの本を読んでびっくりしたのは、今までの話口調の文章とは違って、理路整然と文章が成り立っている。
文章レベルが上達したのだろうか、昔の本人の著作と比べてみればよくわかるけれど、これも百科事典を読んだせいなのだろうか。
あいかわらず「この人死ぬんじゃないか」という恐怖は「TAKESHIS’」を見てから止まらないのだけど。
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