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あさかぜさんは見た

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04/14

Tue

2009

 お元気ですか?あなたと別れてからだいぶ時間が経ち、あの頃の未熟な自分が懐かしく思います。今もまだ愚かではありますが、少しだけあの頃とは違ってきたことがあり、前向きにもなり、持っている技術も上がり、あなたの心に届くようなものをより高いレベルで作れるようになったと自負しております。
 したいことは山積みで、今や望むものを何でも手に入れられるという自信もついてきました。あとは時間と目的に対する努力の積み重ねです。基本的な人格はあまり変わっておらず、破天荒で素っ頓狂でちぐはぐでどこか外れているままですが、そのくらいがちょうどいいと思っています。
 他人と同じ視点では、見えるものも見えず、作るものもまたつまらなくなってしまい、常に自分を超えなければならないのに、自分の中に壁を作ってそれを遵守しなければいけないという愚かさに気がつきました。
 このことはネガティブなことにも最も言えることだし、ポジティブの中にも工夫を入れるという意味においてとても重要です。
 あいかわらず、誰かのために生きていたいと思っていますが、人に対して憤りや怒りも覚えます。自己弁護もします。それを包み隠さずに素直に出して生きていくつもりです。私の創り上げたものは、きっと私の死後からようやく私というイメージを離れて初めて評価されだすと思います。そして死後数百年でも残っていくようなものを目指して日々積み重ねています。
 あなたはどうお過ごしですか?
 まだ何かを作りたいと思って作っていますか?
 少しでも幸せになっていればよいのだけれど。
 私はもうすぐ歴史の表舞台に出ます。私の存在は時代が生むべくして生みました。時代が私を呼んでいる。そう考えると、今までの苦しみや恨みが自然と消えていき、これもまた仕組まれた宿命だったのだとようやく気がつきました。
 あなたとのこともそうです。あなたが私を生まれるきっかけを作りました。肉親を置いて、生涯において最も感謝すべき人はあなたを置いて他にはありません。私に生を吹き込んでいただき、ありがとうございます。
 もっと密度が濃ければと贅沢を望んでしまいますが、このタイミングでゆるゆると人生が進んだのも、結果的に運命だったのかもしれません。そして今年、私は書くべくして作品を仕上げました。
 この作品は今までの自分の人生に決着をつけるために書き上げました。また思いの他完成度も高く、作品としても人々の前に立ちふさがり続ける大きな壁となることは間違いありません。
 どうあがいても私は人とともにしか歩めない。そして愚かさも素晴らしさも肯定して、彼らを見つめていかなければいけない。作家とは、人の極限を見つめ、己も限りなくそこに近い状態に置いて、常に精神的危険性を抱えて生きていかなければいけません。このことは、私がこの道を選んだことに背負う宿命でもあり、苦悩でもあり、孤独でもあります。
 私は自分の愚かさをさらけ出して、苦悩を背負っていきます。もう、覚悟はできました。寂しいけれど、これも私の選んだことです。あなたからいただいた第二の人生、疾走していこうと思います。
 本当にあなたにはありがとうを言いたい。
 紙面にてお会いいたしましょう。

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04/09

Thu

2009

悪貨は良貨を駆逐する

グレシャムの法則というらしい。
この言葉だけ知っていたのだけれど、どこにいっても金、金、金。
なにか、企業体質として、あさましい。
経営って利益を上げるものかもしれないけれど、やっぱりお金を基本として考えていったらおかしくなるんじゃないの?
質のいいお金の払い方ではなくて、あさましさから払われたお金なんてやっぱり人の精神を害すると思う。
もうその言葉、聞くのも嫌です。

まあ、自分もなりふり構わず方々へスパムのようにメールしまくり、文学部の教授やら、出版関係者やら、色々出していますが、なにせぶっきら棒にて、気分を害させることが多く…というか、もうそんなのいちいち気にしていたら何も成せないと気がついたのでやっているのですが、なかなか人を動かすのは難しく、ましてやどこぞの馬の骨ともわからぬ乞食のような身分。現在はね。
どうしたら自分の作ったものが優れていると伝えられるのか。
情熱が伝わるのか。
情熱なんて押し付けがましいものだとは思うけれど、やっぱり時代を動かすのは情熱だと思う。
金じゃねえぞ~~~~~!!
うお~~~~~~~とどけ~~~~~~!!!

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04/08

Wed

2009

一昨日、地元の出版社に「新・人間失格」の三つに構成されたうち、最後の「晩年」の部分を中編として仕上げたものを持っていった。
自分ではここ数年の芥川賞のレベルなら、これで取れると言って来たが、当然担当者は信じてくれない。
怪訝そうな顔をしながら、「どうしてこんなたわごとに付き合わないといけないのか」とでも言わんばかりの目だった。
なんとしても五月中までには出して欲しいとの要望を申し上げてきたけれど、「最終的には上が売れるか売れないかで判断するので厳しい。文芸春秋だって当然利益を見越して賞を選ぶのだろう。よほど非の打ち所のないものでないと」と言われた。
正直、新人にありがちな、「自分の作品は一番」というものではなく、客観視して言っています、ということを申し上げた。
「来週までにはお答えいたします」とのことで、本来なら一ヶ月かかるところを、考慮してくれて最大限できることで対応してくれた。
自分たちのできる権限での限度、精一杯の努力がそれにあたるのだろうと思う。
帰る途中、編集者が自信を持って上に物を言えない出版社なんて、編集者がいる必要があるのだろうか、と妙なことを考えてしまい、「もしかしたらダメかもしれないな」という考えが頭をよぎった。
本を読み込んでいる中年のおじさんが知り合いにいるのだが、滅多に本を褒めない人で、「こういう心理の葛藤はなかなか書けるようで書けないよ」と評価してくれた。
自信になった。
その人に電話して「今置いてきました。編集者に自分の一存じゃ断言はできないと言われました」との内容を伝えると、「本を買って来いと言われて、はい売ってませんでしたで帰って来るのはただのガキの使い。大人なら売っているところを探して買ってこないといけない。買えるまで求めるのが大人だ。がんばれ。できることはなんでもやれ」と言われた。

悲観的な考えが頭をよぎっている中、昨日友達に電話をすると「大丈夫だって。ちゃんとできるって」と何も読んでもいないのに言われ最初は「なんでそんなこと言うんだろ。何も知らないのに」と思ったけれど、ふと自分の考えが間違いだということに気がついた。
自分の書いた話は「言われて、それを当然だと肯定していった男」の話だ。
つまり、ネガティブなものも「そうに違いない」と信じきって死んでいった。
これを一種のアンチテーゼとして掘り下げていったものなのだから、自分が「ネガティブの壁」を作ってどうするのだ、と思った。
「大丈夫だ」と言ってくれた人のほうが正しい。おっさんも正しい。悲観的になっている余裕なんてないのだ。何のために半年近くもやってきたのだ。そう思った。
今までの自分はやれると信じても自分のことを疑っていた。きっとダメに違いない。きっとダメな方向に傾くのだというイメージばかりが先行していて、自分の成功のイメージをのびのびと想像することができなかった。
否定され、けなされ、「ああそうなんだ」と信じ込んでは自分を追い込んだ。

だが違うのだ。
信じること、イメージすること、必ず、いや、もう成功は掴んでいる。
その出現のために最大限の努力をするだけだ。
今までは文章との戦い。
これからは最後の自分の作り出していたネガティブの壁をぶっ壊すために、努力する。

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04/06

Mon

2009

本が売れなくなった理由

http://bizmakoto.jp/makoto/articles/0904/06/news005.html

くだらなさ過ぎるから。
それを量産しているから。
読者が思い描いているのよりも、はるかに下のレベルを本が疾走しているから。

いいかげん、見放されると思う。

愛情を失ったものには、育成は無理だと思う。
何も育たない。
作家は会社の道具じゃねえし、
読者は会社の食い扶持じゃねえ。

~~~~~~

 言い方が適切かは分からないが、もうお好み食堂の一角でラーメンを出しているような感覚で、文庫・新書を出版しても通用しなくなりつつある。ラーメンは繁盛している専門店で食べたほうがうまい。

 文庫・新書も、専門出版社が専門の味を出した出版を行う時代に、突入したのである。
~~~~~~


馬鹿だな、と思った。
利益主義の弊害なのにさ。
愛情のないものはどんなものでも味気ないと思う。
そこそこ食える味だったら笑顔溢れる近所の食堂のほうが、
ずっと気持ちよく食えると思うよ。
大事なもの忘れちゃったんだなって思う。
作家に対しての愛情。
読者に対しての愛情。

寂しいだけなのにさ、
舌に残る味は確かにうまいものかもしれないけど、
胸に残る味はうまいだけじゃダメなんだよ。

そういうものを残せているかと言ったら、どうもそうは感じられない。
うまいだけだよね。

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04/05

Sun

2009

現代における「作家」の定義は、もう崩壊している。
埋もれるほどの話。
無駄ともいえる文字の山。

なんのために話を書くのか。
人の作品を見て、莫大な数の中に量産される、どこかで見たような、聞いたような話。
なぜ、小説を書こうとする?

愚問だ。
なぜ生きているのですかと質問するぐらい愚問だ。
ほとんどの人間は衝動的に書いている。
その衝動に理由や目的を求めない。
だから、「書きたかったから書きました」程度なのだろう。
決してそれは「書かなくてはならなかった」ものではなく、ただ単に「書きたかっただけ」なのだろう。

理解されないのではない。
己の着眼点と切り取り方が悪いのだ。
何もかも色を詰め込みすぎて、黒一色で書かれている絵のように、わけがわからないだけなのだ。
もしくは、読ませるだけの力が足りないか。

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プロフィール

HN:
あさかぜ(光野朝風)
年齢:
45
性別:
男性
誕生日:
1979/06/25
自己紹介:
ひかりのあさかぜ(光野朝風)と読みますが光野(こうや)とか朝風(=はやぶさ)でもよろしゅうございます。
めんどくさがりやの自称作家。落ち着きなく感情的でガラスのハートを持っておるところでございます。大変遺憾でございます。

ブログは感情のメモ帳としても使っております。よく加筆修正します。自分でも困るほどの「皮肉屋」で「天邪鬼」。つまり「曲者」です。

2011年より声劇ギルド「ZeroKelvin」主催しております。
声でのドラマを通して様々な表現方法を模索しています。
生放送などもニコニコ動画でしておりますので、ご興味のある方はぜひこちらへ。
http://com.nicovideo.jp/community/co2011708

自己プロファイリング:
かに座の性質を大きく受け継いでいるせいか基本は「防御型」人間。自己犠牲型。他人の役に立つことに最も生きがいを覚える。進む時は必ず後退時条件、及び補給線を確保する。ゆえに博打を打つことはまずない。占星術では2つの星の影響を強く受けている。芸術、特に文筆系分野に関する影響が強い。冗談か本気かわからない発言多し。気弱ゆえに大言壮語多し。不安の裏返し。広言して自らを追い詰めてやるタイプ。

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